第55話 解体

 血抜きの終わったイノシシや道具をストレージにしまって、川原へ移動した。オルテゴさんは戸板に乗せて、二人で運ぶつもりだったそうだが、わざわざ重労働をする必要は無い。



 今向かっているのは、ランドマイス村の外を流れる川で、そこから洗濯や農業用水として村へ小川が引き込んでいる。

 その川原で、1人の青年が大きな鍋にお湯を沸かしていた。

 話に聞いていた息子さんだったので、挨拶を交わしておく。それにしても、オルテゴさんの5男と聞いて驚き、さらに16歳で既に結婚している更に驚く。田舎は結婚が早いとか、子沢山なんて聞くが……フルナさんが夫婦や恋人なら、夜はイチャイチャしていればいい、なんて言っていたのを思い出す。娯楽が無いから自然とそうなるのだろうか?



「おい、お前たち! 喋ってないで早く準備せい。早く解体せんと不味くなるぞ!」


 息子さんと雑談していたら、一緒くたに怒られてしまった。ストレージに時間経過はないので、悪くなる心配はないが、言い訳してもしょうがない。オルテゴさんの指示に従って準備を始めた。


 ストレージから戸板を出して川原に敷き、その上にイノシシを置く。

 鍋の近くに用意してある道具を取りに行っていた息子さんに、ねじり鎌というものを手渡された。鎌と言っても刃がねじれて下向きになっていて、T字の髭剃りのような形をしている。庭の草むしりをしている誰かが使っていたような覚えがある……思い出せないので、頭を振って気分を切り替えた。


 今日の解体は、オルテゴさんが息子さんに教えるためのようで、俺はついでの労働力だそうだ。


「完全に沸騰してんのは熱すぎるから駄目だ。肉に火が通っちまうし、毛が抜け難くなる。鍋の底に小さな泡が立つくらいの温度が良いんだ。

 今日のところは、沸騰したお湯に3割くらいの水を追加して使う」


 そういうと、片手鍋で大鍋からお湯を掬い、そこに水を追加してからイノシシにぶっかけた。それを2度3度と繰り返し、イノシシ全体をお湯で洗い流す。

 洗うならお湯でなく、水でいいんじゃないか? 等と考えていると、


「よしっ、もう毛が抜けるから、ねじり鎌でガシガシこそぎ落とせ」


 その声に息子さんが、ねじり鎌でイノシシの毛皮を引っ掻くと、毛がごっそり抜ける。俺もそれに習って、後ろ足の方をねじり鎌で引っ掻くと、ツルリと抜けた。ガシガシと引っ掻く度に、面白いように抜ける。


 後で聞いた話だが、これを湯剥きと言って、適度なお湯を掛けると、毛根まで簡単に抜けるそうだ。

 冷めてきた部分にお湯を掛け直し、細かい部分はナイフで毛を抜いていった。



 毛抜きが終わる頃には、剛毛な毛皮だったイノシシが、毛が抜けて豚になっていた。こうして見るとイノシシと豚が近縁種だというのがよく分かる。異世界で実感するのも変な話だが……


「そう言えば、解体と言うから毛皮を剥ぐと想像していたんですけど、毛を抜くのとは別なんですよね?」

「ん?ああ、湯剝きしたのは皮まで食べるためだな。

 どうせダンジョンのイノシシが毛皮を落とすんだから、こいつは美味しく食べた方がいいだろ!」


 ダンジョン産の毛皮の方が、汚れも無く綺麗に処理されているため、面倒が少ないそうだ。



 その後は、解体して内臓を取り出すらしいが、初心者の俺は完全に見学だ。なんでも、内臓、特に膀胱や腸を傷つけると肉が駄目になるそうだ。


 オルテゴさんは手際よく解体してく。腹を切り開いて、ノコギリで胸骨を切断すると、中身がこんにちは。

 この時点で目を背けたくなった。内臓ってイノシシも人間も似たような物なんだな。聖剣で輪切りにした山賊を思い出して、更に気分が悪くなる。


 喉の方や、お尻の方が色々切り取られ、端を掴んで引っ張り出すと内臓が丸ごと出てきた。そして、戸板の下に用意されていた大きなタライが内臓で一杯になる。

 現代人の感覚からすると地獄絵図にしか見えない……スーパーに並んでいたお肉も、こうして解体されていたと思うと解体業者?精肉業者?さんには感謝したくなる。今更だが。


 オルテゴさんや息子さんは平気な顔をして内臓を検分している。


「……うむ、健康的な色合いで、腸にも脂がよく乗っていて、良いモツだ。よく見て覚えておけよ。外見が良くても、内臓が変色しているのは、大抵病気持ちだからな。食わんほうがええ」


 そう解説すると、今度はイノシシの足や胴体をロープで結び始めた。


「今日のところは最後に肉を冷やして終了だ。二人とも、イノシシを川に沈めてくれ」

 息子さんと二人で抱えて川に投げ入れ、肉が流されないように川原の岩にロープを括りつけた。


「これ以上解体するのは熟成が終わってからだな。大体3日後くらいだから、その後であんちゃん家にもおすそ分けに持ってってやるよ!」

 手が血塗れの状態でサムズアップされても……取り敢えず「楽しみですね」と笑い返しておいた。


「よし!解体も終わったし、次行こうか、次!」

 ようやく依頼の穴掘りに取り掛かれそうだ。まあ、猪肉が貰える事になったし、いい経験になったと考えよう。






「お疲れ様でーす。皆さんお昼にしましょ~」

 後ろから聞こえた声に、思わず手を止める。振り返ると、レスミアとジニアさん、それともう一人の女の子が手を振っていた。


「ここまでにして、昼飯にするかぁ。洗っていたのは流れないようにザルに入れて、水にさらしておけばいいぞ」

 オルテゴさんの言葉に頷き返し、片付け始める。そんな俺のところに、レスミアが小走りにやってきて、手元を覗き込んできた。


「依頼の穴掘りをしていると思ったのに、川原で何をやっているんです?」

「何って、イノシシの内臓を洗ってたんだよ。ほら、イノシシの胃。これが洗っても、洗っても、臭みが消えなくてな」


 ザルの中の心臓や肝臓、腎臓、胃などをレスミアに見せる。


「わあ! 確かに美味しそうな心臓やレバーですね……って本当に何やってるんですか?」


 多少は驚くかと思いきや、内臓各種を見て笑顔になるあたりは、料理好きだからだろうか? 手を石鹸で念入りに洗いながら、解体の話をした。


 イノシシを川に入れた後の次、内臓を洗うのも大変だった。心臓や肝臓などの赤い内臓は、洗って血合いなどを取り除くだけで、簡単に終わったのだが、消化器系の方は手間が掛かる。


 俺が担当した胃は、切り開いて洗い流し、内側の脂やかすを取り除いてから、塩で念入りにもみ洗いする。その後、水で塩ごと洗い流し、再度内側の脂やかすを取り除いてから、今度は小麦粉で念入りにもみ洗い。以下臭みと汚れが出なくなるまでエンドレス。


 まあ、オルテゴさん親子の方は大腸と小腸を担当してくれたので、胃はマシだろう。腸の方はアレが詰まっているので更に大変らしい。



「レスミアの方はどうだった?」

「私の方は大分、命中率が上がってきましたよ。午後も練習ですねぇ。

 それで、お昼を作って待っていたのに、全然帰ってこないので探しに来たんですよ」


 オルテゴさん一家の集まっているところへ向かいながら、懐中時計を取り出して見ると、既に12時過ぎ。通りでお腹が空くわけだ。


「ゴメン、3の鐘が鳴った事にも気付かなかったみたいだ」

「いいんですよ。私のアイテムボックスがあるので、荷物を持つ必要も無くて歩いてきただけなので」



 その後は、川原でピクニックとなった。(もちろん解体場所からは離れた場所)

 レスミアと、ジニアさん、それに息子さんの奥さんが持ち寄った料理に舌鼓を打つ。農家なので野菜料理が多いが、そのどれにも豚肉が入っていた。ダンジョンの豚肉に違いない。

 レスミアの料理よりも、少し味付けが濃いが美味しい。特に分厚いのに柔らかくて、噛めば噛むほど旨味が出るベーコンが絶品で褒めていたら、なぜかレスミアが食いついた。ジニアさんが作ったベーコンらしく、根掘り葉掘りと、ジニアさん流の作り方や燻製チップの比率などを聞き出している。


 フノー司祭も燻製肉を作っていたが、この村では肉が余ると燻製しておくのが一般的なようだ。俺にはストレージがあるし、家には冷蔵庫の魔道具があるので、肉の保存には困らなかったが、レスミアが燻製を始めるなら肉を多めに確保した方がいいかも……



 いつの間にか、思考が肉を狩ることに傾いていた。この村にいると肉狩り勢になってしまうのだろうか? 

 しかしながら、今日の解体の手間の多さと精神的な疲労を経験した後だと、ダンジョンでの肉狩りに流れるのはしょうがないよな。

 ダンジョン万歳!

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