第54話 穴掘り依頼の前に

「二人とも、いらっしゃい。今日は家の旦那の代わりに力仕事を頼んで悪いねぇ。代わりにレスミアちゃんはバッチリ仕込んであげるからね、アハハ!」

 そう言いながら、背中をバンバンと叩かれた。痛くはないが、叩くのが農家の挨拶なんだろうか?

 続けてレスミアも背中を叩かれている。


「あらあら、レスミアちゃんも心配そうな顔しなくて大丈夫よ。それくらいの大きさなら弓は使えるから。それに大きい方が男は喜ぶよ」

「ちょっと、おばさん!」

 レスミアが慌てて、ジニアさんの腕を引っ張って止めようとするが、おばちゃんは微動だにしない。


「こんなの牽制にすりゃならないよ。

 ハイハイ、男共は現場に行ってきな!」



 俺とオルテゴさんは追い立てられるようにして、その場を後にした。しかし、後ろからは、


「それじゃ、先ずは下着やプロテクターの着方からね! おっぱいをつぶすんじゃなくて、膨らみを上に逃がすようにすると苦しくないから。さあ、教えたげるから家に入って入って!」


 大声なので丸聞こえだ。男としては少し気になる内容だが、その続きは家の中に入ったのか聞こえなくなった。

 隣を歩くオルテゴさんが、頭を掻きながらすまなそうな顔で謝ってくる。


「すまんなあ。家の母ちゃんが、ガサツで」

「いえ、お気になさらずに……

 それより、この辺はイノシシがよく出没するんですか?」

 

「あいつらは山に住んどるから、偶に森に降りてくる程度だな。村までやって来るのは年に一度有るか無いかってくらいだ。ほれ、あっちの山だ」


 オルテゴさんが指さすのは森の先、かなり離れた山だ。歩きでは数日かかりそうな距離がある。わざわざ離れた村までやってきて、畑を荒らすのは何か理由があるように思えるが……


「ああ、そうだ。穴掘りの前に手伝って欲しい事があるんだ。分け前として肉をやるから引き受けてくれねえか?」

「力仕事くらいなら構いませんよ。肉と言うとダンジョンの豚肉ですか?」


「いや、イノシシの方だ。俺が昨日穴掘って、腰を痛めたのは知っているよな。今朝見たら、1頭穴に嵌ってたんだよ! 穴掘っただけでカモフラージュもしていないのに間抜けな奴だ、ガハハハッ」



 しばらく歩くと、村の外周を守る防護柵が見えてきた。普段、ダンジョンに行くために正門は通るが、防護柵をまじまじと眺めるのは始めてだ。

 2m程の高さの丸太と横板で作られており、丸太同士の間隔も狭いので、人や動物が通り抜けるのは無理だろう。歩きながら丸太が立ち並ぶ光景を見ていると、ふとダンジョンの7層~9層を思い出した。防護柵の丸太の太さが揃っているのは、ダンジョンの落石防止用の丸太を採取して、再利用しているのではないだろうか? フノー司祭が言っていた崩落の話も、村の開拓の頃の教訓なのかもしれない。



 防護柵の一部に隠し扉があり、そこから村の外に出た。柵沿いに歩いて行くと、新しく修理された柵の前に戸板が置かれている。今は修理されている、柵の横板を破壊してイノシシが侵入したのだろうか? 


「ここだ、ここ。どかすから、あんちゃんも戸板の反対側を持ってくれ」


 二人で戸板を動かすと、その下には2m程の落とし穴と、その底にイノシシが寝ていた。戸板を動かしたことにより光が差し込み、目を覚ましたようで、フゴッ、フゴッと鼻を鳴らして穴の底をうろつき始める。

 上から見た感じではワイルドボアよりは一回り小さく、牙も短い。これなら楽に倒せそうだ。


「〈エアカッター〉で両断しましょうか」

 ストレージからワンドを取り出しながら、オルテゴさんに声を掛けると、肩を掴まれて止められた。


「待て待て。血抜きがしたいから、両断は止めてくれ」

「ん?……血抜き?」

「ちゃんと血抜きした方が美味しくなる……ああ、そういう事か。ダンジョンじゃねえんだから、死体は消えないしドロップも無いぞ」


「……あ!?」


 そうだった。エヴァルトさんの講義で「、ダンジョンの魔物は死ぬと消えてドロップ品を残す」と、常識だから軽く流したところだ。しかも、最近はダンジョン攻略しかしていないから、ダンジョンの方が常識になっていた……

 更に、魔物のジーリッツァやワイルドボアの事を、通称で豚肉やイノシシと呼ばれているのも原因だろう。罠に掛かっているイノシシまでワイルドボアの亜種程度に考えてしまった。穴の底のイノシシを鑑定してみると、



【動物】【名称:イノシシ】【Lv-】

・野生のイノシシ。警戒心が強く、見知らぬ物は避けようとするが、興奮状態の場合は突進してくる。

 低地の山や森を住処とする。ただ、人里に現れた際には畑などを掘り返して荒らす事もある。更に、一度侵入した場所には繰り返し出没するので、被害が大きくなる。



 間違いに気付き、恥ずかしさで目を覆った俺の肩が、ポンポンと優しく叩かれた。


「はっはっはっ、気にすんなって。俺の娘も小さい頃に、同じように勘違いしてたしな」


 魚は切り身の状態で泳いでいるや、魚には骨が無い、みたいな子供の勘違いかな……余計に恥ずかしくなる。


「……血抜きのやり方を教えて下さい。実際にやれば今後、勘違いすることも無いでしょうから」


 オルテゴさんは笑いながら、長い角棒を引き摺って持ってきた。よく見ると修理されている柵の前に、ロープやダガー等が用意されている。


「ああ、今朝戸板で穴を塞いだ後に、息子に用意させたのさ。今は川原で解体の準備をさせとる。

 んな事は置いといて、血抜きの方法な。

 先に殺してしまうと心臓が止まって、血抜きが中途半端になり肉に臭みが残る。だから、一息で殺さずに、血管を切って沢山血を出させて殺すんだ。

 森で狩りをして仕留めたとかならしゃーないが、今みたいに罠で捕まえた場合は、ホイッ」


 っと、長い角棒を渡された。俺の使っている槍の柄よりも若干太く長い、2,5m程だろうか。


「穴の上からその角棒で、イノシシの頭をぶっ叩いて気絶させるんだ。ああ、胴体を叩くなよ。叩いた部分が美味しくなくなるからな」


 叩いたところが内出血して血が抜け難くなるのだろうか? 取り敢えず、槍ではあまり振り回す使い方をしていないので、角棒で2,3度素振りをしておく。


「おう、別に突いてもいいが、やり易い方でな。おススメは眉間辺りをぶっ叩くのがいいぞ」


 そのアドバイスに穴の淵から狙いを付け、角棒を振り下ろした。

 角棒の先端が穴の壁を擦ったものの、イノシシの脳天に直撃した。角棒を持つ手に、固い頭蓋骨を叩いた反動が伝わるが、イノシシはふらついて、か細い鳴き声を上げている。

 若干躊躇し掛けたが、今度は角棒を突いてイノシシの眉間を打ち据えた。横倒しに倒れるイノシシ……



「よし! いい感じに気絶したな。ほれ、今度はこれ持って下に降りるんだ。イノシシが目を覚まさないうちに早く!」

 ダガーを手渡されると、せかされるままに穴の底に飛び降りた。ダガーって事は、今度は血管を斬れって事か。上から聞こえるオルテゴさんの声に従って、イノシシを仰向けにして、刺す位置を探る。



「もうちょっと斜めに、そう、そこだ! 後はぶっ刺した後は、直ぐに後ろに逃げろ。痛みで目を覚ましたイノシシが暴れる事もあるからな!」

 手に肉を切る嫌な感触が伝わる。そこだ!と言われた時には刺していたので、続く言葉を聞いて、慌てて後ろに下がる……が1mも下がらないうちに背中が壁に当たった。穴の底に逃げ場なんて無いじゃないか!


 刺した喉から血が溢れるのを見ながら、警戒してダガーを構えていたが、1分経ってもイノシシが動くことはなかった。魔物で殺し慣れているとはいえ、何とも言えない神妙な気持ちになる。



「ようし!もういいだろう。ロープを降ろすから後ろ足に引っかけてくれ」

 輪っかを作ったロープが2本降りてきたので、イノシシの後ろ足を引っかける。そして、穴の上に角棒を渡し、ロープを通して、イノシシを吊り下げた。


 傷口や口から、ドバドバと血が溢れ出る。穴の底が血だまりになって来たので、穴の上に逃げ出した。



「お疲れさん。血が出るのが大体終わったら、今度は川原まで運んで解体だ。もうひと踏ん張り頼むぞ。はっはっはっ」

 またもや、背中をバンバンと叩かれるが、まあ褒めてくれているんだろう。

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