第58話 10層攻略と効率的な狩り

 翌朝。目が覚めた時から、体の調子が良い。昨日は解体と罠作りで大した運動をしなかったせいか、モツ料理のせいだろう。日課の寝起きのストレッチをするが、もっと体を動かしたくて堪らない。今日は10層の攻略で、ボス戦になるので丁度いい。

 リビングに降りてきたが、レスミアはまだ来ていないようだった。普段なら朝食を作っている時間なのだが……二日酔いだろうか?



 身支度を済ませて、修理を依頼する魔道具をストレージにしまい、冷蔵庫で冷やしていた水やリンゴ水も回収する等、細々した用事を済ませる。ついでにストレージ内のフォルダ整理をして時間を潰すが、いつもの朝食の時間を過ぎてもレスミアはやってこなかった。


 ストレージに入っている料理で済ませてもいいのだが、まだ時間はあるので自分で作ることにした。大学生で一人暮らししていたので、簡単な朝食程度なら出来る……はず。




 結局、ベーコンエッグと、レタスとトマトのサラダが2人分出来た。焼いただけ、切っただけだが失敗するよりはマシだろう。パンとスープは作れる気がしないので、大人しくストレージの在庫から出す。

 パンを切っていると、倉庫の方からバタバタと音がして、レスミアが入って来た。


「すみません。遅くなりました!」

「おはよう。二日酔いは大丈夫かい?」


「二日酔いは大丈夫ですけど、よく眠れすぎて寝坊してしまいました。

 それに、昨日は酔っぱらって、ご迷惑をお掛けして……」


 レスミアは記憶が残るタイプの酔いだったようだ。申し訳なさそうに頭と猫耳を下げてくるが、丁度いい高さに来たので、つい撫でてしまう。銀髪がサラサラで撫で心地が良い。ひとしきり撫で続けてから、手を離した。


「まあまあ、お酒の失敗なんて俺も初日にやったからね。気にしてないよ。

 レスミアの方が気になるようなら、外では飲まない方がいい。飲みたいときは家飲みにすればいいさ。そうすれば、俺も酔っぱらった可愛いレスミアを見られるしね。」

 

 気にするなと言ったのに、レスミアは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。暫く時間を置いた方が冷静になれるだろう。そう考えて、朝食を勧めて、自分も食べ始めた。




 朝食後、昨日の分まで掃除を頑張ると、張り切っているレスミアに見送られて、家を出た。

 

 ダンジョンギルドでフノー司祭へ、挨拶ついでに昨日の依頼について完了の報告をする。

 次いで雑貨屋では、今日もムッツさんが店番をしていたので、いつもの野菜の買い取りをしてから、フルナさんへのお願い事の件を話した。



「なるほど、了解したよ。僕の見立てだと、錬金術の手ほどきは問題ないと思うよ。弟子入りとなるわけでも無いしね。

 ただ、魔道具の修理は……携帯コンロの方は多分無理。元々値段の高い製品なうえ、重要な部品が壊れているから修理費が多く掛かると思う。それでも修理するかい?」


 壊れた魔道具を見せて、〈詳細鑑定〉に書いてあった破損個所を説明したが、ムッツさんの反応はあまり良くない。


「いえ、偶々倉庫で見つけただけなので、今回のお願いで直せればって程度です。ミキサー……ブレンダーの方を優先でお願いします」


 現状、ストレージに全て入れてあるので、野外で調理する必要が無い。温かいお茶も、淹れたての状態で格納してある。卓上コンロとして、家で鍋でもする時には欲しくなるかもしれないが、冬になってからでも遅くはないだろう。こっちに鍋を囲んでつつく文化があるか分からないが……


「フルナは午前中一杯、調合に掛かり切りだから、昼食の時にでも話しておくよ。返事と修理の見立ては午後以降にまた来てくれ」

「お願いします。夕方か明日の朝には顔を出しますから」


 そう答え、壊れた魔道具を預けて店を出ようとしたところで、からかうような、楽しげな声を掛けられた。


「そう言えば、昨日は酒場でレスミアちゃんとイチャイチャしてたそうだね。奥様方が楽しそうに噂していたよ。モツ料理も食べた事だし、夜も燃えたのかい?」


 何と答えても、からかわれそうなので「黙秘します!」とだけ言って店を出た。




 ダンジョンの10層に降りてきた。ジョブは戦士レベル7、魔法使いレベル7、スカウトレベル5をセットしている。部屋の構造は単純な1本道、蛇腹折に続く土手を歩きながら、下の部屋を覗いていく。しかし、今日も敵が見当たらない。道の先を見渡してみると、2名の先客を見つけた。

 先客は既に1/3程、先に進んでいる。肉狩りは3層の蜜リンゴのように婦人会ルールがある訳でもなく、横取りはしない程度の暗黙のルールがある程度。実質早い物勝ちと聞いているので、2の鐘(7時)より前に来ているに違いない。


 上から部屋を覗きつつ道中を急ぐなか、途中の部屋にワイルドボアを発見した。豚肉……もといジーリッツァは見かけないので、少し強いワイルドボアは放置されたのだろうか?

 まあ、何にせよ俺の経験値になって貰おう。下の部屋への坂を下りながら、魔法を充填、部屋に入ると同時に〈エアカッター〉で攻撃した。


 〈エアカッター〉は、こちらを向いて前足を掻いていたワイルドボアの正面から直撃して、両断……は出来ずに体の2/3程を切り裂いて、消えて行った。

 ワイルドボアが血と臓物をこぼれ落としながら倒れ伏す。


 〈エアカッター〉で両断出来なかったのは初めてだが、ワイルドボアのHPが高いせいか、レベルが二桁になったからか。まだ、弱点を突けば一撃なので問題はないが、魔法の使い勝手が良すぎて依存してしまいそうになる。ワイルドボアは、槍だと4,5回は攻撃しないと倒せないのに、魔法で弱点を突けば一撃だからな……


 魔法は頼れる反面、心配事にもなる。11層からは魔物も単体魔法を使い始めると習ったからだ。〈エアカッター〉の威力だと、俺の腕くらい切り落とされそうなんだが……いや、人間に弱点はないし、ジョブ補正の精神力で魔法ダメージを軽減するらしいので、大丈夫だと思いたい。


 ワイルドボアの死体が消え、踊りエノキがドロップした。昨日のモツ料理を思い出して、消えて行ったワイルドボアを少し残念に思う。

 しかし、冷静に考えるとダンジョンがドロップ式で良かった。昨日のイノシシよりも一回り大きい魔物を、1匹倒す毎に血抜き、解体なんてやっていたら時間がいくらあっても足らない。仮に解体業者みたいなところに持ち込むとしても、俺だけで魔物を1日30~40匹は狩っている。他の人の分も合わせたら、かなりの数に上るだろう。畜産業が盛んなアドラシャフト領には大打撃になるな。

 まあ、実際にドロップ式でなく死体が残る方式だったら、畜産ではなく他の産業が盛んになるから、IFを考えても仕方がないか。うねうね踊っている踊りエノキを拾って先へ進んだ。



 先行する二人に近付いてくると、その戦闘……というより狩りの様子が見える。一人は身の丈の倍はある長い槍で、土手の下にある部屋の壁の上から攻撃しており、もう一人は土手から弓で部屋にいるジーリッツァを狙っていた。弓の人は以前も見かけた自警団の青年だ。

 どちらも上から一方的にジーリッツァを倒したら、部屋に飛び降りてドロップ品を回収している。何と言うか、効率化された狩りにしか見えない。


 土手の上にいた弓の青年に挨拶を交わしてから、次の部屋へ向かった。

 槍を杖代わりにして、土手から急斜面を下りる。そして壁の上から……俺の槍だと2m程しかないので、壁際にジーリッツァが居ないと届きそうにない。槍を投げても一撃で倒せるとは限らないので、大人しく〈ストーンバレット〉で倒した。

 そして、下の部屋に飛び降りてドロップ品を回収する。高さ的に少し躊躇したものの、着地時に手を突く程度で問題なく降りられた。ジョブ補正のお陰だろうが、慣れるまでは怖い物は怖い。1日ダンジョンに潜っていられるスタミナや、槍を軽々と扱う腕力等は慣れてきたが……



 先客の2名と代わる代わる魔物を倒しながら進み、遂に終着点の大きな扉にたどり着いた。


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