第52話 いたずらな風
ムッツさんは情報通か……俺の素性は別に隠している訳でもなく、自分から広めない程度の話ではあるが、街の方でどれくらい噂になっているのかは気になる。
「ああ、街の方で聞いたんですね。噂にでもなっていましたか?」
「……少しは驚いてくれないと、張り合いがないよ」
笑顔のままだが、若干残念そうな声色に聞こえた。フルナさんと同じく、からかうのが好きだったりするのだろうか?
「まあ、その噂話は後にして、話を依頼の件に戻そう。
結局のところ、緊急依頼にしてしまうと、穴掘りを領主様に報告しなければならなくなるのさ。フノーの始末書くらいで済むといいね」
「流石にそんなアホな報告書は出したくないぜ。田舎特有のなあなあで済ませたいところだが……」
「ただし、田舎だから噂が広まるのも早い。万が一他のギルド職員に知られたら……ってね」
二人の視線が俺に向く。そこまで言われれば、大体察することは出来る。
「あぁ、俺とレスミアに口止めをしておきたいって事ですね。そこまで大事とは思えませんけれど」
俺の言葉にムッツさんは肩をすくめる。
「そうは言っても、君とは初対面で信用出来るかどうかも分からないからね。商人としては対価を払った方が安心出来るのさ。
取り敢えず対価として、君とレスミアちゃんそれぞれに1つずつ、元凶のフルナがお願い事を聞くよ。
ただ、何でもって訳にはいかないから金額で言うと、元々の報酬の5倍、2万5千円までね」
金額はたいしたことはないがフルナさん、錬金術師に頼み事が出来るのは良い。何を頼もうかと考えていたら、ムッツさんが耳を貸せと言うので、少しかがむと、
「ニヤニヤしているところ悪いけど、エッチなお願いは駄目だよ。僕の妻だからね。
後、残念ながらエロ本も入荷していないんだ。また次回にね」
「そんなこと考えてませんよ! それに、本の話もフルナさんの勘違いですよ!」
俺の反応を見て、ムッツさんの笑顔がさらに、にこやかな顔になった。
そんな様子をフノー司祭が呆れ顔で「何か知らんが程々にしとけよ」なんて言っているので、やはり似たもの夫婦だったようだ。
「俺の方は了承しました。一旦家に帰って、レスミアに事情を説明してきますね。お願い事もレスミアと相談したいので」
「あ、先に雑貨屋の方で、今日の分の野菜を買い取って行ってくれないか。」
日課の買い取りを忘れていたので、ムッツさんと連れ立って雑貨屋の扉に向かうと、背中からフノー司祭が声を掛けてきた。
「ザックス、くれぐれも口外しないようにな。レスミアちゃんにもよく注意しておいてくれ。井戸端会議で話されたんじゃ堪らないからな」
「そんなに気になるなら〈契約遵守〉しとく?」
「そこまでせんでいい…………これだから商人は、何でも契約にすればいいってもんじゃないぞ」
気になる言葉があったが、ムッツさんに背中を押されて雑貨屋に入る。有無を言わさず明細書を渡されたので、買い取りを進めた。
「ただいまー…………レスミア~………おーい」
玄関から呼びかけても返事が無い。キッチンや他の部屋に声を掛けて周るが、どこにも見当たらない。
そう言えば、時間の掛かるスープ作りや、洗濯は村長の奥さんと一緒にやっていると雑談で聞いた覚えがある。倉庫の裏口から出て、村長宅への階段に向かうと、丁度レスミアが階段を上っているところだった。
「あら? お帰りなさい。何か忘れ物でも? キャッ!」
石段を登り切ったところで、高台のせいか一陣の風が吹く。メイド服のスカートが風に靡いてふわりと広がり、レスミアは慌てて両手で裾を抑えた。後ろの尻尾も、太ももに巻き付きスカートを抑えている。
しかし、俺は捲れないスカートよりも、胸の方に目が吸い寄せられていた。両腕で挟まれた巨乳がさらに強調されて……なんて眺めていたら、顔を上げたレスミアと目が合った。だんだんと頬が赤く染まる。
「見えました?」
「残念ながら見えなかった……尻尾でスカートを押さえるのは器用だなって眺めてたよ。
あ、次の機会があったら、もうワンテンポ遅めでお願いします」
「正直に言ってもダメです!」
レスミアは腕を組んでそっぽ向いてしまった。ただ、怒っているというよりは、耳まで赤いので照れ隠しだろう。多分……
まだ、弱い風は吹いているので、腕組みすると危険な気もするが、指摘するのも藪蛇に違いない。それに、腕を組むとメイド服を盛り上げている胸が強調されるので、それはそれで目線を外すのに苦労した。
「まあまあ、落ち着いて聞いてくれ。レスミアに用があって戻って来たんだよ。
今朝ギルドで依頼を受けたんだけど、レスミアの弓の訓練に絡んだ話でね。今から話し合いたいけれど、時間いいかい? 今日は風が強いから中で話さないか」
「……弓の訓練に絡んだ依頼ですか?
分かりました。少し早いですけど、お茶にしましょう」
レスミアは一瞬ホッとしたような表情を見せると、俺の返事を待たずに家の中に入って行った。その後ろ姿に目を奪われる。尻尾でスカートを押さえているのだが、お尻に沿って丸く押さえているので、形が強調されて……
いかんな。ムッツさんに揶揄われたのと、さっきの風の悪戯のせいか、思考がエロよりになっている。そう思いながらも、お尻を追いかけて家に戻った。
リビングで一番甘いリンゴ水を飲みながら、依頼について説明した。特に口外しない事については念入りに話す。レスミアも甘さに顔をほころばせながら、了承をしてくれた。
「私も構いませんよ。時間が早くなるだけですし、訓練時間が長くなるのは私にとっても助かりますから。
それにしても、ダンジョンギルドもルールに厳しいのか、緩いのはよく分かりませんね」
「いや、前日に話を通したからというのも、大分緩いよ。
今日みたいに連絡不備があっても村民同士だと、馴れ合いで流されてきたんだろうね。
多分、俺が村外の人間で元貴族だから、万が一を考えて口止めして来たんだと思う。口止め料を受け取ったら共犯みたいなものだしな」
「確かに、このランドマイス村は緩いですよねぇ。私の故郷の方が……って共犯になって大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。元々誤魔化す内容もたいした事じゃないしね。それよりレスミアも、フルナさんに何を頼むのか考えておいてね」
そう、たいした話でもないのに、わざわざ示談に持って行った事の方が気になる。どうもムッツさんに誘導されたような感じもするし……でも、ギルドの闇と言うより暗がり程度の問題を俺に見せる事が、ムッツさんに何の益があるんだ?
考え事をしていたレスミアがコップを片付け始めたので「何か手伝おうか」と声を掛けるが、
「いえいえ、大丈夫ですからザックス様はゆっくりしていて下さい。
私の方も昼食を準備するだけなので」
なんでも、既に村長宅で洗濯(洗濯機の魔道具でまとめ洗い)を済ませて来たらしい。普段なら家の掃除をするが、時間が無いのでカット。昼食の準備の方が優先だそうだ。
「昨日のシュニッツェルがまだありますから、これでタコスを多めに作っておきますよ」
そう言うと、キッチンで調理を始めてしまった。
既に献立が決まっているせいか、テキパキと働く姿は見ていて飽きない……特に楽しそうに揺れる尻尾が。
このままレスミアを眺めているのも良いが、それで1時間程、時間を潰すのは不健全だろう。何か用事が無かったかと考えて……倉庫の件を思い出した。
いつも装備品の手入れに使っている倉庫だが、壁際に並ぶ棚や奥は何が保管されているのかは確認していない。レスミアも把握していないそうなので、宝探し気分で捜索してみよう。
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