第51話 前世の記憶と緊急依頼
翌朝、今日は午後も別行動なので、出かける前に預かっていた物を色々手渡すと、
「それじゃ、ジョブは職人のままで良いんだね?」
「はい。防具類は兎も角、弓矢や差し入れのアップルパイを持っていくのにアイテムボックスがあった方が便利なので」
便利さに慣れてしまうと、しょうがない。俺も今後ストレージを外せる気がしない。
便利な道具は出てこないけれど、いくらでも物が入る四〇元ポケットなんて、子供どころか大人でも欲しい夢のグッズだしな。
「冷蔵庫のリンゴ水を忘れないようにな。アイテムボックスだと時間経過で温くなってしまうから、出かける直前にしまうと良いよ」
「大丈夫ですよ。いってらっしゃいませ」
「行ってきます」
レスミアに見送られて出発する。
道すがら、丘の上から村の方を見渡すと、遠くの畑の緑の絨毯から、更に奥の森まで緑一色だ。今日は風が強く、木々が緑色の波のように立っている。
しかし、ここ数日見ている分では、村の中心に近い畑から緑が減っている気がする。9月も中旬に入っているので、夏の野菜類が収穫しきったのだろう。多分、その収穫物の何割かは、俺が買い取ってストレージに入っているはずだ。
それにしても、秋の農村と聞いてイメージすると、黄金色に染まる稲穂や、そよ風で金色に波打ち揺れる麦畑が思い浮かぶ。
レスミアとの雑談で知ったことだけど、実際の麦の収穫は初夏だとか。これは麦と稲を混同していたに違いない。前世では農業に関わっていないのだからしょうがないな。サラリーマンの家庭……だった気がするし。
この村に来てから夜が暇なので、エヴァルトさんに頼まれている商売のアイデアを考えている。こちらの世界に無さそうな家電や車等の構造を含めて、前世の生活の事を思い出そうとするが、どうも関りが深い人ほど覚えていないようだ。
家族や仲の良い友人はさっぱり思い出せなくて、たまに話す程度のクラスメイトや先生は覚えている。人以外だと、家族で暮らしていた生活は朧気だが、一人暮らしの生活やTVや授業などは鮮明に思い出せる。
この世界の神様が、俺を転生させる時に記憶を消したのだろうか?
そう考えると合点がいく。ある程度の常識を残しつつ、前世への執着を薄れさせる。
事実、日本の娯楽が欲しいとは思うけれど、覚えていない家族に会いたいとか帰りたいという気は失せている。むしろ、ノートヘルム伯爵の方に父性を感じるというか、他の伯爵家の人達とも仲良くなりたいと感じているのは、体に引っ張られているのかもしれない。まあ、この世界で唯一の繋がりだからな。
ダンジョンギルドに顔を出すと、フノー司祭がカウンターで書類仕事をしている。厳つい外見から事務仕事は苦手そうに見えるが、ネズミ肉の依頼書を作るのは早かった。流石はギルド長(職員1人だけ)と言ったところか。
「おはようございます。買い取りをお願いします」
「おはようさん。待っとったぞ。
先に地図改定の書類にサインをしてくれ」
差し出された色付きの紙を受け取り、内容を確認……変更箇所と隠し扉のスイッチの事が、地図付きで説明されているだけのようなので、サインをする。
「ほい、報奨金は2万な。実はもう一件、ザックスに用があるんだが、先に買い取りだけ済ませよう」
銀貨を2枚受け取り、素材をカウンターに出した。
「植物系が400円、ネズミの皮が3800円、ネズミ肉が500円、合計で4200円。今日は少ないな。7層に行っているはずなのに、ラードも無しか」
昨日は採掘系の採取地には寄らなかったので、ネズミの皮くらいしか売るものが無い。
「食材系は家のメイドさんの領分なんですよ。しばらく豚肉とラードは売らずに貯め込むことになりましたから」
フノー司祭はメイド?と首を傾げていたが、直ぐにレスミアの事と気付いたようで顎を撫でた。
「まあ、台所を預かる女には逆らわない方がいいわな。まぁ、俺としてはネズミ肉を売ってくれるなら十分だ。
それじゃ、もう一件の方だ。レスミアちゃんに話は通してあるが、オルテゴからお前に指名依頼が来ている」
レスミアに? 手渡された依頼書を見ると、イノシシ罠用の穴掘り、期間は半日で報酬は5000円。
「指名依頼は分かりますが、オルテゴさんって方はどなたです? 依頼内容も唐突ですし」
「ああ、オルテゴは村の東の方、森が近い方の農家の纏め役だ。最近は雑貨屋に野菜を納めに来ていたから、ザックスも顔を見た事あると思うぞ。
それで依頼内容なんだが、簡単に言うとレスミアに弓を教えるから、代わりにザックスの魔法を穴掘りに借りたいという内容だ」
「……もうちょっと、詳しくお願いします」
最近イノシシが村の畑にまで出没しているらしく、オルテゴさんが落とし穴を掘ったけれど、張り切りすぎて腰を痛めてしまったそうだ。
そこに丁度フルナさんが、オルテゴさんの奥さんに弓の指導の依頼をしに来たので、協議の結果、俺の魔法に白羽の矢が立ったらしい。
因みに探索者への依頼なので報酬は記載されているが、その5000円はレスミアへの指導と相殺だそうだ。
「レスミアがお世話になるのだから、俺は構いませんよ。その依頼受けます」
「それは助かる。今日の9時過ぎくらいにオルテゴの家に行ってくれ。場所はレスミアちゃんが知っているはずだ」
依頼書にサインをする……9時?
「あれ? レスミアは午後から訓練って言ってたような?」
どうも、食い違いがあるような気がするので、フノー司祭に尋ねてみると、
「んん? フルナが連絡したはずだ……いや、レスミアちゃんに話が通っていれば、依頼の話をザックスに話さないわけはないよな。
となると……フルナの奴、連絡するのを忘れやがったな!」
フノー司祭の大きな声がギルド中に響く。耳を塞ぐほどではないが、大分お怒りのようだ。
「昨日の内に話を通しておくのが前提だったからな、今からだと2時間も無いのか。ルール的には緊急依頼になるが……かと言って、この内容を緊急依頼にするのもなぁ」
緊急依頼? 意味合いは分かるが、フノー司祭の雰囲気的に気軽に出してはいけないようだ。流石に穴掘りで緊急はないからな。
そんな中、雑貨屋に繋がる扉が開き、少年が入ってきた。
「フノー、声がこちらまで聞こえていたよ。申し訳ないが、当事者のフルナはまだ寝ていてね。
後で僕が叱っておくから、緊急依頼にするのは待ってくれないか。ギルドとしても、その内容で緊急依頼は不味いよね」
「……そう言えば、昨日帰って来る予定だったか。ムッツに言われるとなあ。
俺より先にザックス達に許可取ってくれ」
二人の目が俺を向くが、いまいち状況が理解できない。そもそも、この少年は誰だ?
緑色の短髪に、茶色の目。身長は俺よりも頭二つ分は低く、線も細い。中学生くらいにしか見えない。
「フルナさんの身内のようですし、弟さん? いや、帰って来たって……噂の旦那さん? いや若すぎるような」
「ハハハ、弟扱いはいつもの事だから気にしないよ。種族がビルイーヌだから若く見えるだけで、もう27歳ですよ。
初めまして、雑貨屋の店主で、フルナの旦那のムッツです。以後お見知りおきを」
ビルイーヌがどんな種族か分からないが、若く見られるのが普通のようで、笑って許してくれた。ただ、見た目は子供でも、屈託のない笑顔と言うよりは、営業スマイルのように感じる。
「ザックスです。こちらこそ、よろしくお願いします。
それで、急な依頼だから緊急依頼と言うのは分かりますけど、何が問題なんですか?」
二人は顔を見合わせるが、ムッツさんが顎をしゃくると、フノー司祭が頭を掻きながら説明し始めた。
「緊急依頼は、横暴な貴族や商人を抑制するための制度でな。時間指定や時間制限がある依頼で、猶予時間が2時間未満の場合、報酬が提示額の5倍になる。ただ、これだと金持ちはゴリ押ししてくるからな。もう一つ、緊急依頼の内容と結果を報告書にして、領主様とギルド本部に提出しなくちゃならん」
「貴族や商人が緊急依頼を悪用しても、その内容まで上に報告されてしまうから、内偵されたり悪評になったりするね」
ほうほう、こういう裏話的なものは聞いていて楽しい。ただ、
「それだと、ギルドを通さずに探索者に依頼するようになるだけでは?」
「そこまでは面倒見れん。一応、ジョブがセカンドクラス以上の探索者には、個人で依頼を受けるのは自己責任。怪しい仕事で赤字や灰色ネームになりたくなければ、ギルドに相談するように教育しているな」
「個人依頼するような場合は、大抵後ろめたい話か、身内の恥を隠すためですね。
まあ、中には美食のために、深層に行ける探索者を専属で雇うなんて、変わった人もいますけど」
まだまだ先の話だろうが、個人で依頼を受ける時は、裏取りしないと怖いな。裏取りできるようなコネや情報網も欲しいところだが……貴族流のやり方をノートヘルム伯爵に聞いてみるしかないか?
「ああ、そうだ。一応、ここまでの話は機密に当たるから、周りに吹聴するなよ」
「ちょっ、俺まだファーストクラスですよ! そんな機密を聞かせていいんですか?」
今まで、雑談感覚で話していた事が、機密と言われて慌てて聞き返す。
ムッツさんは何でもない事の様に笑いながら俺の近くまで来ると、フノー司祭に聞こえない程度に声をひそめて話す。
「ザックス君は元貴族で、今もダンジョン攻略を目指しているのですよね。なら知るのが早いか遅いか程度の話ですよ。多分、前のザクスノート様も知っていたと思いますしね。
それに機密と言っても、僕みたいな情報通の商人が知っている程度の機密だから、気にする必要は無いよ」
この村では、俺の素性は村長くらいにしか知らされていないのに、街で知ったんだろうか?
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