第50話 衣がサクサクのアレ
ダンジョン産のキノコは踊るだけじゃなくて、歩き回るのか……顔が浮かびあがったりして襲ってきそうだな。
「私も実家で見ただけですけど、MPを回復するマナポーション用の素材らしいです。流通しているのは手のひら大のキノコなんですけど、採取地で長時間放置すると、大きくなって、魔物化して歩き出すとか……
子供の頃は怖かったですね。倉庫の在庫が大きくなって歩き出すんじゃないかと不安で眠れないとか。今となっては笑い話ですけどね、ふふふ」
マナポーションか……フルナさんの雑貨屋でも見かけたけど、お客の手が届かないカウンター奥のガラス戸に入っていたな。値札には5万とあったので、手が出る金額ではない。
「まあ、子供の時分はそんなものだよ。怪談を怖がって眠れないとか良くある話さ」
トイレの花子さんみたいな学校の怪談が、小学生の頃に流行った覚えがある。まあ、こちらの世界じゃ通じないだろうけどな。
当初の目標通りにワイルドボアとも1戦出来たし、時間的に切りが良いのでダンジョンから外に出た。
村への帰り道の途中で5の鐘が鳴る。フルナさんに明日の事と踊りエノキについて聞きたかったが、既に雑貨屋には閉店の札が掛かっていた。
帰宅して、レスミアのジョブを変えて食材を渡すと、いつもの通り倉庫で武具の手入れをする。それが終われば、お風呂でレベルアップのチェックだ。
・基礎 レベル8→9
・村の英雄レベル6→8 ・戦士レベル5→7
・魔法使いレベル6→7 ・商人レベル3→7
・採取師 レベル5→8
基礎レベルが9に上がったことで、アビリティポイントが1増えて34になった。これで追加スキルが2枠取れる。後もう1ポイント増えると、5の倍数で色々使えるから楽しみだ。
どのジョブも2以上、上がっているが、一番低かった商人が4も上がっている。これはレベルが低かったので獲得経験値に補正が付いたのと、経験値増4倍が合わさったおかげだろう。
既に10層に来たのに、どのジョブも若干低めな気がする……いや、どの道10層は込み合っているからレベリングには適さないだろう。先の11層の方が、敵が多そうだ。
待ちに待った夕食がやって来た。リビングの方にまで良い香りが漂ってきて、お腹が空いて仕方がない。
「お待たせしました。リクエストのシュニッツェルですよ。沢山焼いたのでお代わりもどうぞ」
出てきたのはトンカツ……と言うには薄い、ペラペラなカツだった。思わず身をかがめて、皿の横から眺めてしまう程に。
取り敢えず食べてみると、衣がサクサクしてバターの風味がして美味しい。衣にチーズとパセリのような香草が良いアクセントになっている。
「ウスターソースやレモン果汁、トマトバジルソースを用意しましたから、お好みで掛けても美味しいですよ」
小鉢に用意されたソースをそれぞれ掛けてみたが、どれも美味しい。
「どれも美味しいけど、個人的にはトマトバジルソースが気に入ったな。チーズとバターの香りにトマトがよく合って美味い」
俺の言葉にレスミアは、ほっとしたような表情をしてから笑った。
「私もそれが好きなんです。良かった……
それに、先程から浮かない顔と言うか、困惑しているように見えたので……」
「それは……このシュニッツェルだっけ? 美味しいよ、トマトのソースと合わせると絶品だね。
ただ、美味しいんだけど、俺の想像していたのと違ったから戸惑っただけだよ」
流石にリクエストしておいて、物珍しそうにまじまじと見過ぎたか。このペラペラのシュニッツェルもサクサクで美味しいけれど、トンカツを楽しみにしていた事もあり、もうちょっと肉の食べ応えが欲しいところ。
トンカツなら何となくレシピは知っているから、教えて作ってもらうしかないか?
流石に作ったことはないので細かい所は知らないけど……
「ま、その話は後にして、先に食べないか。美味しいのが冷めてしまうよ」
「むう……ご期待に添えなかったのは残念ですけど、シュニッツェルも美味しいと言ってくれたので良いですよ」
レスミアは若干不服そうにしていたけど、俺がシュニッツェルを何枚もお代わりしたら、機嫌は直ったようだ。
食事をしながらシュニッツェルの蘊蓄を聞いた。固くなったパンをおろし金で削ってパン粉にするのが大変だとか、衣をつける手順が多くて面倒だとか、でも冷めても美味しいから明日の昼食用に沢山焼いたなど。
料理を大変そうに話しているが、それを語るレスミアの顔はとても楽しそうで、料理好きなのがよく分かる。
そうして楽しく食事をしていたのだが、料理談義からの流れで、いつの間にかトンカツの作り方を話していた。
夕食の後、レスミアが洗い物をしている横で、俺は固くなったパンを削っていた。トンカツでもパン粉が必要になるので、その手伝いだ。夕食中に大変アピールされた上で、お願いされては断れない。
大根おろしの如く、固くなったパンをおろし金で削るのは、確かに力がいるので面倒だ。ミキサーが欲しいが、刃を回すだけなら、魔道具で似たような物がないだろうか? 〈ウインドシールド〉も似たような構造だから、発想的には出来そうなものだが。レスミアに聞いてみると、
「……ミキサーですか? 確かに粉にする魔道具はありますけど、この家には無いですね。キッチンの料理道具は私が把握していますから」
レスミアは洗い物を終えて、リンゴを剥き始めている。今日収穫した蜜じゃない普通のリンゴの方だ。リンゴ水用だろう。
「それにしても、伯爵家の料理はやっぱり凄いですね。油が大量に必要だとか、ミキサーみたいな魔道具の調理器が揃っているとか、ちょっとうらやましいです」
食事中にトンカツのレシピを話したのだが、なぜか伯爵家の料理と勘違いされてしまっていた。肉を分厚く&油を大量に使う=贅沢=貴族と、連想ゲーム的に理解されたみたいだ。
そう言えば、メイドのベアトリスちゃんにポテトチップスの作り方を教えた時に、油を大量に使うところを驚いていたな。まだ新人だから知らないだけと思っていたが、もしかしてこの世界だと揚げ物は一般的じゃないのか?
まあ、異世界の料理と言うより、伯爵家の料理の方が受け入れられ易そうなので、訂正しないでおいた。
「ダンジョンでラードが取れるから、そこまで贅沢とは思わないけどなあ」
「油は使い道が多いですからね。食用以外でぱっと思いつくのでも蠟燭や石鹸、化粧品に使いますしね。
後は……詳しくはないですけど魔道具にも使うとか」
魔道具と言われても、今のところ家電代わりと言う認識でしかない。この家だと照明にコンロ、冷蔵庫、湯沸かし器……ラードを使ってなさそうだが? 駆動音でもすれば、機械部品の潤滑油代わりになりそうだけれど……
パン粉を削り終わったので、ストレージにしまう。
ふと、調理台の上に、リンゴの皮と芯がボウルに貯まっているのを見つける。てっきりリンゴ水だと思っていたが、実の方も何かに使っているようだ。そのままデザートだと思っていた。
レスミアが火にかけている鍋を覗くと、リンゴが煮られていた。近くまで来ると甘い匂いが漂っている。
「リンゴを煮ているという事は、アップルパイ?」
「そのつもりですけど、ちょっとリンゴの量が多かったかもしれませんね。まあ、余ったらリンゴジャムにでもします」
リンゴジャム!そういうのもあるのか。
ヨーグルトに合いそうだけど、ここランドマイス村だと牧畜が少ないので、乳製品が手に入り難いのが残念だ。アドラシャフトの街なら牧場が一杯あるので、乳製品は簡単に手に入る。買ってストレージに入れてこれば良かった。
訓練、講義でそんな時間なかったけど。
パンにリンゴジャムでも美味しそうだけど、ここは、
「アップルパイは好物だから、多く作るのは大歓迎だよ」
「オーブンに入る量にも限界がありますから。それに半分くらいは明日の手土産ですよ」
なるほど、お世話になるのだから手土産は必要だよな。食い気に走った自分が恥ずかしい。それを隠す訳ではないが、リンゴの皮と芯を鍋に入れてリンゴ水を作り始めた。
「リンゴ水は一番消費した、薄い奴でいいよね?」
「ええ、それでお願いします。私も明日の訓練後に、飲みたいですから」
並んで料理するのも心地よく、そのままアップルパイ作りまで手伝った。
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