第49話 ワイルドボアと踊るキノコ

「それじゃ、一回戦ってみるか。レスミア、さっきの鑑定結果で話した通り、壁際の穴に注意して突進を回避してくれ。隙が見えても攻撃せず、2,3度ワイルドボアの攻撃を見てからにする」

「分かりました」


 本通りから側道の坂を下る。下の部屋は2m程の土壁で、その上から土手の斜面になっているようだ。部屋に入ると、既にワイルドボアはこちらを向いて、前足で地面を前搔きしている。突進の前動作と判断して、レスミアに手振りで左右に分かれた。


 ワイルドボアは突進して来たものの、俺達が左右に分かれた事に動揺したのか、真ん中を抜けて行く。しかし、通り抜けたワイルドボアは減速すると、止まらずにUターンをしてきた。

 移動しながら観察を続けていたので横に移動して避けるが、ワイルドボアは又Uターンをして、今度はレスミアに向けて突進していった。俺が警告するまでもなく、レスミアは楽々と避けているが、走り抜けて行ったその先でUターンしているのが見えた。


 縦横無尽に走り回るワイルドボアだが、5回ほどUターン連続突進をしてからようやく止まった。しかも、俺達から遠く離れた場所まで走り、Uターンしてこちらを視界に収めた状態で休憩しているのだ。ジーリッツァの様に方向転換中や、休憩中を狙おうと考えていたが中々難しそうだ。



 1分ほど休憩していたが、また地面を前搔きをすると、突進し始めた。突進自体はヒュージラットと同じ程度の早さなので避けるのは問題ないが、こちらを追尾するように少しだけ軌道が変わるので、大きく避けるしかない。回避しながら攻撃を入れようにも、攻撃が届くほど距離が近いと避け損ねる危険がある……俺の槍なら届くか? 


 2セット目は3回Uターンしたところで止まって休憩し始めた。ワイルドボアは鼻息を荒くしており、疲労しているのが目に見えるようだ。


「レスミア! 次の休憩に入ったら、近い方が攻撃を仕掛ける。深追いはするなよ!」

 指示を出して、レスミアとも距離を取る。どこで休憩に入るが分からないので、部屋内で分散したのだ。これなら、どちらかに近い方か、中間地点で攻撃が出来るだろう。


 3セット目は目に見えて突進の速度が落ちていた。スタミナ少ないな。この速度なら回避攻撃も出来そうだが、様子を見る。


 3回目のUターンで休憩に入った。レスミアの方が近い位置だったので、スモールソードで刺しに行ったようだ。ワイルドボアのバラ肉辺りに突き刺さり、野太い鳴き声が上がる。ワイルドボアが頭を振って攻撃してくるが、レスミアは既に後ろに回り込んでいた。

 追撃で後ろ足を刺されたワイルドボアは、悲鳴のような鳴き声を上げて逃げ出した。


 逃げ出したと言っても、後ろ足を怪我しているせいで突進速度は半分以下に落ちている。丁度、近くまで来ていた俺目掛けて逃げてきているので、避けながら槍を大きく振り回し、前足と後ろ足を斬撃した。

 両足をやられたワイルドボアが大きな音を立てて倒れ込む。攻撃のチャンスに駆け寄って、レスミアと二人掛かりで、左右からロース肉辺りを刺すと動かなくなった。


「ふー、お疲れ。なんとかなったが、時間が掛かる魔物だな」

「そうですね。最初の連続突進を躱して、スタミナが無くなれば楽そうですけど……やっぱり魔法で弱点を突いた方が良いのでは?」


「次の11層からは魔物が2体出るだろ。1体は魔法で倒すとして、もう1体はどうする?

 避けながら魔法を充填してもいいけど、1戦毎に今までの倍のMPを使うから、結局MP不足の問題になるのさ」


「ああ、結局そこに戻るんですね」

「そういう事。まあ、何度か戦ってみて、効率的な戦い方を考えるしかないな」


 そうこう話しているうちに、ワイルドボアの死体が消えて何か白い物がドロップした。

 石突付きのエノキダケだ。

 鑑定しなくても分かる。なぜかウネウネ動いているので、これが踊りエノキだろう。



【素材】【名称:踊りエノキ】【レア度:E】

・ダンジョンのマナで変質したえのき茸。ポーション等の錬金術の材料になり、元気に踊っている方が、効能が高い。そしてマナの貯蓄量が多い方が激しく踊る。石突ごと採取するとしばらく踊っているが、動かなくなるとマナが抜けた証拠。動かない物は素材にはならないので注意。



 予想通りに踊りエノキだったが、踊りというよりは無秩序に動いているだけのようだ。腰を振るようにくねくねしたり、ヘッドバンギングの様に傘を振り回したりしているが、踊りと言われると首を傾げたくなる。

 上から見ると、端の方のキノコが外側に開いたり閉じたりして、花が咲き、閉じるようにも見える。ただ、真ん中のキノコもウネウネしているので若干卑猥な感じが……


「あまり、生きの良くない踊りエノキですね。これだとダンジョンの外に持ち出しても長くは持ちませんよ」

 隣に来たレスミアがしゃがみ込み、指で踊りエノキをつついている。


「11層以上の採取地で取れる事は図鑑で見たけど、そっちの方が、生きが良いのか?」

「私も直に生えているのは見たことが無いですけど、錬金術師のお店に卸すのは、もっと生きがいいですよ。実家で取り扱っていましたし、動かなくなったのは食材として料理になって出てきました」


 なるほど、動かなくなる=マナが無くなる、なので錬金術の素材にはならないから食材になってしまうのか。えのきと言えばなめ茸が食べたい。多分、砂糖と醬油で煮込めば……こっちじゃ醬油を見たことが無いな。ご飯もだけど。


「後は……泣いている赤ちゃんや子供をあやすのにも使えますね。踊っている姿に驚いて、泣き止むんですよ。踊っている姿を眺めててくれるので、お母さんも大助かり。

 まあ、普段使いするにはお高いので、ダンジョンから取ってこられる家族がいるか、生きが良くない奴を値引きで買うくらいですけどね。動かなくなったらお夕飯にすれば良いですし」


 日本でも音や太陽光に反応して踊る人形があったな。あれと似たような物だけど、見た目がえのき茸なのがシュールだ。それに、動くおもちゃが食卓に上がるのは子供心的にどうなんだろ? 初めの1回は泣いてしまいそうだ。



「生きが良くないなら、買い取り額も安くなりそうだな。何なら夕飯につかうか?」

「今日は豚肉がメインなので、副菜に使えますけど、まだ動いているのを料理するのは勿体ないですね。先にフルナさんが買い取ってくれるか、聞いてからにしませんか?」


「……そう言えば、蜜リンゴと同じで、踊りエノキもフルナさんが直接買い取るんだったか。フノー司祭に言われた覚えがあるな」


 地面で踊っている踊りエノキを拾い、ストレージにしまう。

 ふと、気になった事が出来たので、直ぐに取り出してみたが、踊ったままだった。ストレージには生き物は入らないので、踊りエノキは動いているけれど、生き物ではないのか。

 マナが多いと激しく動き、無くなると止まるなら、マナを動力に動いている? 魔物もマナを吸って生きているらしいが、その一歩手前の状態だったりしてな。過剰にマナを貯め込んだら魔物化して歩き出すとかありそうだ。


「ザックス様、踊りエノキを眺めてどうかしたんですか?」

 スモールソードの血糊を拭って、後始末をしていたレスミアが聞いてくる。先ほど、子供をあやすのに使うなんて聞いたばかりなので、眺めて考え込んでいたのがちょっと気恥ずかしい。


「ああ、ちょっと変な想像をしてしまってな。マナで踊るなら、もっと貯め込んだら歩き出したりしないか、なんて」


「アハハ! 流石にそれは聞いた事が無いですよ」

「ハハハ、だよなあ」


「歩き出すのは他の種類のキノコですよ」


 え? 本当にあるのか?

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