第48話 9層をスキップ

 9層に降りてきたが、ここも丸太が立ち並ぶ階層のようだ。どうもこのタイプの階層は、制限を受けているようで好きになれない。地図を確認して採取地を目指した。


 ヒュージラットを〈エアカッター〉で両断する。久しぶりにネズミ肉をドロップしたが、豚肉を大量に手に入れているので、ギルドに売ってしまうのが良いだろう。フノー司祭も喜ぶ。そう食材管理のメイドさんに提案してみる。


「いいですよ。豚肉の方が料理には使いやすいですから。今夜も豚肉料理にしますから、何かリクエストがあれば言って下さいね」

 丁度、午前中に食べたいと考えていたので渡りに船だ。


「それなら、トンカツを頼む。衣がサクサクのトンカツで」

「トンカツ?? 衣がサクサク……ああ、パン粉を付けたアレですね」


 レスミアは小首を傾げて考えていたようだが、直ぐに思い至ったようだ。良かった、トンカツで通じるなら、ちゃんと日本食もあるのか。これは、揚げるためのラードと豚肉は売らずに貯め込んだ方が良いな。特にラードは沢山必要になるだろう。


 ジーリッツァはウロウロと移動するので、レスミアの耳で感知可能だ。近くにいるジーリッツァは索敵して貰って仕留めて行くことになった。




 採取地に到着したが、目立つ蜜リンゴの木が何本もあるものの、その半分も実っていなかった。


「蜜リンゴが一個もありませんよぉ。先客が居たのは間違いないですねぇ」


 耳と尻尾がしょんぼり垂れ下がっている。周囲を見渡すと蜜リンゴの木以外の素材も採られた形跡がある。生ったばかりの赤いリンゴがあるから、ここ数時間の犯行だろう……いや、別に早い者勝ちだから犯罪でもないけどね。


「他の探索者はいないってフノー司祭が言ってたから、農家の人だろうな」

 3層の蜜リンゴの時以来、ずっと他の人の痕跡が無かったから貸し切り気分だったけど、これが本来の形何だろう。


「肉狩りのおじさん達ですね。10層が込んでいる時は、9層にも足を延ばすって奥様方から聞いた事があります」


 少ないのは仕方がないので、リンゴの採取をレスミアに頼んで、煙キノコや火種の実の採取始めた。それにしてもぱっと見、丸太小屋の中にリンゴの木が生えているみたいで不思議な気分だ。天井のヒカリゴケ玉が電球のようにも見える……




 採取を終えて、階段を目指して進んでいたが、かなりのペースで進めていた。其れも其のはず、敵が殆どいないのだ。普段なら5分も歩けば魔物がいるのに、今は20分近く歩いてヒュージラット1匹だけだ。


「う~ん、これは肉狩りのおじさん達が狩って行った後ですね。階段から採取地までの最短ルートではなく、遠回りした方が良かったかもしれませんね。お肉的に……」


 そうは言っても、農家の人達も採取地までの往復を、同じ道を通ったとは限らない。わざわざ遠回りして、狩られた後だったら無駄骨もいいところだ。結局、レスミアの猫耳で索敵し、近くのジーリッツァだけ寄り道した。



 特に波乱も無く10層への階段に到着した。

 リンゴ水で小休止しつつ、懐中時計を確認すると16時。午後だけで2階層分進んでいるのに、まだ1時間程余裕がある。


 さて、中途半端に時間が余ったな。10層を攻略するには足りない。採取地までなら行けそうだけど、農家の人に取られてそうだ。

 このまま8層か9層の歩いていない部分を周って肉狩りをするのもいい。ただ、既に今日だけでロース肉とバラ肉合わせて7つ手に入れている。豚肉7㎏もあれば十分な気もする。

 まあ、早めに上がってのんびりするのもいい。家の倉庫に何が残されているのか少し気になる。


 どれでも決定打に欠けるので、レスミアの意見を聞いてみると、

「それなら、10層を少し見てから帰りませんか? 10層から出るイノシシが気になりますし、他の人が戦っていれば、参考になるかもしれませんよ」


 そう言えば、3層毎に新魔物が登場するから、10層から次の魔物か。今朝ジーリッツァが初登場したばかりなのに、弱すぎて駆け抜けてしまったな。

 レスミアの意見を採用して、先に進むことにした。



 階段を下りて行く。今までの階段なら、とっくに下の階層に着いている程の段数を下りると踊り場があり、折り返して下の階段が続いていた。続けて降りて行くが、ビルの非常階段でも下っている気分になってくる。下りだからまだいいが、上りだったらエレベーターが欲しくなる……

 それを繰り返す事4回。ようやく10層にたどり着いた。


「わぁ、広いうえに天井が高い! 階段が長い訳ですねぇ」


 壁際の階段出口から周囲を見渡すと、1階層すべてが大部屋のようで壁がはるか向こうにしか見えない。天井もビルでも見上げているような高さだ。さらに天井が、かなりの光量で光っており、真昼の様に明るい。全天候型のスタジアムのようだ。


 地図を確認するとつづら折りに道が有り、階段から対面のボス部屋まで続いているようである。実際に対面に目を向けると大きな扉が……扉?かなりの距離があるのに見えるとか、どれだけ大きいのやら。


「殆ど一本道なんですね。迷う心配は無さそうですけど、豚肉がリポップしていると良いんですけど」


 レスミアに促されて本通りを進むと、地図では分からなかった点が見えてくる。

 つづら折りの本通りは土手の様に高い位置にあり、その左右の下は部屋になっていた。そして本通りから下の部屋へ続く坂道で繋がっている。

 部屋も上から丸見えなので、魔物の有無も直ぐにわかるのはいい点だ。本通りを歩きながら左右の部屋を上から覗くだけで無駄な寄り道をしないですむ。ただ、手すりやガードレールも無いので、足を滑らせたら急な土手を転がって下の部屋に落ちてしまいそうだ。



 暫く本通りを歩き続けて、ようやくイノシシ型の魔物を発見した。上から見ると茶色の毛皮をした豚っぽい体格の魔物の背中が見える。〈詳細鑑定〉を掛けてみると



【魔物】【名称:ワイルドボア】【Lv10】

・イノシシ型の魔物。大きい牙を持ち、突進攻撃をしてくる。非戦闘時に土魔法〈ディグ〉で、壁際の床を穴だらけにして、戦闘時では穴の無い真ん中を突進してくる。壁際に向かって避ける際は足元注意。踊りエノキが好物で、採取場に入り込んで食べてしまう。

・属性:土

・耐属性:水

・弱点属性:風

【ドロップ:踊りエノキ】【レアドロップ:ワイルドボアの毛皮、ぼたん肉(背ロース)】



 丁度、こちらを向いたその口には、大きな牙が斜め前に突き出している。ジーリッツァよりも一回り大きいワイルドボアに衝突されて、牙に刺されたら一溜まりもないだろうな。いくらジョブのステータス補正でHPや耐久値が上がっていても、試したいとは思わない。ジーリッツァと同じく回避一択だ。


 鑑定結果をレスミアに話しながら、観察をしていると、ワイルドボアが壁際に近付いてきた。その鼻先に茶色の小さい魔方陣が出現する。鑑定の説明文にあるように〈ディグ〉の魔法で穴を掘っているのだろう。


 イノシシが畑を掘って作物に被害が、なんてニュースを見た覚えがあるが、魔法で穴を掘り始めたら被害が大きくなりそうだな。ダンジョン内にしか出ないイノシシ型魔物だからセーフ……いや、ダンジョンを放置したら外に出てくるんだったか、どちらにしろ害獣だな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る