第46話 弓用の新装備

 ダンジョンから外に出て、いつも昼食を取っている場所に目を向けたが誰もいない。レスミアはまだ来ていないのかと思ったが、森の中から何か軽い物が当たるような音が聞こえた。


 音のした方を見ると、森に少し入った辺りに、銀髪の猫耳ポニーテールが見える。弓矢の練習をしているようで、弓を番えて引くその動作に魅入ってしまった。弓を引く所作と、風になびく長い銀髪が木漏れ日を反射して絵になる。スマホかデジカメがあれば保存しておきたい程だ。


 しかしそんな見た目とは裏腹に、矢で射られた先を見ると散々な状況だった。木に立て掛けられた的らしき木の板には3本しか刺さっておらず、その周辺の地面に矢が散乱している。覗き見していても悪いので近づいて声を掛けた。


「レスミア―お待たせ。調子はどう?」

 振り返ったレスミアはきまりが悪いような表情をしていた。


「あ、お疲れ様です。やはり3年ぶりですので勘を取り戻すにはまだまだですねぇ」

 的周辺の矢を拾い始めたので手伝った。初めて矢を手にしたけど思いのほか軽い。ついでに鑑定しておく。



【武具】【名称:青銅の矢】【レア度:F】

・青銅製の矢尻で貫通力を高めた木の矢。



 青銅ならダンジョンから銅鉱石とスズ石が取れるから、安く作れるのかね? 木材もパペット君が落とすし、矢羽根は養鶏場がある。拾った矢をレスミアの腰に着けている矢筒に戻す。数は10本程度だが少なくないだろうか?


「それなら、1戦ごとに矢を回収するから大丈夫ですよ。あまり本数を増やすと重たくなりますしね。ああでも、予備はザックス様のストレージに入れておいてもらえると助かります」

 レスミアがダンジョンに入るときは、基本的に俺と一緒なので問題ない。大した手間でもないので了承しておく。


「それより、どうですか?この防具!なかなか良いでしょう!」


 腕を胸に当ててポーズを取り、新しい防具を見せてくれた。折角なのでじっくり見させてもらう。

 今まで来ていた革のドレスの上に、硬革製の黒いブレストアーマーが前面にだけ着けられている。胸が小さく見えるのはベルトで締められているせいだろうか? 他にも同じ硬革製でスカートの前垂れと、グローブ、ブーツも一式で揃えているようだ。全身茶色一色の俺とは違い、茶色の革のドレスに、黒い硬革製の防具が追加されてカッコよく見える。



【武具】【名称:硬革のブレストプロテクター】【レア度:D】

・アクアディアーの革を錬金術で硬革処理した防具。軽いうえに防御力も高く、ある程度の斬撃や衝撃に耐える強度を持つ。



 しかも、レア度Dだよ! 俺のソフトレザー一式より上の防具だな。


「黒い硬革はカッコいいな。レスミアの銀髪が際立つし、ポニーテールも似合ってる」

「ありがとうございます。個人的には白の硬革の方が可愛くて良かったんですが、どう考えても汚れが目立ちますからね」


 白い硬革装備は可愛いのだろうか? レスミアが身に着けている黒の硬革を白で想像してみたが、いまいち分からない。ゲームとかの姫騎士が白い鎧だったような覚えがあるが……いや、あれが可愛いのはフリル付きや露出の方のような。


「それにしても、一式替えるとはね。弓用って言ってたから、てっきり胸当てとグローブぐらいと思ってたよ」


「私もそのつもりだったんですけど、フルナさんに助言を貰ったんですよ。スモールソードで近接もするなら、どちらでも使える装備にした方が良いって。まあ、昨日稼いだ分が全部飛んで行ってしまいましたけど」

「10万は結構高い……いや、安いのか? 俺のソフトレザー一式でも7万くらいらしいのに」


 レスミアはグローブを見せつけるように手を開いて見せたあと、横を向いてブレストプロテクターの形を見せてくれる。


「グローブやブーツは女性向けで小さめなので、革の使用量が少なくて安いんですよ。それに、む……体型に合わせた硬革処理をフルナさんがやってくれるので、値引きしてくれました。錬金術師直売ですしね!」


 ああ、直売なら安いのも納得……

「フルナさんって錬金術師なの? 雑貨屋開いているから商人だと思っていたよ」


 〈詳細鑑定〉と〈無充填無詠唱〉を使えば秘密裏に情報収集出来るが、人に対してはあまり使わないようにしている。

 なぜなら、簡易ステータスの情報は基本的に家族やパーティーメンバー、ダンジョンギルド(国)にしか公開しない情報だからだ。そんな中、ジョブ名だけならまだしも、基礎レベルやジョブのレベルまで把握している他人はかなり怪しい。

 俺はエヴァルトさんの講義中に、他人のレベルをうっかり喋って怒られた前科があり、知らなければ話せないという事で他人を〈詳細鑑定〉するのは控えている。

 他人のジョブだけ知ることが出来るスキルが欲しい。


「あの雑貨屋は商人の旦那さんが経営しているお店ですよ。旦那さんが不在の間はフルナさんが店番しているだけで、普段は裏で調合や家事をしているらしいですよ。

 あ、今日はフルナさんがやけに上機嫌だったので、色々お喋りして聞き出してみたんです。そしたら旦那さんが戻ってくる日なんですって。うふふ、明日は雑貨屋がお休みかもしれませんねぇ」


 レスミアも楽しそうにお喋りを始めてしまったので、相槌を返しながら昼食の準備を始めた。




 昼食後、リンゴ水の飲み比べをしながら雑談をしていたが、途中から明日の予定についてレスミアから提案を受けていた。


「……ですので、明日の午後は弓の指導を受けに行きたいです」


 弓を扱うのは3年ぶりで体格も変わっており、さらに実戦では使ったことが無いので不安らしい。それで防具を選びながらフルナさんに相談したら、丁度農家のおば様の中にも弓を使う人がいるので、指導してもらえるように交渉してきてくれるそうだ。


 フルナさんは頼りになるなぁ。装備一式を買わせるためのセールストークかアフターサービスのような気もするが、邪推は良くないな……


「確かにノロノロ方向転換するジーリッツァは兎も角、ヒュージラットの速さは厳しいかもしれないな。了解、明日は弓の訓練だな」

 先ほどの命中率を見ていると、訓練は必要だろう。口には出さないが。


「ありがとうございます。ザックス様も連日ダンジョンに入っていますし、お休みを取られてはいかがです?」


 連日と言っても、まだ4日目。ジョブ補正のせいか、ダンジョン探索が楽しいせいか、疲れている気はしない。


 一応この世界にも曜日はあるのだが、アドラシャフト家での訓練中は曜日を気にする時間は無かった。そしてランドマイス村では農家が作物の状況に左右されるため、皆思い思いに休みを取る。雑貨屋とダンジョンギルドも年中無休(という名の不定期)なので曜日感覚など無かった。まあ、仮に休みを取っても、レスミアが帰った後の夜中だけでも暇を持て余しているのに、休みにしてもゴロゴロするぐらいしか思い浮かばない。


「今のところは大丈夫だよ。そろそろダンジョン行こうか、レスミアのジョブは狩猫でいいか?」

 レスミアのアイテムボックスの中身を受け取ってストレージにしまう。残念ながら、着替えは無かった。残念。


「ええ、狩猫はレベル4ですから、新しいスキルが楽しみですね」


 そう言えば、商人のレベルが5になり、新スキルが増えていたので確認すると、



【スキル】【名称:逃げ足】【パッシブ】

・敵から逃走する際に敏捷値1ランクアップ。



 微妙だ。いや、強敵と戦う時の保険と考えればいいのだけれど、強敵相手に商人のジョブは着けないよなぁ……

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