第42話 久しぶりのミートパイとリンゴ水の試作
風呂から上がってキッチンに顔を出す。メイド服のレスミアの姿を見て、一瞬着替えの件が頭を過るが平静を装って声を掛けた。
「お風呂あがったよ。リビングの方に伯爵家の料理を出しておこうか?」
「う~ん、先に今日作った分をストレージにしまって下さい。出来立ての方が美味しいですから」
指さす方の調理台に並んでいる料理……リクエストした通りサンドイッチやタコスの様に手掴みで食べられるものが多い。それらは料理だけ格納し、スープは鍋ごとしまう。
「今日も夕飯の準備をありがとう。この料理は出先で食事に困ったときに食べさせて貰うよ。
さて、お待ちかねの伯爵家の料理だけど、1人前出すより、俺とレスミアで半人前ずつにして品数を多めに出すのはどうだろう?」
「わぁ、それは良いですね。色々食べられる方が嬉しいです」
二人で手分けしてお皿を並べ、料理を切り分けていく。スープは2種類、具沢山のコンソメスープとミネストローネ。他にもスペアリブやクラブサンド、ミートパイなど少し肉肉しいので、サラダも追加で出しておく。今日はネズミ肉じゃないというだけで、安心して食べられる。
「それじゃ、頂きます」
リビングで夕食を頂く。久しぶりのミートパイは美味い、と言ってもまだ一週間も経っていないけど。
最初に食べた甘口ケチャップから色々スパイスが追加されて俺好みになっている。メイドのベアトリスちゃんは色々喋ってくれたが、香草の種類とか、ブラックペッパーとホワイトペッパーの比率なんて、俺の舌では判別出来なかった。
前世でもブラックペッパーなら兎も角、ホワイトペッパーなんて食べた事も無いし。なのでベアトリスちゃんから、前回と比べて味や香り、どちらが好みか等、細かく尋問……もとい問診されて味が調整されていったのだ。
ミートパイが美味しかったので、ついつい口が軽くなり、そんなエピソードを話した。レスミアは何か感じ入ったようで、メモを取っている。
「なるほど、味わい深い料理だと思いましたけど、レシピ通りではなく個人に合わせているのですね。つまりこの料理はザックス様の好みの味だと……」
「いや、細かく聞かれたのはミートパイだけで、他の料理はそこまでじゃないかな? 精々美味しかったとか好みかどうか程度だよ」
「そうですか、残念ですね。ザックス様好みの味が知れるかと……あ!私も細かく聞けばいいですね!」
ナイスアイディアと言わんばかりに笑顔で手を叩くので、慌てて止める。
「待ってくれ。伯爵家の料理は、離れの俺だけに出されていたから俺に合わせてくれただけだよ。
今は俺とレスミア二人で食べているんだし、両方が美味しいと思える料理の方がいいんじゃないか? レスミアも自分の口に合わない料理を作りたくはないだろう」
「確かに……私達二人の味に…………あ、新しい料理を作った時は簡単でいいので感想を下さいね」
「ああ、もちろんだ。今までもちょこちょこ話しているよね。あれ以上聞きたいときは聞いてくれ」
危なかった。毎食毎に根掘り葉掘り聞かれたんじゃ溜まらん。レスミアはなぜか顔を赤らめて、食事を再開していた。2,3口毎に何かをメモっているが、そんなに味の違いが分かるものなのか。
先に食べ終わってしまったので、先に洗い物を始めた。レスミアは味の分析しつつメモしているから、ゆっくり食べるように言ってある。とはいえ、一人分と空いた鍋程度の量なので10分も掛からずに終わってしまった。レスミアはまだ食べているようで話しかけて邪魔するのも悪い。昨日の蜜作りにチャレンジしてみるか。
昨日蜜リンゴの皮むきをしたが、あれではジョブの職人は手に入らなかった。解放条件は物作りなので、皮むきでは足りなかったようだ。なので、蜜作りを通しでやってみよう。
コンロで煮沸消毒用のお湯を沸かしつつ、蜜リンゴの皮を剥く。蜜リンゴはグニグニしていて持ち難いうえ、果汁が蜂蜜のようにヌルヌルで手が滑りやすいが、2度目であるし何個も剥いているうちに多少は慣れてきた。こういう時こそ職人のスキル〈作業集中〉が欲しい。メイドのフロヴィナちゃん曰く、雑念が消えて勉強とか仕事に集中出来るらしい。ただ、効果時間が10分と短いのも相まって連続使用してしまいがちだが、効果が切れた途端に数倍頭が疲れるそうだ。
こんな事を考えているのも雑念のような気もするが、集中出来なくてもリンゴの皮が多少厚くなる程度だ。スキルといえば採取師のスキル〈反復動作〉が着けっぱなしだが、効果は実感出来ていない。疲れを軽減されてもリンゴの皮むきじゃ元から大して疲れないし。
蜜リンゴ3個と水を1対1で煮込んで溶けたら、煮沸消毒した瓶に詰め替えて完成。念のためステータスからジョブを確認したが、職人は増えていなかった。もう少し数を作ってみるか。
瓶詰を5個程作ったところで声を掛けられた。〈作業集中〉は無いのに集中出来ていたようだ。
「蜜リンゴの蜜を作ってくれたんですか、ありがとうございます。私も手伝いますね」
「それなら、リンゴ水の方を作ってくれないか? ボウルが皮と芯で一杯になってきた」
「はぁい。昨日話していた冷たいリンゴ水にしませんか?ダンジョンで飲めると良いですし」
それに賛同して、買っておいたピッチャーを渡しておく。
「あれ? このピッチャーや蜜を入れている瓶。もしかして新しく買って来たんですか?」
「ん? 今日は蜜リンゴが沢山取れたから、瓶が足りないかもと思って。ピッチャーも水差しだけじゃ足りなかったし」
俺の言葉にレスミアはキッチンの戸棚を開けると、そこには空の瓶や食器などが詰め込まれていた。
「以前の住人が置いていった物が沢山あるんですよ。この家の物は好きに使って良いそうなので……」
「わざわざ買う必要は無かったと……先に確認しなかった俺のミスだな。今度からはレスミアに確認してからにするよ」
「裏の倉庫は私も全部は把握してませんので、探すと何か良い物があるかもしれませんよ」
レスミアと作業しながら相談をしておいた。
今朝のB級品の野菜差し入れはレスミアの方にも来たが、やんわりと断ってくれたらしい。わざわざ持ってきてくれた今日の分は受け取ったので冷蔵庫は満杯のままだけど。
そしてレスミアへの報酬について、午後のダンジョン分だけでも別計算で報酬を分けようと提案したが、思いのほか頑固で断られた。結局、メイドの給料があるのでダンジョンで得た報酬は受け取らない。
ただし、蜜リンゴを始め食材が手に入った時は、レスミアが使いたい分だけ渡す。宝箱を見つけた際は、中身に応じた一時金を出す。以上の条件で取り決めた。まあ、食材なら美味しい料理を食べられるし、俺にとっても好都合だな。
「そう言えばスカウトのレベル6になって〈投擲術〉と〈弓術の心得〉のスキルが増えているけど、どうする?遠距離攻撃手段として弓を使うとか、投擲用に投げナイフとか持っておくとか」
作業を続けながら話していたが、返事が無いので隣を見ると少し困った顔をしていた。
「……学校で習ったので、どちらも初心者レベルですが使えますよ。投げナイフは1本持っていますし。でも、威力がないので牽制程度にしか使えませんね」
「そうなると弓か。今日、自警団の人が弓を背負っているのを見かけてね。弓の方なら魔物相手にも通じるんじゃないか?」
「……ええ、固い敵には効きませんが、今の階層で出てくるネズミや、次の豚みたいな獣には十分通じますよ。ただ、弓とかプロテクターは実家に置いてきてしまって……」
プロテクター?と不思議に思ったが、そう言えばTVで弓道やアーチェリーの選手が胸当てを着けているのを見た記憶がある。
「ん? 無いならフルナさんの所で買うしかないけど、使い慣れた弓があるなら持ってこればよかったのに」
蜜リンゴを剥きつつ、また返事が無いので隣を見ると頬が赤くなったレスミアと目が合った。
「む……体が大きくなって着られなくなっただけですよ。ええ、子供サイズでしたので!」
下手に突っ込むと藪蛇になりそうなので、明日にでもフルナさんの所で一式買うことにして話を打ち切った。
「私はもうちょっと甘い方がいいですね」
「冷やすと甘さを感じ難くなるって聞いた事があるし、蜜を追加してみようか。後は……水分補給には塩も必要だったか?」
買ってきた瓶10個分、蜜リンゴ30個の加工が終わったので、余った皮と芯で作ったリンゴ水からスポーツドリンクっぽい物を作り始めた。とは言っても、スポーツドリンクの成分比率なんて覚えていないので、二人で味見をしつつ蜜リンゴの蜜とレモン果汁、塩を加えて好みの味を作る。
味の濃さを変えて3種類(買ってきたピッチャーの数だけ)作り、冷蔵庫にしまった。満杯だった冷蔵庫の中身はストレージに移してある。今日はレスミアも一緒に作業をしたために冷蔵庫の使用許可が簡単に降りたのだ。
味見をしながら作るのも楽しかったし、料理好きな人の気持ちが少しわかった気がする。後はまあ、レスミアと俺の両方が口に合う配分が見つかればいいのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます