第40話 大部屋で迷う

 人が通れる程度に土壁を壊して、通り抜ける。無事に大部屋に出たようで、反対側の壁が見えない程の広さだった。通ってきた扉の方を見ると、レスミアがくぐり抜けてくるところだった。預けていた地図を返して貰って、周囲を比較してみると、


「やはり地図の方が間違っているな。あの隠し部屋の分だけ大部屋の壁がズレてる」

 レスミアも採取地の方向の壁を指差し、肯定してくれた。


「確かに今いるのが大部屋の角ですから、採取地の壁を壊したらあそこに出るはずでしたね」

「地図の管理はダンジョンギルドだったな。ネズミ肉の納品ついでに報告しておくか」


 一応、壊した扉付近を調べてみたが、扉が土壁で隠されていたのが分かる程度だった。大部屋から見て発見できるような目印でもあればいいのだが、それも壊れたのか元から無いのか不明だ。

クラウソラスはしまってジョブやスキルを元に戻し、階段を目指す事にした。


 7層への階段の位置を地図で見ると、この大部屋の中心のようだ。中心とはいっても、反対側の壁が見えない程の広さなうえ、ヒカリゴケは天井にまだらに生えているだけで明るくはない。適当に当たりをつけて中心に向かうが、目印も無いので方向があっているのか不安になる。迷路も大変だったが、ただの大部屋でも違った大変さだ。


 ただ、魔物ヒュージラットについては楽になった。何せこちらに気付くと、いつもの様に壁を目指して走って行ってしまうので戦闘にならないのだ。いや、楽だけど経験値にはならないな。大部屋だから壁はかなり遠いだろうに……


 しばらく歩いたが、階段を見つける事が出来ずに壁に辿り着いてしまった。レスミアの〈マッピング〉と地図を照らし合わせて、方向修正して再度階段を目指す。


「あ!あそこ、他より明るくないですか?」

「いや、さっきもそうやって寄り道してたから、ズレたんじゃないか?」


「中心がこの辺なのは確かなんですよ。何か目印があるなら、あれしかないじゃないですか」

 実際に近づいてみると何も無く、ただ天井のヒカリゴケが少し多い程度だった。


「ハズレか……いやゴメン。そうむくれるなって」


 レスミアが頬を膨らませて、尻尾を大きく振っている。取り敢えず、ここが中心付近なら周りを見渡せばいいのだが、如何せん暗くて見通しが悪い。さらに、探しているのは下り階段だ。上り階段なら天井に伸びているので目立つけれど、下り階段では目立ちようが無い。目印でも有ればいいのだが、今のところ見当たらず、ヒカリゴケが多い場所はことごとくハズレだった。


何かランタン以上に明るい物があれば……〈トーチ〉ではロウソク程度なうえ、手元にしか出せない。〈ファイアボール〉は着弾点に燃えるものがないと駄目。消去法で〈フレイムシールド〉を自分に張ると、1m先に四角い炎が現れて辺りを照らす。ランタンの光よりは大分明るいが、前が見難いのが難点だ。


「これで多少は明るくなっただろう? 明るい場所は回ったのだし、周辺でまだ行っていない暗い場所も調べよう」

「……はい」


 レスミアは迷路の時の様に、俺の背中に手を置いて方向を指示してくれる。そのたびに〈フレイムシールド〉を左右に振って照らして進む。シールド魔法が味方を巻き込む危険性があるからしょうがないものの、懐中電灯にでもなった気分だ。


「あ!あそこに窪みがあります。今度こそ……」

 指さす方に近寄ってみると、下り階段を発見!

 思わずレスミアと顔を見合わせた後、ハイタッチで喜び合った。ただ、振り向いたせいで〈フレイムシールド〉がレスミアの後ろに移動してしまう。


「きゃっ!」

ハイタッチで手を挙げたままのレスミアは、背後の〈フレイムシールド〉に驚いて、尻尾をブワッと膨らませて抱き着いてきた。俺もハイタッチの手を挙げたままだったので抱き留める事は出来ず、そのまま体で受け止める。危険なので〈フレイムシールド〉をキャンセルして消すと、辺りが暗闇に包まれ、ランタンの弱い光だけが俺達を照らしていた。


レスミアが背中に近付く事はあったが、正面でこれだけ近付いたのは初めてだ。女の子特有の良い香りがして心臓が高鳴るのを抑えられない。挙げたままだった手を下ろして、ネコミミの頭に手を置いた。一瞬ビクッっと震えたが、拒否されなかったのでそのまま優しく撫でる。




 しばらくして、どちらからともなく体を離す。ランタンの光しかないが、レスミアは赤い顔をしているように見える。俺も同じだろうけど…… それに気づいたのか顔を逸らして、


「……シールド魔法を張っている時は、気を付けてくださいね」

「ああ、気を付けるよ。そろそろ7層に降りてから外に出ようか」


 改めて階段の周囲を見ると、目印も無くヒカリゴケも無い。ダンジョン側の嫌がらせにしか見えない配置だ。松明を立てるとか、ランタンで足元を照らしつつ、階段を下りる。



 7層はまた坑道のようだが、壁際に太い丸太が立ち並び、そこに横向きの細い丸太が積み上げられて壁になっている。上を見ると天井も丸太で支えられているようだ。

恐らく崩落防止なのだろうが、上の階層より頑丈に作られている。そもそも壊れても修復されるダンジョンで、崩落を気にするくらいなら頑丈に作っておけばいいような気もするが。雰囲気作りだろうか?

新しい魔物が登場する7層も気になるけれど、今日中にネズミ肉を納品しておきたい。〈ゲート〉でエントランスに戻った。




「俺はダンジョンギルドに行って納品してくるけど、レスミアはどうする?

 夕飯は約束していた伯爵家の料理を出すけど」

 村への道すがら、こちらに目を向けてくれないレスミアに話しかける。


「いえ、仕込みはしてありますので、お夕飯の準備をしますよ。伯爵家のお料理の代わりにストレージに保管して貰えばいいので」

「それなら外でも食べやすい料理で頼むよ。あと、ジョブは職人に戻しておいたから」


 そう言って、ストレージで預かっていた着替え入りのバスケットを渡しておく。受け取った際に手が触れたせいか、それとも着替えの件を思い出したせいか、レスミアは顔を赤くしてさらにそっぽ向いてしまった。


 村の入り口でレスミアと別れてダンジョンギルドに向かう。いつもなら帰宅途中の村人と挨拶を交わすのだが、5の鐘より前のせいか人通りは少ない。広場から見える宿屋兼酒場もまだ開店準備中のようで、ウェイトレスのレニちゃんがテーブルを拭いて回っているのが見える。


ギルドの前で、丁度入り口から出てきた自警団の人と「お疲れ様」と挨拶を交わす。彼もダンジョン帰りなのだろうか、弓を肩に掛けているのが目に入った。


そう言えば、スカウトで新しく覚えた〈弓術の心得〉があったな。俺には魔法があるので興味が湧かないが、レスミアに遠距離攻撃手段があっても良いかもしれない。今夜にでも相談してみるか。

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