第39話 隠し部屋
ランタンに照らされた穴の奥は、5m四方程度の小部屋よりも小さい部屋だった。魔物の居ないようなので、腰辺りの高さの壁を乗り越えて部屋に入る。レスミアに手を貸そうと振り向いた時には、既に壁の上に立っていた。
「やっぱり、さっきの音は銀貨だったんですね。そうすると、あの壊れた箱が宝箱!」
軽やかに飛び降りると、壊れた箱に駆け寄って行った。猫人族なだけあって猫のような身のこなしだ。塀の上によくいる猫を連想してしまう。その尻尾を目で追いながら、壊れた箱の方に向かった。
「あ、ザックス様! 壊れた宝箱の奥に、もう一つ宝箱がありました!」
嬉しそうに報告してくるレスミアの指さす方には、壊れた宝箱の残骸が被さっている箱がある。壁に開けた穴の方からだと、丁度陰に隠れる位置のうえ、残骸でカモフラージュされていたようだ。
因みに壊れた方の宝箱の中には、半分に割れた石玉と破れた貨幣袋が入っていた。跳ねた石玉が宝箱に直撃して、中身が散らばったに違いない。
「無事な方はお楽しみに取っておいて、先に散らばった銀貨を拾おう」
二人で手分けして拾い集めると、全部で20枚になった。宝箱一つで20万円とは、なかなかにいい稼ぎだ。レスミアと10枚ずつの山分けにして、手渡したところで気付いた。
「そう言えば、レスミアへの報酬をどうするか決めていなかったな」
レスミアは銀貨を小物入れにしまいながら、不思議そうな顔をする。
「え? メイドのお給料は村長と言うか、領主様の補助金から頂いていますよ」
「いや、メイドの仕事は午前中だけだろ。午後のダンジョンで稼いだ分は別じゃないか?」
「メイドは1日仕事という事で、お給料を貰っていますし、ダンジョンへのお供も仕事の一環では……あ、でも今日みたいに宝箱で儲かった時は臨時報酬があると嬉しいです!」
レスミアの中では答えが決まっているようだったが、臨時報酬や採取物(特に蜜リンゴ)について、夜に話し合うことになった。
そして、お待ちかねのもう一つの宝箱を二人で開ける事にした。先ほどの銀貨、20万クラスを期待して気分が高まる。宝箱と言っても見た目はただの木箱。鍵も無く蝶番で止められただけの蓋を、二人で手を掛けて持ちあげる。中から現れたのは、細い剣と赤黒く汚れた盾だった。レスミアは鼻に手を当てて、
「これ血ですよ。血生臭い……」
血塗られた盾とか、どう見ても呪われてそうだ。〈詳細鑑定〉をセットして鑑定すると、
【武具】【名称:スモールレザーシールド】【レア度:F】
・木枠に豚革を張り合わせただけの簡素な盾。攻撃を受け止めるのではなく受け流そう。
特に呪いとかは書いていないので大丈夫そうだ。それ以前に硬革でもないし、ただの安物だな。俺の使っている盾と同じ名前だが、革の種類が違うしレア度も低い。レスミアが臭いを嫌がっているので、先にストレージにしまう。
「見た目からして呪われてそうだけど、ただの安物の盾だったよ」
「呪われてそう……ですか?」
臭いを散らすように手をパタパタ振りながら、聞き返された。そう言えば、講義でも聞いた覚えがない。
「呪いと言うと、手に持つと手放せなくなったり、ステータスが下がったり、強力な武器だけど血を吸わせないと使えなかったり、ダメージが自分に返ってきたり」
「えぇ、聞いた事も無いですけど……レアスキル付きの武器みたいな物ですか? でも、そんなデメリットだけなんて……」
「いや、小説とかの創作の話だから気にしないでくれ。それにしても、デメリットの有るスキルなんてものあるのか?」
レスミアには前世の話はしていないので、話を逸らす。別に隠す必要はないのだが、話す機会を逃したというか。パーティーを組む際に簡易ステータスを見せたので気付くかと思いきや、複数ジョブにしか興味を持たれなかったのさ。
「デメリットと言うか、武器と嚙み合わなかった物なら知ってますよ。武器に〈羽毛の軽さ〉ってレアスキルが付与されていて、子供でも振り回せるくらい軽いんです」
「軽くなるならメリットじゃないか? 剣とか早く振れるし、軽いなら疲れにくい」
「いえ、剣とか槍、鎧なら軽さはメリットになったんでしょうけど、大きなメイスで打撃武器だったんです。文字通り羽毛のように軽くて、軽すぎて叩いてもダメージにならないくらいに。あれは木の棒の方がマシでしたね」
知っているという以上に、やけに実感が籠った話だ。そこをつっこんで見ると、
「アハハ! 実は子供の頃、実家の倉庫にあったのを持ちだして遊んでいたんですよ。子供の背丈より大きい武器を振り回せるから、子供たちには大人気でしたね。まあ、大人相手にイタズラを仕掛けたせいで、没収されちゃいましたけど」
なかなかにワイルドと言うかお転婆な子供時代だったようだ。それにしても、レアスキル付きの武具は運が良くないと手に入らないとは習ったが、ハズレもあるのか。ゲームのように付け替えや合成が出来たらいいのに。
話し込んでいて忘れかけていたが、宝箱から出てきた細い剣を鑑定した。
【武具】【名称:スモールソード】【レア度:F】
・青銅製の小剣。細く軽量化されており、刺突用なので先端付近にしか刃がない。
こちらも革製の鞘が赤黒い血が付着していたが、抜いてみると剣本体は無事だった。長さは俺のショートソードよりも少し短い程度だが、刀身の幅が細い。説明に刺突用とあるが、確かにこの細さで切りに行ったら折れそうだ。ただ、この軽さはレスミアに丁度いいかもしれない。
「これ使ってみるか? 刺突用だけどショートソードより軽いから使いやすいかもしれないぞ」
レスミアは受け取ると重さを確かめるように触り、実際に突きの動作を試している。
「これなら片手でも使えそうです。本当に私が貰ってもいいんですか!」
「俺には軽すぎるし、刺突用なら槍があるしな。ただ、血で汚れている鞘の方はフルナさんの所で買い替えようか」
臨時収入もあった事だし、誰か分からない血で汚れた物を使う必要はないだろう。ただでさえ革製品は血の汚れを落とすのは大変なのだから。
スモールソードは一旦ストレージで預かり、部屋の中を調べる事にした。因みに宝箱はストレージにしまえなかった。ダンジョンの床に張り付いているようで、持ち帰り不可のようだ。壊れた破片はしまえたので、持ち帰るなら壊すか、床を掘るか……まあ、木箱にそこまで労力はかけないが、深層で出る銀の宝箱とか金の宝箱は欲しい。
宝部屋の中は狭いので調べるのは直ぐ終わった。ヒカリゴケが生えていないのでランタンで照らす必要はあったが、壁にめり込んだ石玉と木の扉が見つかった。木の扉は方向的に大部屋に繋がっていると思われる。取手のレバーを下げて扉を開こうと押したが、開かない。鍵穴も無いし、扉の外枠から見ても手前に引くのでもなさそうだ。外側で何か引っかかっている?
「開きませんねえ。ここも〈ウインドシールド〉で壊しましょうか?」
「この部屋だと狭すぎて跳弾が怖いな。一つ目の宝箱部屋の時みたいに〈ウインドシールド〉を直接押し当てて壊すのも、向こう側の状況が分からないし……扉だけ壊すか」
レスミアは跳弾?と小首を傾げているが、銃器が無さそうな世界では通じなかったようだ。まあ、それは置いておいて、特殊アビリティ設定を変更して聖剣クラウソラスを取り出す。木の扉なら槍やショートソードでも壊せなくもないが、扉の向こうが岩壁だったら刃を傷めかねない。その点クラウソラスなら石壁を容易く切り裂けるうえ、【破壊不可】の特性があるので安心だ。
蝶番部分にクラウソラスを差し込んで切り離し、扉の上の方から切り取っては剥がしていく。相変わらずの切れ味で、豆腐でも切っているようだ。
「聖剣って、飛ばしてた光の剣だけじゃないんですね。本体も凄い切れ味……普段から使えればいいのに」
「普段使いすると、複数ジョブや経験値3倍とかが使えないからな。まあ、ボスの初戦では使うさ」
扉を切り取って剥がしていくと、その向こうに土壁が見えてくる。さらに、その土壁も切り取って下に崩していくと、向こう側から光が差し込んできた。
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