第36話 迷路探索

 お、お、お、落ち着け。表情に出しては不味い。こういう時は素数を数えるんだったか?いや、羊だったか?何か、何か落ち着くものは…………スキルリストにあった、魔法使いの新スキル〈カームネス〉を無詠唱で使った。


 ふむ、〈カームネス〉は精神を落ち着かせる効果がある。思った以上に思考がクリアになった。ワンドをストレージにしまわずに、腰の後ろのベルトに刺しておいてよかった。

 彼女からは山賊から助けた事による好意は感じるが、性的なアプローチは受けていない。なのでこれは勘違いだろう。念のため〈詳細鑑定〉を掛ける。



【衣類】【名称:穴開きショーツ】【レア度:F】

・獣人の尻尾用の穴が開いたコットン製のショーツ。両サイドの紐で縛り固定するが、尻尾穴でも支えるので落ちる心配が無い。



 ああ、尻尾用の穴開きか、そんな落ちだと思ったよ。これ以上、彼女の私物を見るのは失礼だ。ストレージを閉じて、スキルを元に戻した。それに、彼女がスカウトをやってくれるなら任せた方が良い、俺のスカウトは外して採取師をセットした。現状は村の英雄レベル4、魔法使いレベル5、採取師レベル3だ。




 迷路内は普段の通路より狭く、曲がり角が多い。ヒカリゴケの生え具合もまばらで、暗い場所と明るい場所が混在している。ヒュージラットは暗がりに潜んでいることが多く、動いていないとレスミアの猫耳でも気付けないので特に注意が必要だ。


「2,3匹ほど走り回っていますね。迷路のせいか音が反響していて具体的な居場所は分かりませんが」

「それなら、通路の先か、後ろから近づいてきたヒュージラットのみ教えてくれ。壁の向こうとかは無視でいい」

 俺が槍を構えて警戒し、後ろからレスミアに道順を指示して貰って進む。


 分岐路では、手に持った鏡で角の向こうを確認する。手間ではあるが、奇襲を防ぐのと練習も兼ねている。深層で強敵や面倒な魔物を避けつつ進むこともあるだろう。ここなら多少失敗しても、魔物はヒュージラットだけなので何とかなる。

 何度目かの分岐路で、鏡を使っても角の先が暗くてよく見えない。分岐路にはヒカリゴケの光があるので、その光を反射させて暗がりを照らした。顔だけ出して照らした先を見ると、数m先にヒュージラットの背中と尻尾が見える。背中を向けているせいか反射光には気付いていないようだ。


 気付かれないように鏡をしまい、レスミアに身振り手振りで魔物がいることを伝える。槍を掲げるとレスミアも頷き返してきたので、指を3本立ててカウントダウンをする。2本、1本、0本……握り拳にすると同時に通路から躍り出て奇襲を仕掛けた。


 通路の先は暗いが、分かり易い目印がある。こちらの足音に気付いたヒュージラットは赤い目を向けてくるが、もう遅い。その赤い目に目掛けて槍を突き出した。が、目ではなく胴体の方に刺さった。ヒュージラットは俺が近くにいるのにも関わらず、壁際に走ろうとして体の向きを変えたせいだ。こちらに向かってこれば目に刺さり、その奥の脳まで貫通して一撃だったのに……さらに胴体への刺さりも甘く、穂先の半分しか刺さっていない。素早く引き抜き、2撃目を心臓辺りに狙って打ち込んだ。それで動きが鈍くなり瀕死の状態になったところで、後ろからレスミアが追撃して止めを刺した。


「よっと、こっちから攻めると楽ですね。いつもは飛び掛かりのタイミングに合わせないといけないので」

 ショートソードを引き抜き、血糊を毛皮で拭きながらレスミアが話しかけてくる。


「今回は偶々ヒュージラットに気付かれなかったけど、多分寝てたんじゃないかな? レスミアの猫耳もそうだけど、動物系はこっちの足音で気付きそうなものだし」

「まあ、音に関しては敏感ですけど、何か音を消して行動するようなスキルが欲しいですね。〈不意打ち〉したいです」

 俺は槍を刺した辺りを切り裂いていたが、途中で死体が消えて毛皮がドロップした。


「それはそうと、なんで解体しているんですか? 解体してもお肉は消えちゃいますよ」

「ネズミ肉も欲しいけど、そうじゃなくてな。

 以前、胸の辺りを刺したら一撃だったから心臓だと思っていたんだ。それでさっきの2撃目も同じ位置を狙ったんだが、死ななかったし、出血の量も少ないし外したようでね。それでヒュージラットの心臓の正しい位置でも分からないかと探してたんだ」


 レスミアは、ショートソードを鞘に納刀しながら小首を傾げて、不思議そうな顔をした。


「ネズミの心臓の位置なんて私も知りませんけど、魔物も同じなんでしょうか? 食べ物も無いダンジョンにいるし、湧き出てくるなんて聞くと地上の生き物と同じとは思えませんよ」


「ただ、頭を貫いた時は脳みそらしいピンク色っぽいものがあって一撃だったし、肺の辺りを刺したら息苦しそうに動きが鈍ったから似たような構造だとは思うんだけどなぁ」

 血糊を拭いた槍を肩に掛けて、頭を指先でトントンと叩く。


「でも、学者でもないのに解体しても分かりませんし、刺して効果的だった所だけ覚えておけばいいじゃないですか。魔物も色々いますから、きりがありませんよ」

 まあ、新しい魔物の倒し方を検証する際に、弱点部位を探る程度にしておくか。そう割り切ると、レスミアに先を促されて進んだ。




 それ以降は殆ど奇襲を掛けることは出来ず、ヒュージラットが飛び掛かってくるのを迎撃するいつものパターンになった。そうして進んでいき一つ目の宝箱部屋の前に着いたが、木製の扉付きだった。坑道のような階層では、部屋の入り口が木枠で補強されているが、そこに扉が追加されている。蝶番やドアレバーは金属製のようだ。


「中でネズミが走り回っている音がしますね」

「と、なると開けたタイミングによっては直ぐ飛び掛かってくるかもしれないか……扉の前を通り抜けたら扉を開けてくれ、俺が中に入って〈ウインドシールド〉を張る」


 そう指示して、腰の後ろに刺してあるワンドをそのまま握り魔方陣に充填し始めた。レスミアはドアレバーを握り、目を閉じて猫耳に聞こえる音に集中している。


「音からして小部屋程度の大きさですね。もうすぐ、右から左に駆け抜けて行きます…………開けます!」

 レスミアが開いたと同時に踏み込む。しかし、部屋の中の明るさに目が眩み、反射的に目を瞑ってしまう。


「〈ウインドシールド〉」

 正面から走る音と気配を感じて、準備していたシールド魔法を張った。

 シールド魔法は仲間を対象にする時は魔法陣を向ける必要があるが、対象を選ばずに発動すると自分に掛かる。なので、自分に使う時限定だが、わざわざワンドに持ち換えずとも腰に刺したままでも使用可能だ。


 右手が空いたので、手でひさしを作って光を遮り、薄目でヒュージラットを探す…………いた!正面の角を曲がってこちらに向かっているところだ。多少は目も慣れてきたが、まだ眩しいので〈ウインドシールド〉で迎撃することにする。ヒュージラットは〈ウインドシールド〉が見えているだろうに、いつもと変わらず予備動作の小ジャンプをしてから飛び掛かってきた。


 視界不良のため正面ではなく、右の竜巻で受け止めてしまった。ヒュージラットの甲高い鳴き声と共に血しぶきが舞う。竜巻が赤く染まって、そのまま右に弾き飛ばされて行く。追撃に槍を構えて追いかけるようとしたが、その前にレスミアが近づいて喉元にショートソードを突き刺し、止めとなった。


 血で赤く染まった〈ウインドシールド〉をキャンセルして消し、ヒュージラットの傷跡を見る。腹から顔まで一直線に切り裂かれていた。竜巻内の見えないミキサーに切られたのだろう。


「うわぁ、大分深い傷ですね。これ私が止め刺さなくても死んでたかも?」

「〈エアカッター〉でも両断出来るくらいだし、弱点の風属性だからじゃないか。

 それよりも、この部屋の明るさは何だ? 天井にヒカリゴケが密集しているみたいだが」


 天井が全面蛍光灯にでもなったかのように光っている。レスミアも手で庇を作って見回しているが、

「私も聞いた事ないですねえ。宝箱も無いみたいですよ」

「低層は木の宝箱って聞いているが……ハズレか」


 宝箱部屋は空振りに終わり、迷路へと戻った。

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