第35話 衝突事故と穴開き

 いきなりの接触事故に思わず頭が真っ白になる。ヤバい!自動車保険は入っていただろうか。いや、そもそも車じゃないし、この世界に保険なんてあるのだろうか? エヴァルトさんの講義で……罪を犯した場合は赤字ネームか、灰色ネーム! 慌ててステータスを開いて確認したが、特に変わっていなかった。いや、投擲したのはレスミアだから……レスミアの方を見るとケラケラと笑っていた。


「アハハハハ、運の無いパペットですよね! 狙ったわけでも無いのに、割れた破片が当たるとか。プフフッ」

 その声にようやく我に返る。人影の方をよく見ると小柄なうえ、カラカラと転がる音が聞こえる。


「ふぅ、吃驚した。レスミアはパペット君が通路の奥にいるのを知っていたのか?」

 レスミアは両手を頭の上にあげて、ダブルネコミミで得意げな顔だ。

「もちろんですよ。土煙で見え難くても、私の猫耳からは逃げられません!」


「……まあ、なんにせよ、この技を使う時は直線状に仲間や他の探索者がいない事を確認しないと危ないな」




 気を取り直して〈ウインドシールド〉をキャンセルして〈ストーンシールド〉をレスミアに掛けた。〈アクアシールド〉と同じく、横1m×縦1.5m×厚さ0.3mの石壁が現れた。1.8mの棒で突いてみるが、ただの石壁のようだ。いや、この重量が浮かんで、体に追随して動くだけでも十分脅威だろう。誤って味方にぶつかった日には……


「レスミア、こう!体を振ってさ、さっきの壁に〈ストーンシールド〉をぶつけてくれないか?」

 野球のスイングのようなジェスチャーしながら説明すると、壁際で試してくれた。


 先ほどの石玉程ではないが、大きな音を立てて壁に石壁が激突する。めり込んでいた石玉はさらにめり込み、周囲がガラガラと崩れて土煙が巻き起こる。予想はしていたので、充填していた〈ブリーズ〉で巻き起こった土煙を通路の奥に押し流す。土煙が晴れた先に、レスミアが脇腹をさすっているのが見えた。


「大丈夫か? 何があった?」

 慌てて駆け寄ったが、特に怪我をしている様子は無い。


「ああ、大丈夫ですよ。壁の向こうまで体を捻ろうとしたんですけど〈ストーンシールド〉が壁に当たったところで、体の方にも壁にぶつかったような衝撃を感じて止まってしまったんです。幸い衝撃だけで痛むほどではないですよ」

「そう言えば〈フレイムシールド〉を壁に押し付けた時も、見えない壁に阻まれた様だったな。シールド魔法より質量が重い物にぶつける時は注意が必要だな。最悪、こっちが弾かれる場合もありそうだ」


 そんな検証を話していると、レスミアの猫耳が横を向いた。釣られてその方向を見ると、土煙の中からパペット君が現れた。肩から右腕が無く、胴体に亀裂が入って満身創痍の状態だ。どう考えても、さっきの石玉接触事故の被害者だよな。怪我の損害賠償請求に来たのか。そんなパペット君を指さして、レスミアに指示をだす。


「レスミア! 石壁アタックだ」

 レスミアは小首を傾げていたが、直ぐに思い至ったようで、パペット君に近寄ると体を振った。勢いよく石壁をぶつけられたパペット君は、トラックにでも撥ねられたように吹き飛んで行き、通路の壁に当たりバラバラになると消えていった。う~ん、パペット君がデッサン人形のような見た目なのも相まって、衝突事故の再現VTRのようだ。


「重量武器で吹き飛ばすとこんな感じなんでしょうかね! あの吹き飛びようはちょっと気持ち良いです」

 レスミアも普段は重くて使えない重量武器の気分を味わえて、ご機嫌のようだ。


 シールド魔法を色々検証してみたが、総括するとこんな感じか。

〈フレイムシールド〉挑発でおびき寄せて燃やす。

〈アクアシールド〉 粘液で捕獲、窒息も?

〈ウインドシールド〉カタパルトシールド。

〈ストーンシールド〉衝突事故……もとい重量武器代わり。

 どの属性でも壁とシールド魔法で挟み込むのは使えそうだが、〈ストーンシールド〉は抑え込むくらいかな。他の属性は攻撃にも使えそうなのに。


 結局、盾としての防御性能はあまり検証出来なかったな。どの程度の攻撃を受けたら壊れるとか、魔法を受けたらどうなるかとか、属性の相性はどう影響するのかとか。まあ、魔法を使う敵がいないし、レスミアにシールド魔法を張って単体魔法を使うわけにもいかない。追々、道中の魔物で試すとしよう。そう考えて、6層への階段へ足を向けた。



 途中の採取地でリンゴを一つずつもぎ取って、齧りつつ移動する。生ってから時間が経っていないせいか蜜は入っていないが、瑞々しくて美味しい。

 階段を下りて6層に到着。午前中は殆ど素通りだったので気付かなかったが、ここの階段部屋から進む道が3か所もある。まあ、地図があるので迷うことは無いだろ、等と考えて地図を広げたが、そこには迷路が広がっていた。


 レスミアと二人で地図を覗き込んでルートを確認する。6層の半分が巨大迷路になっていて、さらに半分は全て大部屋と言う極端な構成だ。正解の7層への階段までは赤線が引いてあるのでいいが、他の2本の通路の先を確認するのも一苦労だ。地図上を指差ししつつ迷路を辿る。


「正面の道は小部屋で行き止まりだけど、何かマークが書いてあるな?」

「左の道は採取地のようですね。正解ルートとは逆方向なので遠回りになりますねえ」

 フルナさんの地図の読み方解説を思い返す……


「ああ、思い出した。宝箱が発見された場所だったな」

「それなら採取地ルートと正解ルートにもありますね。ただ、運が良ければって程度で、無い場合が殆どと聞いてますけど……」


 宝箱も採取地と同様に、取ってしまうと箱ごと消えて別の場所に再出現リポップする。ただし、必ずリポップするわけではないらしく、全ての部屋を回っても見つからない事の方が多いらしい。ただ、一度出現した場所にはリポップする確率があるので、地図には記載されているそうだ。

 しばし、この層での方針を考える。懐中時計で時間も確認、まだ3時間は大丈夫。


「いつも通り採取地を目指して、採取後に正解ルートへ行こう。宝箱部屋はルートに近い所のみ寄る感じで。ギルド依頼のネズミ肉を狙わないといけないから、遠回りでもヒュージラットを多く倒したい」

「ああ、それがありましたね。6層はネズミだけなので狩るのは最適ですけど」


「後は……念のためスカウトもセットしておくか、〈マッピング〉と地図を突き合わせれば現在地に迷うことは無いだろう」


 ジョブを変更して、採取師からスカウトにした。これで村の英雄レベル4、魔法使いレベル5、スカウトレベル5の編成だ。追加スキルは〈挑発〉だけにして、経験値増を4倍にする。〈詳細鑑定〉は使う時だけ経験値増を減らせばいいだろう。設定を終えてレスミアに声を掛けようとしたが、どうやら悩んでいる様子だ。俺の視線に気が付くと、おずおずと話し始めた。


「ジョブをスカウトに変更して下さい。スカウトで役に立つような事を言っておいて……スカウトが役に立つ状況なのに別のジョブでは自分が情けないです」

「そこまで深く考える必要はないと思うけど、レスミアには色々助けられているし」


「いえ!自分で決めた事です……えーと、ただ、アイテムボックスに着替えを入れたままで、目を瞑ったままストレージにしまって下さい!」

 顔を赤らめて告白してきたが、そういう事情だったか。家族でも恋人でもない男に着替えを渡すのは嫌だろうし、女の子ならしょうがないな。


「それだと取り出すときに見えてしまうから駄目だな。〈ストレージ〉……はい、このバスケットにしまうと良い。箱とかに入れておけば中身が何か分からないから」

 そう言いながら、昼食が入っていた空のバスケットを手渡す。レスミアは階段の陰でゴソゴソしていたが、しばらくすると戻ってきて、バスケットを手渡して来た。


「さっきは取り乱してすみません。実際に試してみましたが、確かにバスケットごとしまうと中身は見えませんでした」

 バスケットをストレージにしまいながら答える。


「アイテムボックス持ちの間では有名な容量削減テクニックらしいよ。空箱でも満杯の箱でも使う容量は一緒。だから沢山入れたいときは箱やバックなんかに詰めてアイテムボックスにしまうんだ。そそっかしい人は何を詰めたか忘れてしまうのもセットだね」

 二人で笑い合ってから、レスミアのジョブをスカウトに変更する。レスミアには先導役をお願いして、地図を渡した。ルートをもう一度見直したいと言うので任せる。





 やはり俺も思春期の男(中身は二十歳だが)なので、こういった物には興味が出る。先ほどレスミアに語ったのはアイテムボックスの話で、ストレージが同じ仕様とは話していない。なので嘘でも無いし、騙りでも無い。

 特殊アビリティ設定を表示させ、経験値増4倍を外して〈詳細鑑定〉と〈無充填無詠唱〉をセット。コッソリ無詠唱でストレージを後ろの手で開いた。ストレージはフォルダで管理されているので、中に入れた箱やバスケットもフォルダ扱いで中身を表示することも出来る。


 と、言うわけでバスケットの中身を御開帳。

【布巾、リネンシャツ、ハンカチ、リボン、ホワイトブリム、チョーカー、エプロン、メイド服、インナーシャツ、ガーターベルト、コットンガーターストッキング、ブラジャー、穴開きショーツ】


 ん?穴開き?!

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