第31話 お米と駆け抜ける5層

 この世界に来て13日目、美味しい食べ物が多くて満足しているが、そろそろお米や醤油が恋しい。日本語の文字と会話が通じるのに、日本食材が無いのはおかしい!



「フルナさんは農作物にも詳しいんですね。所で米は手に入りませんか?」

「そりゃ、私も街生まれだけど、嫁入りして何年も農村で暮らしていればねえ。

 それでコメ? 穀物だっけ? コメ……コメ……聞いた事あるような、無いような?」


「白、もしくは黄色がかった粒状の穀物です」

「小麦や大麦じゃないのよね? う~ん、ごめんなさい。思い出せないわ。旦那が帰ってきたら聞いてみると良いわ。あの人は街に行く機会が多いから色々知っているわよ」

 まあ、アドラシャフト家、貴族の家でも料理として出てこなかったからな。旦那さんも期待半分にしておこう。


「ええ、旦那さんが帰ってきたら教えて下さい。

 それじゃ、次は蜜リンゴの買い取りをお願いします。フノー司祭からこっちで売るように言われましたので」

 ストレージから蜜リンゴを取り出してカウンターに置いた。


「あら、丁度欲しかったのよ。少し色を付けて1200円ね。 ちょっと冷蔵庫に入れてくるわ」

 そう言うと蜜リンゴをもって奥の部屋に引っ込んでいった。(後々聞いたが倉庫の方ではなく、自宅の方らしい)


「はい、お待たせ。あなたの時間が止まるアイテムボックスのせいか、鮮度が良いのが良いわね。

 欲を言えば、もう少し数が欲しいけど」

「レスミアが料理やお菓子に使いたいそうなので、残りは全部熱を通して蜜にしましたよ。まあ、3層の採取地に先客もいましたのであまり数が取れなかったのもありますけど」


 フルナさんは頬に手を当てて、溜息をつく。


「3層はねえ、簡単に取りに行けるから農家のおば様方が巡回しているし。農家の男衆が他の階層で取ってきても自分の家で使ったり、周囲におすそわけしたりで殆ど売りに来ないのよねえ。

 他の階層で取れたら、もっと持ってきてね」


「それはレスミアと相談ですね。因みにギルドから仕入れずに直接買い取るのはなぜ何ですか? 鮮度も気にしていたし、蜜よりも蜜リンゴ自体を欲しがっているのも気になりますよ」

「……新鮮な方が良いオリジナルレシピがあるのよ。ギルド経由だと最悪半日くらい遅くなっちゃうし。

 さっきの蜜リンゴを加工したいからお店はここまで、一旦閉めるわよ」


 途中からずっと営業スマイルのままのフルナさんに背中を押されて、雑貨屋を追い出された。


 雑貨屋の扉には休憩中の札が、ぶらぶらと揺れている。

 まだ雑貨屋に用事があったんだが、あの様子では無理そうだ。フルナさんの笑顔が暗に聞くなと言っているような凄みがあったし。諦めてダンジョンに向かうことにした。



 そして青い鳥居の転移ゲートで4層に到着。今日のジョブは戦士レベル3、魔法使いレベル4,スカウトレベル4。以前考えていた編成で、村の英雄は強いので非戦闘職と組ませて、今日のは戦闘向けを固めたソロ向けだ。あとは、魔法使いがレベル5になると新しい魔法を覚えるので先に育てたいって考えもある。


 パペット君は〈ファイヤボール〉で燃やし、ヒュージラットは槍で倒していく。昨日の反省によりMPは節約気味にして、午前中は最大MPの7割までにするつもりだ。ただ、ヒュージラットを一人で倒すのは少し面倒で、一撃で倒せなかった場合は串刺し状態のヒュージラットに止めを刺す必要がある。

 昨日はレスミアが止めを刺してくれていたので流れ作業になったが、あれもパーティーを組んで人数を増やす利点だな。手数が増えて役割分担できるのだから。


 そもそも一撃で倒せればいいのだが、走っている相手の目玉か心臓を突くのは難しくて現状2割程度だ。いや俺は歴戦の戦士でもなければ、剣豪でもないレベル7の新人なのでこんなものだろう。徐々に強くなっていけばいい。

 聖剣を使えば楽勝なんだろうが、それば武器が強いのであって俺が強くなったわけではない。事実、聖剣はアビリティポイントが重いので、複数ジョブや経験値増とのトレードオフ状態だ。聖剣は切り札として、レベル上げを優先する方針は間違っていないはず。そう考えて、探索を続けた。



 採取地に到着して採掘終了。昨日と同じく6か所の土山が残っていたので3山分採掘した。フルー司祭が言っていたように、人気が無い階層だから採取に来る人も少ないのだろうか? 一人で3山分作業するのは少し手間だが、何度も採掘していると手慣れた感じがする。もう少しレアな鉱石があると、わくわくしていいんだが。当たりが銅と錫石では……丸石という外れもあるのに。




「キー!」

 飛び掛かってきたヒュージラットの胴体を、槍の辺りで叩き下ろし槍を手放す。殴られたせいで着地に失敗しているヒュージラットに近づき、腰から抜いたショートソードで腹を切り裂いた。さらに返す刃で喉を一突きすると、ようやく動かなくなった。


 「ふう、今のは危なかった」

 思わず独り言を言ってしまう程、焦っていたようだ。落とした槍を拾って殴りつけた辺りを確認、ひび割れや軋みも無くてホッとする。


 何があったかと言うと、槍で突き以外の叩き下ろしや払いを試していたのだ。通路やレスミアがいる所で振り回すのは危険だが、小部屋でソロならば問題ない。

 と、思って試したのだが、ヒュージラットの速度に槍の振り下ろしが間に合わなくて、穂先ではなく真ん中辺りで叩く羽目になった。もう少しパペット君相手に練習して、タイミングや間合いを掴んだ方が良いかもしれない。



 その後は、パペット君相手にも槍で戦っていたので、MPは8割程。階段も発見したので、冷たい水で一息つく。やはり前衛で戦う時は運動量が多いので冷たい水を用意して正解だ。レスミアの言っていたリンゴ水も試してみたいな。


 5層に降りてきたが、4層と同じく廃坑のようだ。ランタンで地図を照らして採取地を確認。地図によると出口の隣の部屋に採取地がある。懐中時計を見ると、現在は午前9時過ぎ。遠回りをしなくて済むので、急げば午前中に5層を抜けられるかもしれない。地図を頭に叩き込むと、足早に進んだ。



 この層でも敵はパペット君とヒュージラットだけなので、サクサク進む。パペット君はこの層が最後で、6層から出てこなくなるのはちょっと寂しいが……いい練習相手だったのに。パペット君はレベル5になっても強さには変わりが感じられない。曲がり角になると角の先を覗き込み、人を発見すると待ち伏せするようになった程度だ。


 待ち伏せがバレバレなのもアレだが、そのまま放置すると何度も覗き込んでくるのは可愛い。いや、デッサン人形だから見た目は地味だが行動がアホの子のようで、アテレコするなら「まだ来ないかな? そ~チラッ、いた!隠れなきゃ……まだ来ないかな?」以下エンドレス。誰かの行動パターンなのかAIなのか知らないが、作成者は良い趣味していると思う。もっと高レベルのパペット君が見てみたいが、別のダンジョンでも出てくるだろうか?




 順調に進むのは良いが、今朝受注したギルド依頼のネズミ肉はまだ手に入っていない。所謂、物欲センサーというものだろうか? まだ半日なので焦るような時間ではないが、ドロップしないまま採取地に到着した。


 5層は植物の採取地だ。今のところ奇数層で植物系、偶数層で鉱物系が交互に設置されている。深層になると採取地が複数の階層もあると講義で聞いたので、分かり易いのは低層だからだろう。


 懐中時計で時間を確認すると10時40分、急がないと遅れそうだ。採取地をざっと見渡すとリンゴの木が2本。過疎の階層だけあって生っているリンゴの9割程が蜂蜜色に熟している。時間も無いので、単価の高そうな蜜リンゴだけ採取していこう。

 取りやすい低い位置から手に取り、採取バサミで切り取ってストレージに放り込んでいく。少し高めな枝も、槍を使って下に押し下げて採取バサミで切り取り、蜜リンゴの落下先にストレージを開いておけば楽に回収出来た。ルール通り半分ほど採取し終えたら、蜜リンゴは全部で30個と豊作だった。


 時間も無いので隣の部屋の階段へ急ぎ、6層に下りてから〈ゲート〉のスキルでダンジョンのエントランスに戻った。

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