第29話 ネズミ肉実食と蜜リンゴの加工

 門番や道行く人達と挨拶を交わしながら帰宅した。


「それじゃあ、私はお夕飯の準備をしますね。」

「俺は装備品の手入れをしておくよ。結構血で汚れたし」


 そう言って玄関で分かれて、家の横にある排水路の横で汚れ物用の水桶を取り出した。ヒュージラットを両断に失敗した時の血糊は大分拭ったが、まだまだ細かいところに残っている。倉庫内だと水を捨てに来るのが面倒なので、最初から排水路近くで手入れをすることにしたのだ。


 ソフトレザーアーマーの前合わせの隙間や、ウエストアーマーの裏側等、所々に血糊が残っていた。薄い石鹸水を作り、それに濡らした雑巾で汚れを落としていく。雑巾を洗うと水桶の水が真っ赤になっていくので、排水路に流して〈ウォーター〉でこまめに交換する。汚れを落としたら、今度は綺麗な布で乾拭き。さらに保湿オイルを塗って、もう一度乾拭き。


 正直言って面倒臭い。今日みたいに血を被るのは絶対に避けよう。そんなことを考えながら手入れをしていると、排水路にお湯が流れてきた。レスミアが夕飯を作っているし、その排水だろう。



 ただ、お湯はずっと流れ続けているし、流れるお湯から石鹼の香りもしてきた。後ろを見ると、家の壁の上の方に木窓がある。家の間取りを思い出してみると……お風呂の換気窓に違いない。

 自分の中で天使と悪魔が囁いてくるが……


 意を決してストレージからショートソードと槍、砥石を出して、砥始めた。

 


 気が付くと手入れが終わり、排水路のお湯も流れなくなっていた。水桶や雑巾等も洗い流してストレージにしまい、消臭用の木炭を入れた革のブーツを倉庫に置きに行った。

 倉庫から家に入り、キッチンにいたレスミアに声を掛ける。


「レスミア、お風呂に入ってくるよ」

「は~い、どうぞ~」


 料理に忙しそうなので、直ぐお風呂に向かった。服を脱いでみると、上着とズボンに血糊が残っていたので、お風呂場で染み抜きをしておく。明日にでもレスミアが洗濯してくれるが、血糊は早めに落としておいた方が良いだろう。



 お風呂から上がって、レスミアに服の染み抜きしたことを伝えたら、


「わぁ、助かります。時間が経つと落ち難くなるので……明日からはあんな真似は止めてくださいね。いえ、怪我をするよりは汚れる方がマシですけれど」

「あぁうん、装備品の手入れも大変だったから実感しているよ」



 そして夕食になった。美味しそうなオニオンスープやキッシュ、サラダ等々、一番気になるのはネズミ肉の香草焼きだ。


「ダンジョンで言った通り、臭み消しは念入りにしておいたので美味しいですよ。召し上がれ」


 恐る恐る口に入れてみたが、ローズマリーの香りが際立って臭みなど無い。食べた感じは鶏肉に似ているが、鶏肉よりもジューシーで美味しい。ちょっと筋のような歯ごたえがあるけれど、まあ噛み応えと思えば。


「うん、美味しいな。臭みも無い」

「厚めにすると匂いが消しきれないので薄めに切って、オリーブオイルとローズマリーに漬け込んだのですよ」


「それって、手間を掛けないといけない食材ってことか」

「ダンジョン産なら大した手間じゃないですよ。野生のは大変と言うか、当たり外れが大きいですね。住んでいる場所や食べている物に左右されて臭みが変わるので」


 イベリコ豚みたいにどんぐりを食べさせると美味しくなるみたいなものか。逆に不味いネズミと聞いてイメージすると、下水道に住んでいる奴か、絶対食べたくない。



 食後に二人で洗い物をしている時に気付いた。


「そう言えば、今日採取した蜜リンゴはどうする。何かお菓子にでも使うか?」

「4つ取れましたけど、幾つ使っていいのですか?」


「う~ん。取り敢えず山分けで2個ずつ。俺も甘いお菓子を食べたいので、材料として1個進呈。計3つはレスミアの好きにしていいよ」


 ストレージから蜜リンゴを3つ取り出して調理台に置く。

 レスミアはお皿を拭きながら考えている。ちょっと難しい顔をしているようにも見えるが……。


「先に熱を通して蜜リンゴの蜜にしておきましょう」


 レスミアは蜜リンゴを手に取ると、果物ナイフでシュルシュルと手慣れた感じで剥いていく。

 俺もジョブの職人の条件『物作りをする』を達成するために、手伝ってみようか。リンゴの皮むきなら学校でやったような覚えがあるので、レスミアを真似てナイフで皮を剥き始める。


「切ったリンゴの皮と芯はこっちのボウルに入れてくださいね」


 蜜リンゴはグニグニしていて持ち難いうえ、果汁が蜂蜜のようにヌルヌルで手が滑りやすい。少々厚めに切ってしまったが、なんとか剥けた。4分割にして身は鍋に、芯はボウルに入れた。ついでに芯の周りの果肉を削って味見をすると、


「あっま!甘すぎだろ」

 蜂蜜みたいなんて聞いていたが、蜂蜜よりもかなり甘くて口の中が甘ったるくなる。食感はリンゴのシャクシャク感はまるでなく生キャラメルのような柔らかさで、口の中で徐々に溶けていく。味わっていると若干苦みを感じるが舌が馬鹿になったのだろうか?


「はい、お水どうぞ。

 ね、甘すぎるでしょう。私も子供の頃に食べましたけど、甘ければ甘いほど美味しい訳じゃないって身をもって知りましたねぇ。甘さは好みですけれど、私は蜜リンゴと水で1対1くらいが丁度いいと思いますよ」


 レスミアが片手鍋の方に水を追加しコンロで火にかける。魔道具コンロなので、ガスコンロのようにチッチッチッと点火音が鳴るわけでもなく、点火スイッチを押すと即座に火が点くので初めて見た時は驚いた。木べらでかき混ぜながら煮ていき、温められた蜜リンゴの切り身はチーズのごとく溶けていく。ふつふつと気泡が上がり始めたら、他のコンロで煮沸消毒していた瓶に移し替えて完成のようだ。


 横から見物していて完成と思ったが、レスミアは先ほどの片手鍋にボウルに入っていた皮と芯と水を入れ火にかけた。


「皮と芯からも蜜を取るのかい?」

「これはアップルティーにするんですよ。皮と芯の周りにも果肉が残っていますので勿体ないですしね」


 最初から丸ごと煮込んだ方が早くないだろうか?そんな疑問を口にすると、


「皮の方はリンゴの香りが出るので、一緒に煮込む人もいますね。ただ料理によってはリンゴの香りが邪魔になるので、私は別にしています。

 それと芯の方は煮込んでいくと溶けるんですが、一緒に苦みも出てくるのでやっぱり別の方が良いですよ」


 そう話しながら、鍋から引き揚げたのは骨ガラのように細くなった芯だった。代わりにシナモンスティックを1本入れてさらに煮込む。

 さっき俺が味見して苦みがあったのは芯の部分だからか。



 10分ほど経過して、片手鍋の蓋を取るとリンゴの甘い香りが部屋に広がる。ティーポットに紅茶の茶葉を入れて煮出したリンゴ湯を注ぐ。


「紅茶を蒸らしている間に、煮出しただけのリンゴ水を飲んでみて下さい。そのままでも美味しいですよ」


 片手鍋の残りがティーカップに注がれる。薄い蜂蜜色の液体を口に含むとリンゴとシナモンの香りが広がる。リンゴ味は薄めだが蜜の甘さで十分に美味しい。


「はい、今度は茶葉を入れた方をどうぞ」

 俺が飲み終わると、今度はティーポットの方を注いでくれた。茶葉が入った方が、味がはっきりして香りも調和しながらも深みが出て美味しい。


「俺は茶葉が入った方が好きだな。煮出しただけだと香りは良いけど、味がちょっと弱い」

「私と一緒ですね。でも煮出した方は夏場に人気なんですよ。シナモンを抜いて、煮出した後に冷蔵庫で冷やしておくのです。汗かいた後にごくごく飲めて良いですよ。あ、冷やしたとにレモン果汁を少し入れても美味しいです」


 なるほど、スポーツドリンクみたいな物か。

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