第20話 採取師と明日の予定

 ダンジョンから外に出て、村へ向けて歩いていると鐘の音が聞こえた。懐中時計を取り出してみると17時、5の鐘だったか。仕事終わりの鐘なので、帰るには丁度いい時間だ。


 門番の自警団の人達に「お疲れ様」と声をかけて村へ入る。本来ならダンジョンギルドや雑貨屋に素材を売りに行くのだが、5の鐘もなった後だから明日でいいか。どのみち明日の朝、2の鐘には雑貨屋に行く約束をしている。


 道ですれ違う人達に声を掛けられるので、挨拶を返しながら家へ向かう。なんで皆「ダンジョン行ってきたのか、お疲れ」みたいに言ってくると思っていたら、埃まみれのソフトレザーアーマーなどの装備品付けたままだった。そんなことにも気付かないほど、疲れていたのか。


 家に着き、庭先で装備品を外して埃を払っていると、中からレスミアが出迎えに来てくれた。


「お帰りなさいませ。お風呂にしますか?ご飯にしますか?

 それとも装備品の手入れにしますか」

 

 こちらの手元を見ながら最後を付け加えたようだ。


「……先に装備品の手入れをしておくよ。後になると億劫になるし」

「分かりました。裏手の倉庫にお手入れ道具や作業台がありますから、そちらを使ってください。庭先では椅子もありませんし。私は夕飯の仕上げをしてきますね」


 そう言うと、パタパタと家の中に戻っていった。


 裏手の方、村長宅への石段がある方へ回ると、倉庫らしき扉を発見。鍵も掛かっていないので中に入ると、中身が空の棚が並び、中央に作業台があるだけだった。作業台に装備品を置き、ストレージから取り出したスリッパに履き替える。

 装備品の手入れといっても専門的な事が出来るわけでもない。レザー装備ならブラッシングして汚れを落とす程度だ。防水と保湿目的で革用のオイルを塗る事もあるが、一月から数か月に一度で十分だ。講義の時に練習で塗ったのでしばらくは不要なはず。手入れをしたレザー装備をブーツ以外はストレージにしまう。


 一日中履いていた革のブーツの匂いが少し気になる。日本じゃブーツなんて履いたことなかったので知らなかったが、結構蒸れるので匂いの元になっていそうだ。

 消臭方法で真っ先に思い付いたのが炭だ。丁度パペット君の炭があるので使ってみよう。ストレージから木炭を取り出し、ブーツに入る程度に割る。適当な布袋に炭を詰めて、ブーツに入れておく。取り敢えず一晩陰干しして様子を見るか。


 鉄製のショートソードも簡単に手入れする。薪割りをしただけ(パペット君ともいう)なので、刃こぼれも無い、砥石で研ぐ必要も無さそうだ。手入れは小さな汚れや木くずを布で拭い、少量のオリーブオイルを薄く塗り、さらに柔らかい布で拭いて終了。

 本来なら錆びないように管理しないといけないのだろうが、時間停止するストレージに入れておけば問題ない。



 倉庫から家側へのドアがあったので開けると、キッチンの横に繋がっていた。


「ザックス様、もう少しで夕ご飯が出来ますので、先にお風呂をどうぞ。汚れた服は籠に入れておいてくださいね」

「ああ、ありがとう」

 お礼を言って、レスミアが「お風呂場はあっちですよ~」と指差してくれた方に向かう。


 風呂場はそれほど広くなく、2,3人で使える程度の広さだ。いや、アドラシャフト家を基準にしたら駄目だな。贅沢を覚えてしまった。

 汚れた服を脱いで籠に入れ、ストレージから村までの道中に着ていた服も一緒に籠に入れる。浴室のシャワーの魔道具も形こそ違い、ホースが無くシャワーヘッドが壁に固定されているタイプだったが問題なく使えた。

 

 湯船につかりのんびりしつつ、ステータスを確認する。ジョブにセットしていた村の英雄、魔法使い、スカウトが全てレベル2に上がっていた。さらにジョブに【NEW】マークがついている。ジョブツリーを開くと、1stジョブの一つ採取師が増えていた。早速ジョブと新スキルを鑑定する



【ジョブ】【名称:採取師】【ランク:1st】解放条件:基礎Lv5以上、採取地で素材を採取する

・非戦闘職。採取地で採取をすると少し経験値が貰える。戦闘用のスキルは殆ど無いので戦闘には向かないが、採取物の品質を上げ、個数が増えるスキルがあるため金策に向く。パーティでは戦闘は他に任せ、アイテムボックスと採取スキルで貢献しよう。


・ステータスアップ:HP小↑、筋力値小↑、耐久値小↑、器用値小↑

・初期スキル:採取の心得初級、アイテムボックス極小


【スキル】【名称:採取の心得初級】【パッシブ】

・採取品の品質が少し良くなる


【スキル】【名称:アイテムボックス極小】【アクティブ】

・個人用の異空間へ物をしまうことが出来る。スキルを使用すると手元に黒い穴が現れ、そこに出し入れする。

 生き物は入らない(ただし、種子や菌類、細菌類は格納可)。容量は極めて小さく、時間経過有



 商人と同じく非戦闘職か。街中で商売する商人と違って、ダンジョン内の採取地に行かないといけないのに、戦闘スキルが殆ど無いとか酷い。低層ならスキルなくても戦えるけど、後々厳しくなるのだろうな。ただ、戦闘力が無くても採取物の品質が良くなるのはいいな。説明文によると個数が増えるスキルも覚えるみたいだし、育てたいジョブだ。

 今日少しだけ採取したけれど、収穫するのは結構楽しい。ストレージのお陰で無限に確保出来るし、時間停止で生ものが腐ることはないので、無駄に貯め込んでしまいそうだ。


 色々悩んだが、ジョブを戦士、商人、採取師に変更した。


【人族、転生者】【名称:ザックス、16歳】【基礎Lv7、戦士Lv1、商人Lv1、採取師Lv1】

 HP  D □□□□□

 MP  F □□□□□

 筋力値D

 耐久値E

 知力値E

 精神力F

 敏捷値D

 器用値E

 幸運値C

 アビリティポイント:2/33

 所持スキル

 ・特殊アビリティ設定→

 ・二段斬り

 ・二段突き

 ・アイテムボックス小

 ・初級鑑定

 ・採取の心得初級【NEW】

 ・アイテムボックス極小【NEW】

 ・初級属性ランク1魔法(適正:火ファイアボール、水アクアニードル、風エアカッター、土ストーンバレット)



 理想としては強ジョブの村の英雄と非戦闘職の商人と採取師のセットと、戦闘職の戦士、魔法使い、スカウトのバランス型セットで分けたい。

 しかし、今日戦った感触からして、パペット君相手なら戦士を付けていれば問題ないはず。レベルは階層数以下だと経験値が増えるらしいので、レベル1のジョブの育成を優先したい。


 既にジョブも7種類。基礎の1stジョブで持っていないのは僧侶と職人。なんとかして解放条件を満たしてゲットしたい。エヴァルトさん曰く、明確な解放条件が分かっていないので、そのジョブらしい事をすればいいらしいが……

 それに、村の英雄みたいな特殊ジョブを探すのも楽しそうだ。ジョブツリーを見るからに空欄が大きいから他にもあるに違いない。魔法使いと戦士で魔法戦士とか鉄板だよな。やり込み系のRPGを思い出して、コンプリートしたくなる。

 いっその事、その情報をまとめて攻略本にして出版しても良いかもしれない。せっかく〈詳細鑑定〉で解放条件が見られるのだから、広めれば領地のためにもなるだろう。



 夕食のメインはピリ辛風のポークソテーだった。お昼の香草焼きも美味しかったが、こちらのピリ辛なのも美味しい。コーンブレッドの優しい甘さで舌が和らぐのも良い。野菜とウインナーの具沢山スープは野菜の旨味とウインナーの脂が堪らない。

 ダンジョンで腹を空かせていたせいもあり、あっという間に平らげてしまう。そんな俺の様子を見て、レスミアは食べるのを止めて席を立つ。


「うふふ、いっぱい作ったのでお代わりもありますよ」

「ありがとう、お代わり下さい。お腹が空いていたのもあるけど、料理が美味しくてついね」


 レスミアは笑いながら、お代わりのスープとコーンブレッドを持ってきてくれた。

「はい、よく噛んで食べてくださいね」


 子供か弟を諭すように優しく言われると少し恥ずかしい。その後は落ち着いて食事を続けられたと思う。




 食後のお茶を飲みながら、お互いに今日あったことを話す。俺の方は2層で採取して来た事だ。


「半日しかなかったのに、もう2層ですか早いですね。

 私の方は、村長さんから許可を貰ってきました。メイドの仕事も疎かにしないために、午前中は家事と料理の下ごしらえをして、午後からダンジョンに行きます」


「午後はダンジョンだと、夕飯が大変になるけど大丈夫かい?」

「時間のかかるスープは午前中に作って、冷蔵の魔道具に入れておけば大丈夫です。メインディッシュも下拵えさえしておけば、それほど時間はかかりませんし」


 料理にどれだけ手間を掛けているとか、時短テクニックとか、料理を殆どした覚えのない俺には分からないが、


「それじゃ、料理の事は任せるけれど、ダンジョンでは何があるか分からないからね。疲れ切っている時や、怪我をした場合は宿屋の食堂で食べるか、俺のストレージに入っている料理を食べよう」


「あ、ザックス様の時間の止まるアイテムボックスでしたね。いいなあ、何時でも出来立てとか私も欲しいです。ああでも、いくら時間停止するといっても、作り置きより作り立てを食べて欲しいかも。

 そういえば、今日のスープはまだ余っているので、明日の昼食にしましょう」


 レスミアはパタパタとキッチンに向かうと、水音がした後に小鍋を持ってきた。


「温かいうちにしまっておいて下さい。あ、スープ皿とスプーンも持ってこないと」

「いや、皿やカトラリーなら入れてあるから大丈夫だよ。もちろん洗ってある」


 村に来るまでの間の野営に使ったものだ。水や桶、洗剤も入れてあるので、使った後は洗ってからしまっている。


「明日の予定として、俺は朝食後にダンジョンギルドで採取物を売って、雑貨屋で物資の買い取り、その後はダンジョンに行ってくるよ。お昼には一度外に戻ってくるけど」


「それなら、昼食用にサンドイッチでも作っていきますね。私は午前中家事、お昼にダンジョンに向かうので、入り口近くで昼食にしましょう。で、午後はダンジョンですね。

 あ、ダンジョンで思い出しました」


 レスミアは玄関の方に行って、何かを持ってきた。


「宿屋で話した騎士見習いさんが、ワンドを持ってきてくれましたよ。それと伝言で「さっさとレベルを上げて追いついて来いよ」だそうです」


 ベルンヴァルトは確か基礎レベル18だったか、この村のダンジョンは20層だから、攻略する頃には追いつけるか? ワンドを受け取り〈詳細鑑定〉する。



【武具】【名称:ワンド】【レア度:E】

・ナラ材で作られたワンド。魔法を使う際の魔力充填を補助する。



 レア度Eと少し良いものか、充填速度が速くなるのは助かる。ランク1の単体魔法でも時間が掛かるから。明日、パペット君で試し撃ちするか。




 その後、2人で食器を洗いながら雑談をした。「洗い物はメイドの仕事です」と言われたが、一人で待っているのも暇なので手伝った。それというのも、一人だと暇つぶしになるものが無いからだ。


 転生直後はステータスや特殊アビリティ設定を確認や、周りの物を鑑定しているだけで時間は過ぎて行った。訓練期間は、講義の復習がてらザックスノート君が通っていた貴族学園の教科書を読んでいた。

 しかし、平民になった俺が貴族学園の教科書を持っているのは不味いので、持ち出しは許可されなかったのだ。こんなことなら、アドラシャフト家から本を借りるか、街で買って来るべきだったか。

 現状だとストレージのファイル整理ぐらいしか暇つぶしが無いが、それも既に終わってしまっている。明日、雑貨屋で何か探してみるか。


 村長宅に帰るレスミアを外の石段まで送る。「おやすみ」「おやすみなさい」と声を交わし合って見送った。


 レスミアが村長宅に入って行ったのを確認し、帰ろうとしたが、ふと村の方を見て物思いにふける。外は月明りに照らされて幻想的な雰囲気が出ているが、他の明かりは村長宅の窓から漏れる光と、遠くに2つ見えるだけだ。位置からして酒場と門番だろうか? 

 街燈も無い真っ暗なこの村に少し不安を抱く。アドラシャフト家や、今の家では魔道具のお陰で日本に近い生活で違和感なく過ごせたが、一歩外に出れば未知の世界に放り込まれた事を否応にも実感させられる。

 もし、アドラシャフト家から追い出されていたら……特殊アビリティ設定があるから簡単には死なないだろうが戦闘訓練も無く、講義の知識も無しでダンジョンへ行くことになる。さらに低層じゃお金にならないだろうし、魔道具も無い場所じゃ荒んだ生活になりそうだ。


 ノートヘルムさん……伯爵には感謝しかない。恩返しをしたいが、今のところダンジョン討伐とジョブの解放条件くらいしか当てはない。ダンジョンを討伐すれば、安全な地域が増えて領地のためになるはずだ。まずはレベル50以上を目指して頑張るか。俺は改めて目標を認識してから、家に戻った。

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