第10話 メイドさんとの交流
5の鐘(仕事終了、17時)が鳴り、本日の講義が終了した。
講義終わりの雑談がてら、エヴァルトさんに「髪が長くて訓練の邪魔になるので切りたい」と相談をする。ザクスノート君は髪を肩口まで伸ばしているので、後ろで縛っていないと邪魔で仕方がない。男のポニテとか誰得だろうか? いや、鏡で見た顔は端正な顔立ちだったので、イケメンならありなのかも?
自分が当事者になると、鬱陶しいだけだが……ただ、ばっさり切るにしても、一般常識(特に貴族)として髪形の決まり事がないか確認してみたのである。
エヴァルトさんは、笑って答えてくれたが、男には特に制約など無いそうだ。公の場で奇抜な髪形や、ぼさぼさな不清潔な頭をしていれば咎められるだろうけど。
逆に貴族女性は大変らしい。パーティーや行事毎に髪形や服装に決まり事があり、且つ流行を取り入れる必要があるそうだ。女性が美を追求したり、身なりに気を遣ったりするのは、どこの世界でも一緒らしい。
この離れを担当してくれている執事見習い……従僕のファルコ君に散髪をお願いしたところ、お風呂の前に出来るように準備してくれた。
夕食はグラタンっぽい料理が絶品だった。ケチャップベースのミートソースが敷き詰められ、その上にマッシュポテトが乗り、さらにたっぷりのチーズが乗ってこんがり焼かれている。ミートソースの挽肉は粗挽きでゴロゴロしており歯ごたえが良いし、ミートソースとチーズの相性もバッチリだ。一見、味が濃そうに見えるが、なめらかなマッシュポテトがミートソースとチーズの両方を受け止めて調和させている。
結構大きい皿のグラタンだったが、1人で完食してしまった。そんな様子をメイドさん……確かベアトリスさんがニコニコと笑顔で見ていたので、礼を言っておく。
「ご馳走様でした。このミートグラタンは絶品ですね、又食べたいです」
「お口に合った様でなによりです。実はその料理、グラタンではなくミートパイの亜種ですよ」
「え、パイ生地は無かった様な気が?」
「ふふふ、パイ生地の代わりにマッシュポテトを被せて焼き上げる料理なのです」
やはりパイ生地の有無は、突っ込まれるところなのか、笑いながら教えてくれた。
「味付けは如何でしたか?今回は甘めにしましたが、スパイスを効かせる事も出来ますよ」
「十分すぎるほど美味しかったですよ。でも、黒胡椒や唐辛子を効かせるのも美味しいそうですね、辛いのもいけるので気になります」
「分かりました。折りを見て献立に入れて貰えるように、料理長に伝えますね」
その後も、食後のお茶を飲みつつ、和やかな会話を楽しんだ。
ファルコ君が散髪の準備が出来たと呼びに来て、浴室に案内された。
脱衣所で靴下だけ脱いで、服はそのまま浴室に通される。すると、中には初めて見るメイドさんがスタンバイしていた。歳の頃は、給仕メイドさんと同じくらいで、女子高校か大学生くらいには若く見える。
「メイドのフロヴィナが、散髪出来る様なので彼女に頼みました。
フロヴィナさん、後はお願いします」
ファルコ君は一礼すると、出て行った。
洗い場の椅子に促されたので、座るとバスタオルがかけられる。
「ザックス様、本日はどの様に切りますか?」
「髪が長くて訓練の邪魔になるから短くしたいです。ただ、こちらの一般的な髪形が分からないのでお任せします」
「了解しました~。折角の赤い髪なので、短すぎるのは勿体ないですよね。まずは耳にかかる程度の長さにしてみましょう。それでも気になる様であれば、また切ればいいですし」
「じゃあ、それでお願いします。ところで赤い髪って珍しいのですか?」
今まで見た人は、ノートヘルムさんと弟君が赤、奥さんが緑、妹ちゃんが金髪とバラバラなのだ。アドラシャフト家を見れば髪色は遺伝ではないのは分かる。執事さんは黒、メイドさん達は黒や茶髪、緑色、紺色等々だったので、カラフルな人種に違いない。
「そうですね~。鮮やかな髪色は、魔法の資質の表れと言われていますから、平民から見ると羨ましく思いますね~」
声はのんびりしているが手際は早く、チャキチャキとハサミの音がリズムを刻んでいた。随分と手慣れた様子なので、安心してお任せできる。ただ、その会話内容は実に興味深い。髪色で魔法が使えるかどうか分かるとか、ファンタジーだなぁ。
「ザックス様の赤髪なら火魔法の資質は確実ですよ。ただ、以前のザクスノート様は、魔法使いより騎士に憧れていた様ですね。13歳の時、ジョブを戦士に決めた事に対して、旦那様はしょんぼりしていたって噂になっていましたよ」
ああ、ノートヘルムさんは魔導師だから、息子も魔法使いになって欲しかったのか。
散髪をして貰いながら雑談は続いた。フロヴィナちゃんには年の離れた弟がいて、弟の散髪していたとか、最近ヤンチャになってきて可愛げが減ったとか、女友達同士でも髪を切り合う(毛先を揃える程度)ようになったとか、メイドに就職した時にそれを話したらメイド隊の髪を整える仕事が追加されたとか。
「ゆくゆくは、貴族女性のスタイリストを目指すのかい?」
「あ~それは無理無理、無理ですよ~。ああいうのは貴族生まれの上級メイドでないと」
なんでも貴族女性は流行を追わないといけない為、その流行を発信する王族や上級貴族のパーティーに参加出来る身分、もしくは参加した人から情報を得る伝手が必要らしい。さらに髪形以外にドレスや装飾品、ネイルなどの流行も絡んでくるため、平民ではまず無理らしい。
「髪弄りは趣味の範疇かな~。髪を切るより、切りながらするお喋りの方が楽しいし。むしろお喋りメインだよ。
ザックス様とお喋り出来たしね。異世界人って聞いて、最初はちょっと怖かったけど、話したら普通の人じゃん!」
喋っているうちに打ち解けたのか、口調が気安い感じになってきた。こちらの方が話し易い。異世界の事を聞きたがったので、軽く日本とこの世界の違いを話してあげた。
やっぱり食い付いたのは電化製品だった。
「平民でも魔道具みたいのを沢山持っているとか羨ましい。更に魔水晶がいらないとかいいな〜。私の実家なんて照明とコンロの魔道具、後は小さい冷蔵庫しかないよ。
冷蔵庫が小さいから、腐りやすい食材入れたら満杯だし、もっと大きいのが欲しい!
でも必要な魔水晶が増えちゃうのも困るんだよね~。自力で取ってくれば安く済むけど、ダンジョン怖いから無理!
そもそも戦闘系ジョブじゃないし」
そもそもメイドって、何のジョブに該当するのか? こっそり鑑定させて貰う。
【人族】【名称:フロヴィナ、16歳】【基礎Lv7、職人Lv6】
さすがにメイドのジョブではなかったか。メイドが職人と言われると違う気もするけど。
ただ、こっそり調べた事に関して、職人とは何か聞き難い。ちょっとお道化た振りをして、聞いてみる。
「戦闘職じゃないって何のジョブなんだい、メイド?」
「あはは、メイドのジョブなんてないよ~。私は職人のジョブだよ。そもそもジョブの選択肢が職人と商人しかなかったからね。商売する気はなかったから、職人になっただけよ。
ベアトリスちゃんみたいに料理人になる、みたいな明確な夢があれば良かったのだろうけどね。まぁ、スキルの〈見覚え成長〉のおかげで、メイドの仕事は楽に覚えられたから十分だよ」
ベアトリスちゃんとは、給仕をしてくれていたメイドさんの事らしい。同い年の同期らしく、仲が良い友達だと話してくれたのだが、話が脱線していきそうだったので、軌道修正する。
「〈見覚え成長〉ってのは、どんなスキルなんだい?」
「職人のLv5で覚えるスキルの事だよ~。他人の作業を見て真似しやすくなるの。ベアトリスちゃんなんて、暇があれば本邸の料理人の仕事を見に行って、色々覚えて来ているみたいよ。使用人向けにお菓子を作ってくれる事があるけれど、スキルを覚えてから明らかに美味しくなったもの」
便利そうなスキルだ。今日の剣の型とか、そのスキルがあれば早く身につきそうなのに。俺も早くジョブが欲しい。
そんな雑談をしていたら、散髪が終わったようだ。
「櫛で梳いても細かい髪が残っているから、後で、念入りにシャワーで洗い流してね~。
じゃあ私は切った髪を片付けるから、ザックス様は脱衣所で待っていて」
片付けを手伝おうとしたが、メイドの仕事ですと脱衣所に追いやられた。
暫し、待っていたのだが、微妙に手持ち無沙汰だ。上着くらい脱いでおくかと思い、夏用の薄い上着を脱いで洗濯籠に入れるところで、掃除の終わったフロヴィナちゃんが脱衣所に入ってきた。
「ちょ、ちょっとザックス様、私がまだいるのに脱がないで!」
と、慌てて出口へ逃げていった。
「待って、上着を脱いだだけだよ!」
そう声をかけると、出口の向こうから赤くなった顔を半分だけ覗かせて、
「この後、お着替え持ってきますので、お風呂は直ぐに出ちゃ駄目ですよ」
もちろんその後は、念入りに髪を洗って、湯船にのんびりと浸かった。
脱衣所にフロヴィナちゃんらしき人影がそろそろと入ってきて、さっと出て行ったが問題ないだろう。
のんびりしていると、6の鐘(就寝、20時)が鳴った。どうやら散髪で結構時間が経っていたようだ。
朝が早かったせいか、若干眠くなって来た。そろそろ上がって寝るか。
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