第8話 講義
「あの離れには、私も一時期厄介になっていてね。少し小さ目の家ではあるが、君一人と使用人だけなら、十分だろう」
そう言って笑うエヴァルトさんだったが、実際に案内された所は、3階建ての立派なお屋敷だった。
……いやいや、日本だったら、なかなか立派な一戸建てだぞ?
立派な門構えの奥、広い庭には色とりどりの花を咲いた花壇があり、境界となる生垣は四角く手入れされている。そして、なにより3階建ての屋敷は、外から見ただけでも窓も多く、部屋数が多そうだ。
貴族的には、これが小さ目の家なんだろうか?
いや、少し離れた所にある伯爵邸は10倍くらい広そうなので、そこの対比なら小さ目か?
そんな貴族の財力に驚いていると、年若いメイドさんが出迎えてくれて、応接間に案内された。そして、そこでエヴァルトさんと一緒に昼食を頂き、そのまま午後の講義となる。
彼はテーブル状に本を開き、内容を解説してくれた。それは、日本語で書かれた教科書のようで、子供向けなのか挿絵に神様らしき人物が絵画チックに描かれている。日本語なのはさておき、いきなり宗教から入るのは、エヴァルトさんが司教という立場だからだろう。
「まずは宗教と世界の成り立ちからですね。全世界どこの国でも信奉されているので、知らないでは済まされません。
この世界シュピルフィーアを作られた2柱の神様、光と昼の女神フィーア様と、闇と夜の神トーヤ様の夫婦神です。
昼をフィーア様が守り、夜をトーヤ様が守っている為、地の底にいる邪神は地上に出てこられません。ただ、邪神は諦めが悪く、地上侵攻の為にダンジョンを作っていると言われています。
教会に言い伝えられている伝承では、ダンジョンを攻略する様に神託があったとか、大神殿に神授の宝具があったとか……これらは、神に祈りと魔力を捧げ、癒しの奇跡を授かる事や、ダンジョンを放置すると魔物が溢れてくる事などから、本当の事だと信じられています。
はい、光の女神様が空から見守ってくださっているのですよ」
神様が実在するとか言われても、日本人的には胡散臭いと思ってしまうが、自分がこの世界に来た時の状況を思い出した。
「私がこの世界に来た時の光の柱。あれを考えると否定はし難いですよね」
「あれは前例が無いとはいえ、神の御技としか思えませんからね」
それから、この国の歴史や国内情勢などを概略で教わった。詳しく知りたいなら後日時間があればとの事。
約500年前に統一国家崩壊した際、中央平原を治めていた領地が独立、建国したのが、今居るラントフェルガー王国らしい。
一番驚いたのは、大都市と大都市は転移ゲートでワープ出来る事だ。貴族と商人しか使えないらしいが、それ以外の人でも商人にお金を払えば使えるそうだ。
転移ゲートがある大都市は一定間隔で作られており、転移ゲートを使った流通路として経済を回している。
転移ゲートは統一国家時代の遺産らしく、新たに作る事は出来ない。その為、大都市を中心に町や村が点在しているが、移動には主に馬車が使われている。
魔道具の一種で馬型ゴーレムを使ったゴーレム馬車と言うのもあるが、動かすのにMPが多く必要なので貴族向けにしか普及していない。俺が来週行く村へも馬車移動になるそうだが、たぶん動物の方の馬車になるそうだ、残念。
生活様式についても、質問してアレコレ教えてもらった。
昨日と今日で体験したように、貴族なら現代日本に近い水準にある様だ。冷蔵庫やエアコン、ガスコンロ、湯沸かし器、照明、上水、下水などの設備が、魔法の道具……魔道具として普及している。
この魔道具を動かすのに必要なのが、ダンジョンで取れる魔水晶。所謂電池みたいな物らしい。いくらあっても需要は尽きないため、買い取り価格も安定しており金策にはおススメだそうだ。
しかし、その一方でテレビや電話、ラジオと言った通信技術は殆ど無い。
いや、領主以上しか使えない都市間通話の魔道具はあるが機密の為、公開はされておらず、砦や一部の騎士に渡されている緊急通話の魔道具も高価過ぎて(通話1回で大銀貨1枚=10万円)普及していない。
「もしかして、昨日王様に相談に行ったのは、この都市間通話の魔道具を使ったのですか?
数時間で帰って来たので、てっきり王城が近くにあるのかと思っていましたが……」
「ああ、その通りだ。この領地から王都までは、結構距離があるからね。転移門を使えば謁見出来なくもないけれど、転移門から距離があるし、なにより公務の時間を過ぎていた。緊急の都市間通話で、話を通したのだよ」
このラントフェルガー王国やアドラシャフト領は、戦争等も無く平和ではあるものの、あまり余裕はない。これはどこの国にも言える事らしいが、ダンジョンの対応に追われているからだそうだ。
ダンジョンからは、魔道具に必要な魔水晶や、薬草、鉱石、魔物素材等が取れるメリットはあるものの、放置すると魔物を吐き出して土地に魔物が溢れるデメリットがある。
つまり、ダンジョンに対応し続けないと領地が減って行くのである。
その為、各国、各領地の騎士団は定期的に巡回し、ダンジョンが新たに発生していないか魔道具でチェックしている。
そしてダンジョンが見つかれば攻略して潰すのだが、50層以下の場合にはダンジョンコアが無く潰す事が出来ない。その場合は騎士団を常駐させて、コアが育つまで監視しなければならない。
逆に80層以上あった場合はもっと厄介だ。現状の戦力では攻略不可能なので80層未満の魔物を狩り続けて、ダンジョンが成長しない様にしなければならない。ここで放置すればダンジョンが魔物を吐き出すからだ。
そして魔物を狩り続けるには拠点が必要なので、ダンジョン近くに村や町を作るのだが、そこが辺境だった場合が問題になる。
近くに他の村や町がなければ補給を受けられず、ダンジョンから取れる食料や素材のみで生活しなければならないが、大人数を賄うのは困難だ。
採算が取れず、人数が足りずどうしようもない場合は、周辺の領地や国に相談するが、それでも無理な場合は放棄され、魔物が溢れて領地が狭くなって行くのである。
この身体の持ち主だったザクスノート君が、貴族学園に通っていたのも、その一環らしい。
貴族の男はダンジョン討伐が義務だとか、ダンジョン討伐した者へ貴族籍を与えるのも、50層以上で戦える人手の確保のためである。
そして、言語が日本語だったので今更だが、通貨単位も円だそうだ。紙幣は無く、金貨や銀貨で取引されているので金貨何枚でも通じる。基本的に食料は安く、贅沢品や魔道具、スキル付き武具は高い。
金貨と銀貨は大小の2種類で、銅貨のみ大中小の3種類。
・小銅貨:10円、中銅貨:100円、大銅貨:1000円
・銀貨 :1万円、大銀貨:10万円
・金貨 :100万円、大金貨:1000万円
どの硬貨も10枚で上位の貨幣になるので単純だ。1円相当の硬貨は既に廃れており、仮に商売で数円が出ても切り上げか切り捨て、もしくはオマケを付けることで対応するらしい。
そんな感じで講義は続き、夕方には終了した。
そのまま離れの屋敷に泊まったのだが、知っている執事さんや洗濯メイドのエルマさんはおらず、若い従僕(本館でお世話になった、執事のエドムントさんの部下らしい)と、若いメイドさん2人しかいない。
どうも恐れられていると言うか、得体の知れない者の様に見られているみたいで、事務的な会話しか出来なかった。
まだ6日は離れの屋敷で暮らすのだから、仲良くしたいものである。
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