第7話 訓練と試し打ち

 翌日、朝食が美味しくてお代わりしてしまった後、訓練場へ案内された。

 いや、近くの牧場で作られた新鮮なバターが美味しすぎて。ミルクの香りとコクが有るのに、後味はさっぱりしていて、パンとバターだけでいくらでも食べられそうだった。



 訓練場は広いグラウンドに、打ち込み用の鎧付きの案山子や、魔法の的になる石壁、着替え用のロッカールームにシャワー室が有る建屋、訓練用の武具の倉庫と色々揃っている。俺もロッカールームで着替え、訓練に備えて特殊アビリティ設定で経験値増の5倍に設定済みだ。

 執事さんに設備の事などを雑談で聞いていると、ノートヘルムさんが1人の男を伴ってやって来た。


「おはよう、ザックス。よく眠れたか?」

「はい、おかげさまで。おはようございます」


 挨拶を返しつつ、隣の人に目を向ける。髪に白髪が混じり始めた初老の男性だが、身体つきはムキムキで、歴戦感がある。


「見習い騎士の教官役ウベルトだ。彼には君の訓練を担当して貰う。後、事情は話して有る」


「私は戦闘経験の無い初心者ですので、基礎からよろしくお願いします」


「昨日の事故現場にも居合わせたし、事情も聞いたが、未だに信じられんのう。一応自己紹介しておくか、教官役のウベルトじゃ。若が10歳の頃から指導してきたが、覚えておらんのか?」

「すみません。ザクスノート君の記憶は残っていません」


 ウベルトさんは悲しそうな顔をすると、溜息をひとつ付いた。


「しょうがないか。儂の事はいつも通りジジイと呼んでくれればいい」

「いやいや、教官役の方にそれはちょっと……ウベルト教官と呼ばせて下さい」


 そんな呼称をどうするかで、軽く揉めていると、ノートヘルムさんが割り込んで来た。


「ウベルト、彼はザクスノートでは無い。他の者と同じく教官にしておけ。

 ザックス、昼前にエヴァルトが来るので、その時に聖剣の力を見せて貰うぞ」


 ノートヘルムさんはそう言うと、執事さんを伴って帰っていった。


 取り敢えず、柔軟とジョギングで体を温める。

 その後は短距離走や幅跳び、腕立て、腹筋等で身体能力を測り、最後にマラソンで持久力を見る。

 身体つきから分かっていたが、まるでアスリートになった様な気分だ。ただマラソンで無心になって走っていると、この体に慣れて行っている気がする。



 しばらく走っていると、ウベルト教官に呼び止められた。


「そろそろ領主様がお見えになる頃だ、クールダウンしておきなさい」


 ウォーキングに切り替えて、その後ストレッチをする。

 ウベルト教官が建屋の方から、何かを持って来て手渡してくれる。竹製のコップの様で水がなみなみと入っていたので、美味しく頂く。


 まだ時間はありそうなので、手早くシャワーと着替えを済ませると、丁度ノートヘルムさん達がやってきた。


「やあ、お待たせ。早速昨日の続きと行こうじゃないか」


 上機嫌なエヴァルトさんに押されて、3m程の石壁が並ぶ場所へ案内される。今朝、執事さんに聞いた、魔法で壊しても良い石壁らしい。

 特殊アビリティ設定を変更して聖剣クラウソラスを取り出す。


「さて、それではスキルの試し打ちと行こう、あの石壁に向かって使ってくれ」


 ノートヘルムさんの言葉に頷き、聖剣を抜刀し正眼に構える。

「〈プリズムソード〉!」

 聖剣の左右に、赤く光る剣と、青く光る剣が出現した。あれ、2本だけか?

 光剣の剣先にカーソルが見えるので、注視して見るとカーソルが回転し始める。その状態で視線を動かすとカーソルも追従して動くようだ。石壁にカーソルを置いて注視すると回転が止まる。発射方法がわからないので、取り敢えず(行け)と念じてみる。


 その瞬間、弾かれた様に赤い光剣が飛んで行き、石壁を貫通していた。


「おお!!石壁を易々と貫通するとは。青い剣も試してくれ」

 興奮するエヴァルトさんの声に、青い光剣のカーソルを動かして射出する。こちらも簡単に貫通するが、赤い方と比べると穴が若干小さい。


 色々動かして見たところ、念じても動かせる様だ。

 目視で3次元にカーソルを動かすのは難しいが、念じると奥や手前に動かす事が出来るし、(石壁を攻撃)と念じれば、カーソルが自動で動いて攻撃してくれる。ただし、狙いは大雑把になるが。攻撃も縦切りや、横切りを指示する事で斬撃にする事が出来た。


 聖剣本体の赤い宝玉と、青い宝玉が点灯しており、触るとカーソル位置がリセットされて剣先に戻った。これは自動攻撃モードになったのだろう、魔物がいないので確かめようも無いが。そのまま、1分程放置すると手元に戻って来てしまった。


「なかなか凄いな。今のはザックスが動かしているのか?」


 エヴァルトさんに、先程の検証内容を話す。



「なるほど、私も気になっていた事がある。ザックスステータスを開いてMPの残量を見てくれ」


「はい……MPが1/3ぐらいに減っています。後、ついでに基礎レベルが2に上がっている」


「スキルの発動にはMPが必要だ。鑑定結果には7本とあったが、ザックスの最大MPでは2本呼び出すのが限界だったのだろう。

 そして、基礎レベルが上がったのは、石壁を壊したからだ。あれは基礎レベルで言うと30くらいの魔法だからな、良い経験になったのだろう」


 レベルを上げれば、7本召喚出来るようになるのだろうけど、現状の2本でも十分強い。スキル発動時に、本数指定が出来ればMPの節約になるだろうか?MPが回復したら試してみるか。


「それともう一つ、赤の光剣と青の光剣で破壊力に違いがあったのに気付いたか?おそらく属性の違いによるものだ。

 赤は火属性、青は水属性、そして石壁は土属性だ。属性の相関だと水は土に弱く、威力は半減している筈だ。

 まあ、半減していても石壁を貫通出来る威力なので、始めのうちは気にしなくてもいいがね。属性に関しては午後の講義で教えよう」


 そう話していると、2本の光剣が消えていった。召喚してから15分程だろうか。


「そうそう、聖剣本体でも試し切りしてごらん」

「剣で石壁を切るとか、刃こぼれしそうで……破壊不可が付いていたか」

 抜き身のままだった聖剣を構え、石壁に斬りかかる。石の硬い反動を予想していたが、切った感触は殆ど無く、石壁を切り裂いていた。


「石壁は細かくして、全部切り倒しておいてくれ」

 ノートヘルムさんの声に、石壁を賽の目切りにするが、まるで豆腐を切っている気分になる。ガラガラと音を立てて崩れているので石なのは確かだ。


 ある程度破壊したところで、ノートヘルムさんに目を向けると「それで十分だ」

 と、許可が出たので皆の所へ戻る。

 地面に置いてある鞘を拾い、納刀しようと聖剣に目を向けると、刃こぼれどころか砂埃すら付いていない綺麗な刀身に驚く。聖剣の規格外さを目の当たりにしつつ、特殊アビリティ設定を変更し聖剣を消す。


「聖剣の強さは十分に分かった。ダンジョン攻略に役立ってくれるだろう。

 ただし、普段は使わない方がよいな。ボス戦や強敵相手の切り札にするべきだ」


 ノートヘルムさんの意見に、ウベルト教官とエヴァルトさんも頷く。


「光剣が目立ち過ぎるし、楽勝過ぎても戦闘技術が身に付かないと思いますのう」

「同感ですね。普段のアビリティポイントは、ジョブや経験値増に回すべきでしょう」


 これがRPGゲームなら一気に攻略を進める事もできるが、現実となると安全マージン確保の為にレベル上げと戦闘経験を積みあげた方が良いか。


「私としては、皆さんの意見にプラスして、初見の敵には使いたいですね。行動パターンを観察するにしても、いざという時に即殲滅出来る様にしたいです。

 それにある程度、聖剣を使って慣れて置かないと強敵相手に使うのも怖いです」


「その辺のさじ加減は君に任せる。ダンジョンを攻略していけば、次第に慣れるだろう」


 そう言うとノートヘルムさんは懐から棒を取り出して、石壁のあった方へ向ける。

 ただの棒ではなく、魔法使いが使うワンドの様で根元に宝石が付いている。

 ワンドの先に光が灯り、魔法陣を描いて行く。ワンドを動かして描いているのでは無く、光自体が動いて魔法陣を作っている様だ。


「〈ストーンウォール〉!」


 石壁の残骸が分解され、次の瞬間には石壁が下から生えて来た。


「これが魔法ですか?」

「ああ、初級魔法ランク5の土魔法だ」


 特殊スキルの〈詳細鑑定〉と〈無充填無詠唱〉を有効化して、こっそり鑑定させて貰う。


【人族】【名称:ノートヘルム・アドラシャフト伯爵、35歳】【基礎Lv67、魔導師Lv67】


 レベル高い! ダンジョン攻略にはこれくらい必要ということか。

 そして魔法使いではなく、魔導師か。


「午前中はこれくらいだな。ザックス、離れの屋敷を準備したので、今後の生活や講義はそちらで頼む」


「……本館には顔を出さない方がいい、という事ですね?」

「家族を失ったのだ。私はともかく、子供達には心を整理する時間が欲しい」

「分かりました。気をつけます」


 ノートヘルムさんとウベルト教官にお礼を言って別れ、エヴァルトさんと2人で離れの屋敷に向かった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る