第6話 処遇と今後

「ザックス様をお連れしました」「入れ」


 執事さんに続いて部屋に入る。案内されたのは、執務室といった感じの部屋で、重厚な机の向こうにノートヘルムさんと、側に立つエヴァルトさんがいた。

 その前まで案内され、一人用意された椅子に座ると、面接を受けるような気分になる。取り敢えず、色々お世話になったお礼を言っておこう。異世界の貴族に対して、どう礼儀を取って良いのか分からないが、日本人的に一宿一飯の礼はしておきたい。


「夕食とお風呂を先に頂きました。ありがとうございます」

「ああ、満足して貰えたなら、なによりだ。

 早速だが、今回の件を国王陛下に報告し、相談して来た結果を話そう。君の処遇と今後についてだな。

 これは、光の柱の顛末として、領内の貴族にも声明として出す予定だ」


 ノートヘルムさんは、デスク上の紙を1枚手に取り、読み上げる。


「『事故によりザクスノート・アドラシャフトは死亡。その後、原因不明の光の柱がザクスノートに降り注ぎ、目を覚ましたが中身は別人であった。取り調べの結果、本件は死者蘇生では無いと判断する。目を覚ました別人は名を改め、平民として住民登録する。ただし、完全に放置するのではなく、動向監視のため密偵を付ける』

 以上である」


 ……思っていたよりも隠さずに展開するのか、隠したのは転生者って事ぐらいか。


「取り敢えず、直ぐに処刑とかではなく、安心しました。改名と言うのは簡易ステータスに記載されているザックスでいいのですか?」


 答えてくれたのはエヴァルトさんの方だった。


「簡易ステータスが、本人確認のための物だからそうなるね。

 君を貴族籍に残すのは無理だったよ。先に話していた嫡男変更にしても、良い理由が無くてね。どんな理由であれアドラシャフト家の汚点になってしまう。真実の通り、長男死亡により次男を後継者候補にする他なかったんだ。

 ……ノートヘルムの内心も察してやってくれないか」


 『内心を察しろ』と言われても、真剣な表情の彼からは、何を考えているのかは分からない。最初の部屋では、感情を露にする事も少しあったが、誰よりも早く冷静になっていた気がする。領主と言うと、県知事くらいだよな? 為政者としての風格は感じるが、父親らしい面影は感じない。


「いえ、私としてもアドラシャフト家に迷惑をかけるよりはいいですし、常識も分からないまま貴族になるより、平民の方が気は楽ですよ」


 取り敢えず、俺の存在が問題視されるよりは、パージしてもらった方が、お互いの為になる。そんな意味合いで答えたところ、ノートヘルムさんは、分かり易く口角を上げて、自慢気に笑った。


「ここからは、非公開の内容だが、私が交渉で勝ち取った結果である。

 光の柱を神の御業かもしれないと、エヴァルトにも証言させたのだ。教会の司教に、光の女神様の使徒と仮定されては、王族も無下には扱えまい。

 現に陛下は、使徒様をただ放逐するのではなく、陰ながら援助すると約束してくれた。アドラシャフト家からの多少の援助は認めるし、動向監視の一環として定期的に家に呼び近況報告をさせる。王家からは攻略予定の各ダンジョンの近くに拠点を用意してくれる事となった。

 そして、ダンジョン攻略の暁には、アドラシャフト家配下の貴族としてザクスノートの名と新しい家名を与えよう」



 ノートヘルムさんは良い条件だろ、と自慢するかの様に笑った。

 しかし俺は、いきなり神様の使徒扱いされたうえ、急に出て来たダンジョン討伐の話に驚いていた。まぁ、神様と会った覚えはないが、特殊アビリティ設定があるので、類似品な気もする。その為、気になるダンジョンに付いて聞き返す。


「あのダンジョンとは何ですか? 名称からイメージするとモンスターが潜む洞窟や遺跡に入り、奥にいるボスモンスターを倒して財宝を持ち帰ってくる。みたいな所ですか?」


「お、詳しいじゃないか、だいたいそんな所だ。君のいた世界にも有ったのか?」

「いやいや、創作ですよ創作」


 エヴァルトさんが面白がっていたが、即座に否定しておく。ファンタジーとしては定番であるが、リアルにあるなんて聞いた事が無い。すると、ノートヘルムさんが、掻い摘んで説明してくれる。


「ダンジョンは魔力の濃い所に発生しやすく、さらに魔力が溜まると成長し階層が増える。成長したダンジョンを放置していると、中から魔物が溢れ出し、辺り一帯が魔物の巣になってしまうのだ。

 土地を守るのにダンジョンを討伐するのは重要だ。その為、ダンジョンを討伐した者には貴族の籍が与えられる」


「貴族といっても最下級の準男爵だから、土地や特権も無いけどね。そういった新人準男爵は他の上位貴族に勧誘されていくのだが、君の場合はアドラシャフト家の配下に内定していると言う話だ」


 なるほど? 確かアドラシャフト家は伯爵だから、それより上位の貴族から勧誘されたら断れない、その防止のための内定か。貴族になるかどうかは分からないにしても、ダンジョン攻略には心惹かれる。いや、身分制度がある世界ならば、上の身分を取れた方が安全かな?


「確かに平民になれば貴族とは縁もゆかりも無さそうですし、その状態で知らない貴族の土地に行くのも不安です。アドラシャフト家の配下の方が安心ですね」

「君は半分だけとはいえ、アドラシャフト家の一員なのだから、家に来るのは当然だ」

「待て、ノートヘルム、肝心なことを確認していない。

 ……ザックス、君の世界にはダンジョンが無いと言っていたが、ダンジョンに入り魔物と戦うことは出来そうか?」


 確かに戦うどころか、殴り合いの喧嘩もした事がない。体育の授業で、柔道や剣道の基礎をやった程度だ。ただし、特殊アビリティ設定のお陰で戦う術は、手にしている。


「私自身に戦いの経験がありません。ただ、心構えが出来るかどうかによりますが、戦うこと自体は問題ないと思います」


 俺の言葉にエヴァルトさんは直ぐに思い立った様で、ポンッと手を叩く。


「ああ、ザクスノートの体ならば、訓練で鍛えてある。それに学園のダンジョンで既にレベル10以上だったのだから、戦える保証にはなるな」

「それともう一つ、ステータスを見ていて発見したのですが、特殊アビリティ設定と言うスキルを持っていました。これが規格外に強そうでして」



 俺は2人に、特殊アビリティ設定について説明した。


「2次職……複数ジョブに経験値2倍だと、なんだそれは!?」

「伝承にあった複数ジョブ!あれは高レベルの者にしかなれないと書いて有ったのに!」


 予想以上の食いつきに、俺の方まで驚いてしまった。エヴァルトさんなんて机に乗り上がらんばかりだ。


「伝承に有ったと言うことは、現在は複数ジョブを持っている人はいないのですか?」

「500年以上前の統一国家崩壊と共に失伝してしまったらしい。ザックス、本当に出来るか試してくれ!」

「まだレベル1でジョブ持っていないので」

「ああ、くそ!早くレベル上げてこい!」


 何か見せないと落ち着きそうにないな。特殊スキルも見せるのは無理だし、武器でも出してみる事にした。一番ポイントの高い武器は奥の手で取っておきたいし、弱い方の聖剣にしよう。


「ジョブは今すぐには無理なので、特殊武器を出してみましょう」


 アビリティポイントを割り振りふると、左手にずしりとした重みを感じた。慌てて落とさないように握り、机の上に置いた。鞘は紋様が描かれている程度でシンプルだが、剣の鍔部分に4色の宝玉が嵌まっており目立つ。

 2人に目配せしてから、鞘から引き抜く。刀身は銀色に輝き、芯の部分はクリスタルの様に透き通っていた。さらにその根元には3色の宝玉が光っていた。

 

「これはまた……見事なものだな、王族の儀礼用の剣のような煌びやかさだ。持ってみてもよいだろうか?」

「どうぞ」


 聖剣に目を奪われていたノートヘルムさんは喜び、手を伸ばすが、バチッッ、光と共に音が鳴り、ノートヘルムさんは慌てて手を避けた。


「おおっ……痛みは無いが、手が弾かれたぞ」


 その様子を見たエヴァルトさんは、興味深けに手を伸ばし、バチッッ、バチッッと弾かれる。


「私も弾かれる様ですね。ザックスは持てていたのに…」

「ちょっと鑑定してみます」


【武具】【名称:聖剣クラウソラス】【レア度:EX】

・光をモチーフに精霊が作り上げた聖剣。光の7色に因んだ7属性の宝玉が埋め込まれており、スキルにて各属性の光剣を操る事が出来る。

【破壊不可】【盗難防止】【自動回収】。

・固有スキル「プリズムソード」

 火水風土氷雷光の7属性の光剣を生み出し、自動攻撃する。又、使用者の視界内には光剣の剣先にロックオンカーソルが映り、これを目線で動かし攻撃対象に重ねる事で、任意の敵を攻撃出来る。聖剣本体の宝玉に触れる事でロックオンを解除し、自動攻撃モードに戻す事が出来る。自動攻撃の対象は、魔物、赤字ネーム、灰色ネーム。野生動物や無機物、白字ネームは避けるので、攻撃したい場合はロックオンが必要。


【破壊不可】はあらゆる攻撃、魔法、スキルを受けても破損せず、切れ味も鈍らない。

【盗難防止】は所有者以外の接触を拒む。しつこい様であれば反撃の威力が上がって行く。

【自動回収】は所有者の手から離れていても、特殊アビリティ設定を解除すれば消えてポイントに戻る。又、所有者から100m以上離れた場合、自動でポイントに戻る。


 鑑定結果を読み上げていると、盗難防止の説明に、バチバチやっていたエヴァルトさんは慌てて手を離す。


「レア度EXとか聞いた事が無いぞ。昔、陛下が自慢していた国宝のダンジョン産の【破壊不可】の槍でもレア度Sだったはずだ」

「精霊が作った武器なんて伝承でも読んだ覚えはありませんね。

 ……本当に神の使徒だったりするのでしょうか?

 スキルも気になりますし、ちょっと使ってみて下さい」


 ヒートアップするエヴァルトさんだったが、その時、遠くの方で鐘の音が鳴るのが聞こえた。すると、ノートヘルム伯爵は話を打ち切り、締め始めた。先程のは時報かな?


「……私も見てみたいが、明日にしよう。屋敷の中で試す訳にもいかん。

 取り敢えず、ザックスはダンジョン攻略を目指すと言う事でいいな」

「はい、この特殊アビリティ設定を活かしてみたいですし、よろしくお願いします」


 援助して貰える上に、特殊アビリティ設定も有る。かなり恵まれた状況なのだからダンジョン攻略に挑んでみるべきだと判断した。手に職が有る訳でも無し、自立した生活を目指すにしても先立つ物がいるからな。

 それにゲームっぽい要素が多く、ワクワクしているのも事実だった。


「では明日からは、午前は鍛錬、午後は一般常識とダンジョン知識の勉強を行う。そして1週間後、近隣の小規模ダンジョンが有る村へ移動して、レベル上げを手配しておこう」

「午後の教師役は私がやりましょう。教会の仕事は午前中に片付けて来ますので」


「エヴァルトさんもありがとうございます。明日からよろしくお願いします」


 2人に礼を言うと、今日の所はこれで解散となる。


 こうして、この世界での生活が始まった。

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