第3話 簡易ステータス
「神の御業と言えば、ステータスに何か変化はありませんか?」
……ステータス?
まるでゲームのような話に、ちょっとワクワクして使い方を聞こうとするが、待ったが掛かった。
「まて、ステータスでは他の者が見えない。簡易ステータスにしろ」
その二つの違いが分からない。そんな困惑を汲んでくれたのか、ノートヘルムさんは「手を胸の前に出して、簡易ステータスと言葉に出すだけだ」と教えてくれた。それに従い、試してみる。
「簡易ステータス!」
【人族:転生者】【名称:ザックス、16歳】【基礎Lv1、無職Lv-】
・パーティ:無し 【追加】
言われた通りにすると、手のひらにウィンドウが表示された。周りの反応から、ちゃんと他の人にも見えるようだが、周りの人達が驚いている。転生者の記述のせいだろうか?
「どういうことだ? 転生者と言うのも初めて見たが、名前がフルネームでなく愛称のザックスになっている。
ザクスノートの基礎レベルは13、ジョブも戦士レベル13の筈だぞ」
動揺するノートヘルムさんだが、エヴァルトさんの方は納得いった様子で頷いていた。
「ステータスとジョブは、女神様がこの世界の者がダンジョンに立ち向かうための力として授けたと言われているのですよ。仮に記憶喪失だとしても、レベルが1になるなど聞いたことがない。
つまり、彼はザクスノート・アドラシャフトではなく、ザックスという転生者……別人という物証が出たな」
「嘘よ!!!」
いきなりの大声に驚き、声のした方を見ると、妹のトゥティラちゃんが目を真っ赤にしてポロポロ泣き出していた。今まで静かに話を聞いていたが、別人と確定されて我慢が出来なくなったのだろう。
「お兄様が亡くなったなんて嘘よ! あなたがお兄様の体から出て行けば、戻ってきてくれるに違いないわ。お兄様を返して!!!」
糾弾される可能性は考えていたけど、子供から言われると余計に心に刺さる。しかし、なんて声を返せば良いのか思い浮かばない。下手な慰めは、逆効果になりかねない……
俺がオロオロして言葉に詰まっていると、ノートヘルムさんが助け舟を出してくれた。その声色は、子供達を労わる様に優しい。
「トゥータミンネ、子供たちを連れて下がりなさい。
トゥティラ、アルトノート、家族が亡くなり悲しくないわけがないのだ。我慢しなくていい、お母さんと一緒に泣いてきなさい」
トゥティラちゃんは最後まで俺を睨んでいたが、母であるトゥータミンネさんに手を引かれて部屋を出て行った。
俺は内心、少し安堵しつつも、ノートヘルムさんに向き直り頭を下げる。
「すみません、なんと声を掛ければよいのか分かりませんでした」
「いや、あの様子では、何を言った所で悲しみは収まらんよ。
私とて感情に任せたら、トゥティラのように怒鳴りつけていたかもしれない。
ただ、今までの情報から考えると、仮に君が死んでもザクスノートは戻ってこないだろう。
……貴族を志す者には、死の危険性がいつも付きまとう。早過ぎるが、ザクスノートの逃れ得ぬ運命だったのだろう」
ノートヘルムさんは悲しそうに言うと、エヴァルトさんに視線を移し発言を促した。
「同感ですな。あの黄色い光の玉がザクスノートの魂とすれば、もう天の彼方。蘇生魔法が使えても呼び戻すのは無理でしょう。
蘇生魔法といえば亡くなってから10分以内でなければ効果が無いという記述があったのを思い出しました。今回の件と合わせて考えると、光の柱は魂の通り道。蘇生魔法は魂が空の彼方に消える10分前までなら、魂の通り道の光の柱を作り、体へ呼び寄せることが……」
「エヴァルト!そこまでにしておけ、お前が伝承の考察が好きなのは知っているが、我々に語っても、特に彼は魔法の事を知らないのだから理解できないぞ」
エヴァルトさんは中断されて残念そうにしているが、俺は魔法に興味があったので続きが気になっていた。
「いえ、私も元の世界に無かった魔法には興味があります。機会があったら、又聞かせてください」
「異世界の知識を元に検証するのも楽しそうですな。ぜひやりましょう」
エヴァルトさんは、楽しそうに約束してくれた。もしかすると、場の雰囲気を和ませる為だったのかもな。
そんな気遣いを余所に、ノートヘルムさんは溜息を付いてから、顔を引き締めた。
「さて、話の続きと行こう……ザックスの処遇と今後についてだな。
急ぎの件は、処遇にも絡むが、ザックスが学園に戻るのが来週という事、そして光の柱を国王陛下へどう報告するか」
「ノートヘルム、処遇といってもザクスノートとして扱うのは無理だろう。学園に戻った際、魔道具で簡易ステータスを記録されるはずだ。名前が変わって、レベルが下がっていたら大騒ぎだぞ」
「私としてもザクスノート君の振りは無理です。友好関係とかは記憶喪失で押し通しても、貴族の立ち振る舞いや、この世界の常識が分かりません。」
「やはり無理か」と呟くと、ノートヘルムさんは考え込んでしまった。
ここは正直に話しておかないと、無理難題を背負い込まされてしまう。貴族の立ち振る舞いなんて、漫画や小説でしか知らんよ。ついでに、ここまでの話で気になっていた事も、話しておく。無論、小説知識が元だけど。
「あと私の処遇に関して、この家に居て良いのかとかありますが、それよりも先に嫡男……後継者指名を弟君に変更する必要があるのではないでしょうか。
当主に何かあった際の代理にもなる者なので、国に届け出が必要なのではないですか?
もしそうであるなら、名前が変わり、家名が消えた私のままでは不味いと思います」
苦々しい顔をして黙り込んでしまったノートヘルムさんに代わり、エヴァルトさんが答えてくれる。
「確かに国への届け出は必要ですね。君の言うように悪評の原因になる可能性もある。
それにしても、貴族の事を知らないという割には知識が有るのではないですか。ザクスノートの顔で言われると違和感が凄いけどね、ハハハ」
「小説で読んだ覚えがある程度のにわか知識ですよ。ちなみにどんな悪評が流されると考えますか?」
「今回の状況は特殊すぎるから、前例はないですが……『息子を乗っ取られただけでなく、次は家も乗っ取られそうだな』程度は流れるでしょう。最悪の場合、『既にアドラシャフト家は乗っ取られた』と流して、領内の不安を煽る可能性もありますね、ノートヘルム?」
「ああ、領主として声明が出せるアドラシャフト領内なら悪評も抑えられるが、王都や別の領地で平民に流布されては不味いな。商人たちの商売にも影響が出る」
ノートヘルムさんはそう言うが、先ほどまでの苦々しい表情ではなかった。
「最悪を想定すれば、であるがな。実際にやればアドラシャフト家への敵対行為であるが故に、表立って行動する貴族は居ないだろう。居るとすれば、アドラシャフト家が王族と仲が良いのを快く思っていない貴族が、陰口を言う程度だ」
そんな折、外から鐘の音が聞こえた……窓から外が薄暗く見えるので、夕方を告げる鐘だろうか。
それを聞いてノートヘルムさんが立ち上がる。
「取り敢えず、話し合いはここまでだ。国王陛下へ6の鐘の後に、光の柱の一次報告をすると先触れを出しておいたので、そろそろ行かねばならない。
エヴァルトも一緒に来い。特殊な状況だから意見が欲しい」
「アドラシャフト家以外で事情を把握しているのは、私だけですからね。第3者として、意見を出しましょう」
そう言うと、エヴァルトさんも立ち上がり荷物を取りに行く。
「ザックス、君はこの部屋で待っていてくれ。食事や風呂の準備をさせるので、寛いでいると良い。
執事のエドムントを付けておく、困った事や知りたい事があれば、彼に聞くと良い」
ノートヘルムさんが扉を開けると、執事らしき人達が待っていた。
彼らに指示を出すと、ノートヘルムさんとエヴァルトさんは部屋を出て行った。
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