229話「思惑が交錯するお茶会2」



 ~ Side マーク ~



 僕は今物凄く居心地が悪い気分になっている。その原因となっているのは、言わずもがな彼女たちだ。



「私はこのドレスが似合っていると言われました」


「私もです」


「それなら私もですわ」


「わたくしだって」



 母さまたち大人たちは、貴族として他の貴族家の奥方様とお話ししているため、僕たち子供はその邪魔にならないよう簡単な挨拶を済ませたら早々に会場の隅へと移動していた。



 そこまではなよかったんだけど、移動した途端にティアラ王女が開口一番「ローランド様ってやっぱり素敵ですね」という兄さまの話を始めてしまったんだ。



 確かに、兄さまは素晴らしい人だ。本来なら、僕なんかよりもよっぽどマルベルト家の次期当主に相応しいとすら考えている。でも、兄さまにはやり遂げたい目的がある。



 この世界を見て回りたいという兄さまの目的は、貴族の領主をやりながらでは確かに達成は難しい。だが、それは一般的な人間だった場合という注釈が付く。



 どんな場所でも一瞬で行き来が可能な兄さまなら、領主の片手間にそれができてしまうのではないかと、僕はその考えが頭に過る。しかし、世界はそれほどまでに広いものであるとも考えているため、やはりそれは難しいということも理解している。



 それに、兄さまが領主になることを拒んだお陰もあって、本来なら次期当主のスペアとしてしか役割を果たせない次男の僕が、貴族家の次期当主になることがでいるのだ。その点についても兄さまには頭が上がらない。



「ところで、今後どうしましょうか?」


「……あの方との婚約の件についてですね」


「今は待つしか他に手がないのではないですか?」


「たしかに」



 僕が兄さまのことを考えていると、彼女たちの話題は兄さまとの婚約の話となった。そこに何故かローラが自然に参加しているのが不自然だったが、ローラの兄さまに対する思いはいつものことなので気にしない。



 兄さまのことを話しているティアラ王女と貴族の令嬢の方々は、それはそれは真剣な表情を浮かべたまま、あーでもないこーでもないと兄さまと婚約するにはどうすればいいのかを話し合っている。



 いつだったか、婚姻について兄さまに聞いたことがあったが、その時の答えは「そういうのには今は興味がないからいい」という淡白な答えが返ってきた。



“今は”という返答がある以上、いずれはそういう相手を探したりする可能性もなくはないが、果たして一体いつの話になるのやら……。



「聞いていらっしゃるのですかマーク様?」


「え? あぁ、申し訳ございませんローファ嬢。少し考え事をしておりました」


「もう、マーク様ったら」



 そんな僕も、今バイレウス家の次女であるローファという少女に捕まっている。現在、僕はバイレウス辺境伯家の長女ローレンと婚約しているのだが、それは形だけのものに過ぎない。



 彼女の計画では自分自身が辺境伯家の跡取りとなり、その婿として兄さまを迎え入れようという話をしてくれたことがあったが、その中で自分の代わりに婚約者として妹であるローファ嬢を推してきた。



 なんでも兄さまが僕に次期当主の座を譲ってくれたように、彼女もまたバイレウス家の跡取りとなるため、僕の婚約者をすげ替える相手としてローファを選んだと得意気に話してくれた。



 それを本人の前で言うあたり何か釈然としない思いがしたが、そういう意味では僕も兄さまにすげ替えられた人間であるため、彼女の言い分は何となくは理解できた。



「それでですね……」



 そんな僕のことを頬を膨らませながら咎めるものの、すぐに笑顔を顔に張り付けて楽しそうに僕に話し掛ける。貴族の出であるが故にその顔立ちは整っており、まるで精巧に作られた人形といってもいいほどだ。



 しかしながら、感情は豊かで特に太陽のように輝く笑顔は、まるで天使と対峙していると思えるほどに神秘的な魅力を放っていた。であるが故に、僕は思わずぽつりと口にしてしまった。



「可愛いな……」


「え?」


「あぁ、いや。なんでもありません。ありませんとも」


「そ、そうですか……」



 咄嗟に取り繕ったが、彼女も僕の言葉の意味を重々に理解していることだろう。ぽつりと呟いたその言葉は、無意識に出たものではあったが、彼女の目を見て言った言葉なのだから。



 それから、しばらく沈黙が続いたものの、そこにシェリル王女とローファ嬢の妹であるローリエがやってきたため、なんとか有耶無耶にすることができた。



「「「「けっ、爆発しやがれ」」」」


「っ!?」



 その様子を見ていたティアラ王女、ローレン嬢、ファーレン嬢、並びに双子の妹ローラが辛辣な一言を浴びせ掛けられる。他の人たちはともかくとして、ローレン嬢? こうなるように仕向けたのは貴女ではなかったでしょうか?



「そんなことよりも、今はあの方との距離を縮めるいい好機です」


「そうですわ。まだ手も握っておりません」


「キ、キスとかも……」


「「な、なんて大胆な!? 破廉恥です!!」」



 ティアラ王女、ローレン嬢、ファーレン嬢の順にそれぞれ兄さまとの妄想に思いを馳せる中、ここで我が妹ローラが爆弾を投下する。



「わたくしは、もうお兄さまとは手も繋ぎました」


「「「……」」」


「会う度にお兄さまに抱き着いてますし」


「「「……」」」


「キスは口はまだですが、ほっぺには――」


「「「お前も爆発しろ!!」」」



 兄さまの妹ということで、最初の二つに関しては許容の範囲だった三人だが、さすがに兄妹といえどキスは範疇外だったらしく、先ほどの僕の時のように爆発宣言が出てしまう。



 そんな三人の様子を勝ち誇ったような顔で見ているローラだったが、果たして彼女は気付いているのだろうか? 兄妹では結婚できないということに……。



 否、気付いているからこその先の言葉だったのかもしれない。妹は決して馬鹿ではない。普段の彼女であればあんなことは決して口にしないはずだ。だというのに、ああいった言動を取ったのは、他の三人が兄さまと結ばれる資格があることに対する妬みや嫉みの感情からくるものであるとわかってしまう。双子とは難儀なものだ。



「こほん、とにかく今回のお茶会はある国の姫君との親睦を深めるためのもの。目的をはき違えてはいけませんが、あの方とお近づきになれる好機であることも事実です。皆さま、頑張りましょう!」


「「「はい!!」」」



 などと王女たちは息巻いているけど、実際は難しいと僕は心の中で思う。兄さまはそういったことに未だ興味はなく、自分の目的のために真っすぐに進んでいる。そんな人間の心を動かそうと思えば、並大抵の覚悟では足りない。それこそ、自分のこれからの人生すべてを賭けるほどの覚悟が必要になってくるかもしれない。



「だからこそ、高い壁として越える価値があるんだけどね」


「マーク様、また私の話を聞いていないでしょ? まったくもう」



 またしても余計なことを考えていたことでローファ嬢に怒られてしまったが、また彼女の可愛い顔を見られたので悔いはない。



 それから、お茶会の準備が整うまでローファ嬢たちとお話しをして時間を過ごし、今回のお茶会の主催者である兄さまが現れたのは、それからしばらくした後であった。

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