217話「ヴェルフェゴール戦。そして、予期せぬ来訪者」



「ほう、あれで死なないとはな。やはり貴様は厄介な相手のようだ。さすがは厄災の魔女の弟子といったところか」



 元の場所へと戻ってきた俺を出迎えてくれたのは、そんなヴェルフェゴールの言葉だった。そういえば、奴も【超解析】を持っているんだったな。これは本格的に隠蔽系のスキルを習得する必要が出てきたか。



「な、なんだと!? 貴殿はあのナガルティーニャの弟子だったのか?」


「そんな高尚なもんじゃない。ただ戦い方を教わっただけの存在というだけだ」


「それを弟子と呼ぶのではないのか? 人間界では違うということか?」


「……」



 などと現魔王のベリアルが問い掛けてくるが、俺は全力で無視をする。あのロリババアに何かを教わるということだけでも不名誉極まりないのに、その弟子を名乗るなど屈辱を通り越して死にたくなる。



 確かに、ロリババアは強い。俺も徐々にではあるが強くなっているが、まだまだアイツに勝てるビジョンが浮かばない。というよりも、俺が強くなったことで彼女との距離が離れた気すら起こってしまう。



 それだけあのロリババアが強者だということであり、いずれ俺が越えなければならない壁として不足はない存在ということだが、今はそんなことはどうでもいい。



「さて、始めようか」


「ふん、また吹き飛ばして――ぐぼぁ」



 やられたらやり返すという言葉を体現するかのように、俺はヴェルフェゴールに急接近する。そして、奴が先ほど俺にやったこととまったく同じことをやり返した。



 俺が吹き飛ばされた方向とは逆の方向に飛ばされたヴェルフェゴールは、同じように遮蔽物にぶつかりながら数十メートルの距離を移動させられる。



 仕返しにしては些かやり過ぎな面は否めないが、相手の能力がほぼ互角である以上、おそらく死ぬことはないだろう。尤も、かなり痛いだろうがな。



「ち、最後の衝撃は防ぎやがったか」



 遠目から奴が手に魔力を溜め、後方に打ち出すのを視認する。ダメージはある程度あっただろうが、致命傷には程遠い。



 それから、しばらくして再びヴェルフェゴールが戻って来たが、その顔には憤怒の感情が湧き出ていた。俺はそんな奴の顔をすまし顔で見据える。



「貴様ぁ!!」


「何を怒っている? お前が俺にやったことを同じようにやり返しただけだ。そういうのを逆ギレって言うんだぞ?」


「もう許さん! じわじわと嬲り殺しにしてやろうかと思ったが、もうそんなことはどうでもいい!! 一秒でも早く死ね!!」



 そんなことを叫びながら激昂するヴェルフェゴールが、全力の身体強化を掛けながら再び突進してくる。だが、来るのがわかっていればどれだけ早くても問題はない。



 俺も同じように身体強化で自分を強化すると、突っ込んでくるヴェルフェゴールを迎え撃った。相手の突き出した拳を片手で受け止め受け流し、カウンターで蹴りを入れる。だが、なまじ互角であるが故に、俺の攻撃もまた同じように防がれ切り返しのカウンターが飛んでくる。



 先ほどとは打って変わって一進一退の攻防が続いているが、それを視認できる者は本人たちを除いてこの場にはいない。それだけ高速での空中戦が続いており、まるで漫画やアニメのような戦いが繰り広げられている。



 自分がまさかこのような戦いをする日がやってこようとは思わなかったが、なかなかどうして案外楽しいものであるということが発覚した。どうやらヴェルフェゴールも同じらしく、姿はサニヤのままだが、その顔に醜悪な笑みを浮かべていた。



「やるではないか小僧。まさかこれほどまでに楽しい戦闘になろうとは思わなんだ」


「それはよかったな。冥途の土産ができたようでなによりだ」


「ふん、その減らず口も今に叩けなくしてやる! 【カオスティックカタストロフィ】!!」



 ヴェルフェゴールは、先ほどサニヤが放っていた魔法を使ってきた。だが、その規模はサニヤが使っていたものとは比べ物にならないほどの魔力が込められており、下手をすれば城がすべて吹き飛んでしまうほどの威力を秘めていた。



「すべてを浄化せよ! 【ホーリーエクスプラズマイト】!!」



 漆黒に包まれたすべてを無慈悲に破壊する魔法が迫る中、俺は一つの魔法を唱える。それは、混沌魔法に含まれる聖に準ずる魔法であり、奇しくも【カオスティックカタストロフィ】と対になる魔法だ。



 その名も【ホーリーエクスプラズマイト】というもので、漆黒魔法の闇で相手を包み込みすべてを破壊する【カオスティックカタストロフィ】に対し、聖なる光で相手を跡形もなく浄化させる魔法。それが【ホーリーエクスプラズマイト】なのだ。



 この二つの魔法の特徴としては、どちらもまともに食らえば甚大な被害を与えるところにあり、聖光魔法並びに漆黒魔法を使える者の中でも、限られた者しか使用することができない究極魔法といっても過言ではない。



 しかし、魔法とは得てして柔軟性のあるものであり、発想力が重要な鍵となってくる。よく人間が頭の中で思いつくものは、すべて実現が可能だということをよく耳にするが、魔法もそれに近いものがある。



 尤も、不老不死にする魔法や死んだ人間を生き返らせる魔法といった、人の道理に反しているものや神がかったようなものは実現自体が不可能とされている。



 これはあくまでも個人的な考察だが、この世界自体がシステム的にそういった神の存在に近づいてしまうような事象を制限しているのではないかという推測だ。



 そして、それを行っているのが、他でもない神という名の世界を管理する者、所謂管理者なのだろう。でなければ、魔法で際限なく不可能を可能としてしまえるのだから。



 俺の放った【ホーリーエクスプラズマイト】とヴェルフェゴールの放った【カオスティックカタストロフィ】がぶつかり合い、激しい力比べが発生している。



 一つは破壊、もう一つは浄化。その二つの力がお互いを破壊し浄化する。拮抗する二つの魔法は、徐々にその勢いを失い、最終的に破壊も浄化も行われず、残された結果は相殺という形で提示されることになった。



 あれだけの力がぶつかれば、周囲にかなりの影響を及ぼしそうなものだが、性質上真逆の力同士による力比べであったことと、一ミリも傾くことない天秤ばかりのようにまったく同じ力であったがために、お互いの魔法効果の消失だけが起きたのだ。



「ば、馬鹿な! 我のカオスティックカタストロフィと貴様の魔法が互角だというのか!?」


「どうやらそうらしいな。俺としても誠に遺憾ではあるがな」



 自分の魔法と相手の魔法が互角であるという事実に、驚愕と屈辱の表情を浮かべる。だが、一つ言わせてもらうなら、悔しいのは俺も同じなんだぜ?



 今まで積み重ねてきた魔法の研鑽は並ではなく、それこそ地獄の修行といっても差し支えない。それがただ魔法の才覚があるというだけの魔族と互角に終わってしまったことに、俺は得も言われぬ感情を抱く。たぶん、これが屈辱という感情なのだろう。



「もういい! こうなったらなりふり構っていられるものか! 【超魔人化】!!」


「であれば、こちらも本気で行かせてもらおう。……【限界突破】!!」



 再び、その場の空気が一変する。ヴェルフェゴールは自身の能力を一時的に向上させるスキル【超魔人化】を、一方の俺は同じ効果を生み出す【限界突破】を発動させる。



 相手の方が上位スキルである分こちらが不利ではあるが、そんなことを言っている場合ではないため、こちらもなりふりは構っていられない。



 俺と奴の身体能力が極限にまで向上し、おそらく二人とも一時的にしろSSSS+の領域にまで達しているだろう。だが、もちろんそんなとんでも技がノーリスクで使用できるほど世の中甘くはない。



「これが終わったら明日は筋肉痛確定だな。このスキルも使い慣らしておかんといかんかもな」



 などと、今の状況で考えるようなことではない内容を口にしていると、ヴェルフェゴールの怒号が飛んでくる。その姿は、まるで石のように固い筋肉を持つガーゴイルのような厳ついものに変化している。オシボリの時は女性ボディビルダーみたいになっていたが、今回は性別すら変わってしまっている。



「いくぞ小僧。これで最後だ」


「それはこちらの台詞だ。いくぞ!!」



 互いが突進するための態勢に入り、その推進力が最高潮に達したその時、突如として招かれざる客がやってくる。



「やっほー、ローランドきゅん! 愛しのあたしが会いに来てあげまし――ぐべらぼばっ!!」


「今いいところなのに邪魔するんじゃねぇぇぇぇぇええええええ!!」



 そこにやってきたのは、見た目が幼いが中身は二百五十歳超えのロリババアことナガルティーニャだった。アイツの顔を見た瞬間、その言動と相まってイラっときてしまい、思わず溜めていた推進力を使って彼女に接近し、拳を腹に突き立ててしまった。



 女の子らしからぬ汚らしい声を上げながら、吹き飛ばされるナガルティーニャだったが、いかんせん手応えがないことに違和感を覚えた。だが、その違和感が錯覚でないことに気付いたのは、俺が彼女に攻撃した後に起こるはずの周囲に与えた影響度だ。



 SSSS+という圧倒的なステータスから繰り出される攻撃は、生半可なものではなく、それこそ城ごとすべてを吹き飛ばしてしまうほどだ。だというのに、周囲の被害といえば城壁にぶつかって壁にめり込んでいるナガルティーニャ一人のみである。



 このことから、俺の攻撃を瞬間的に受け流し、周囲に与える被害を最小限に抑えたことになる。あの一瞬でそれだけのことをやってのけるナガルティーニャに、改めて彼女が厄災の魔女と呼ばれている一端を垣間見た気がする。



 そんなことを考えていると、城壁から抜け出してきたナガルティーニャが、頬を膨らませながら抗議の声を上げてきた。



「ローランドきゅん? いくらあたしと会うのが寂しかったからって、出会い頭にその熱烈な攻撃はないんじゃないかい?」


「……」



 確かに正論である。咄嗟の事だったとはいえ、仮にも女の子に対してそのような暴挙に出るのは、あまり誠実な対応とは言えない。だが、次の彼女の一言でその思いも一気に霧散する。



「ローランドきゅんの激しい一撃に、思わず感じてしまったじゃないか……。これはしばらく眠れない夜を過ごせそうだ」


「やはりお前はこの俺の手によって死ななければならないらしいな」



 ひとまずは、彼女の登場によって先ほどまでのシリアスが無くなってしまったが、これで事態がかなり急展開を迎えるのだった。俺は改めて彼女の恐ろしさを知ることになる。

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