209話「愛しの君との約束とツンデレ」
「ローランドさん、あのままにしてきて大丈夫だったのでしょうか?」
「ん? ああ、あの密偵のことか?」
「はい」
サーニャの部屋から神殿に向かっている道中、サーラが置いてきた密偵チャムのことを気にしていた。いくら眠りの魔法で眠らせ拘束しているとはいえ、危害を加えるかもしれない相手を姉の部屋に置いてきたことが心配なのだろう。
「問題ない。心配ならすぐに解除石で魔力固定を解除すれば、そのまま姉の部屋に一瞬で戻ることができる」
「そ、そうですよね! なら早く行きましょう!!」
そう言いながら鼻息荒く突き進んでいるサーラだが、残念ながらそっちは神殿の方向ではない。俺がそのことを指摘すると、顔を真っ赤にしながら「わ、わかってますよ。ローランドさんが道を覚えているか確認しただけです!」と言っていたが、そんなあからさまな嘘が通じるとでも思っているのだろうか?
俺が内心で呆れながらも大通りを進み、しばらくして以前も見た無駄にでかい古びた建物が目に入ってくる。相変わらず、退屈そうな見張りがあくびをかみ殺しているが、俺たちに気付くと声を掛けてくる。
「お、お前はこの間の坊主。それに、サーラ姫様ではありませんか。このようなところに何か御用ですか?」
見張りの男が、俺の隣にいるサーラに気付くと姿勢を正して問い掛けてくる。そんな男に対し、いつもとは違った雰囲気を纏いながらサーラが答える。
「この先にある物に用事があります。申し訳ないですが、通していただきますよ」
「も、もちろんでございます。ど、どうぞお通りください」
サーラの圧力に屈したのか、男が少しどぎまぎしながらも神殿内に入ることを承知する。そんな男にサーラがにこりと笑って「ありがとう。見張り頑張ってください」と声を掛けると、男のやる気が上がったようで元気よく「はい! お任せください!!」と返事が返ってきた。
そのやり取りを見て、俺はサーラに目を向けながら少し厭味ったらしく先ほどの男とのやり取りの感想を宣う。
「うわー、詐欺だな」
「な、なにを言ってるんですか! ローランドさん、これでも私王女なんですよ?」
「まあ、お前がそう思っているのならそう思っていればいいさ。お前がそう思っているのならな」
俺の含みのある言葉に「きぃー」という奇声を発しながら不満をあらわにする彼女を尻目に、俺はつかつかと歩を進める。再会を約束した愛しの君との対面なのだ。恋愛小説的には最も盛り上がる場面ではないだろうか。
そして、無駄に広い通路を進むことしばらく、ようやく解除石がある最奥の部屋へと到着する。そこからさらに解除石の近くまで辿り着くのに数分を要し、やっと解除石の目の前までやってくる。
「ようやくこの時が来た。よし、サーラやってくれ」
「わかりました。『我が血統の理にて、かの障壁を消し去らん。我は王家に名を連ねる者なり』」
サーラが呪文のような言葉を発すると、ベール状の結界が霧散するように消失する。俺と解除石とを隔たる忌々しき壁はもうなく、俺は解除石に触れながらぽつりと呟く。
「これでお前との約束は果たされた。ずっと、ずっとこうしたかった。もう、離しはしない。これからはずっと一緒だ」
「ローランドさん何おかしなことを言ってるんです?」
「……」
そうだった。解除石に触れることができた感動で、再びロマンスモードに入ってしまっていたが、ここにはサーラがいたんだった。俺の言動に不審なものを見るような目で見てくる彼女を全力で無視しながら、俺は解除石に触れた。
俺が解除石に触れると、その輝きはさらに強くなり目を瞑っていないと辛いほど光輝いた。それがしばらく続いたのちに、徐々に光が弱まっていき、元の状態に戻っていく。
ゆっくりと目を開けると、そこには先ほどと同じように淡く輝いている解除石があり、何事もなかったかのように静寂が包み込んでいた。
「どうですか? 魔力固定は解除されました?」
「調べてみる」
サーラの問いに、俺は自分を【超解析】で調べた。すると、状態の項目に以前あった魔力固定がなくなっており、魔界にやってくる前のなしと表記されていた。
どうやら、魔力固定は解除されたが、本当に転移が使えるようになったかはわからないため、一度試してみることにする。
「手を貸せ」
「え?」
「試しに、神殿の入り口近くまで転移する。だから手を貸せ」
「は、はい……」
俺がそう言うと、おずおずとサーラが手を差し出してくる。その手を多少乱暴に掴むと、俺はいつもやっていた通り、瞬間移動を使って神殿入り口付近の風景を頭に思い浮かべた。
何度も感じていた浮遊感と共に風景が一変し、そこは宣言した通り神殿から入ってほど近い場所まで移動していた。転移成功である。
「どうやら、本当に転移が使えるようになったらしいな」
「やりましたね! これでローランドさんの家に行くことができます」
「とりあえず、ここを出よう。……ああ、そういえば解除石の結界はどうなるんだ?」
「それは問題ないです。しばらくすれば、再び結界が張られるようになってますので」
転移が使えるようになったことを喜ぶサーラと共に神殿を出ていく。見張りの男も、俺たちが神殿を後にするのを敬礼して見送ってくれた。そこからしばらく歩いた後、俺はふと疑問に思ったことをサーラにぶつけてみた。
「サーラ。一ついいか?」
「なんですか?」
「どうして解除石を使わせる気になった? もし、俺がその気になればお前たちを放って転移で人間界に逃げることもできる。お前もそれくらいのことは理解しているはずだ」
「……」
元々俺がこの魔王都にやってきたのは、古代の魔法陣によって生じた魔力固定という状態を解除するための解除石があるからだ。仮にその状態が解除された場合、俺は転移魔法を再び使うことができ、晴れて自由の身となる。
そうなったら、俺がサーラたちに協力する意味はなくなり、途中で約束を反故にする可能性だってあった。寧ろ、普通ならこんな面倒なことに首を突っ込む人間はいないだろう。
だというのに、彼女はまだ問題が解決していない状態で俺の魔力固定を解除するという選択を取った。サーラとて馬鹿ではない。俺が転移を再び使えるようになれば、それを使って逃げることも可能だということに気付いていたはずだ。
「そうなったらそうなったで、諦めるだけです。それに信じてましたから」
「信じていた?」
「例え、転移が使えるようになったとしても、ローランドさんは私たちを放って逃げるようなことはしないって。助けてくれるって信じてました!」
「……」
そう返答すると、人を信じて疑わないといった純真な顔を向けてくる。……くそう、これじゃあ俺が悪者みたいじゃないか。解せぬ……というか、癪だ。大いに癪である。
「いたいっ。なにするんですかぁー!」
「勘違いするなよ。俺は別にお前らのために残ったわけじゃないんだからな! 今回の件は俺が気に入らなかったから、仕方なくお前らに協力してやっているんだ。そこはちゃんと理解しろ」
「……ローランドさん、何か本とかの物語に登場する“素直になれない令嬢”みたいなことを言うんですね」
「くっ」
し、しまった。あまりにサーラがいい顔をするもんだから、知らず知らずのうちにツンデレムーブになってしまっていたか……。尤も、俺の場合はツンの部分はあってもデレはないがな。
突っ込まれたくない部分を突っ込まれてしまった恥ずかしさから、無理矢理サーラの手を取って、俺は再び瞬間移動でサーニャの部屋へと戻った。
いきなり現れた俺たちに目を白黒させるサーニャと侍女のティリスだったが、現れたのが俺たちであるとわかると、いつもの落ち着いた雰囲気を取り戻す。
「いきなり現れたのにはびっくりしましたが、ローランド様が“びんびん”になる用事は済んだのですか?」
「サーラの姉よ。それはいろいろ多方面から誤解を生む言い方になるからやめてくれ。それと、用事の方はばっちりだ」
サーニャがまた一つ覚えてはいけない単語を覚えてしまったところで、サーラたちには一度部屋で待っててもらうことにし、先に俺だけ人間界に戻ることにする。
「とりあえず、俺の無事を知らせるのと、向こうの人たちに事情説明してくるから、二人はここで待っててくれ」
「わかりました。ローランドさん、お気をつけて」
「いってらっしゃいまし」
サーラたちに見送られながら、俺は転移を使って王都の屋敷に転移することにした。
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