207話「第二王女の思惑と予期せぬ再会」



 サーニャの追撃から逃げるように部屋を後にした俺は、サーラたちに宣言した通り第二王女サニヤの動向を探るため動き出した。



 迷路のような王城内はどこも同じ風景に見えるが、細かいところに目印になるようなものを置いておくことで、一度通った場所を認識できる。



 前世であったアイテムを集め、それを使って家を建てたりするゲームがあったのだが、洞窟探検をする時に作っておいた松明を設置する際、規則性を持たせておくことで迷わないようにする方法がある。今回もそれと似たような感じだ。



「なんですって!? サーラが戻ってきている? あり得ないわ! あいつはこの私が直々に処理したんだから」



 気配を殺しながらしばらく城内を探索すること十数分、突如若い女の叫び声が響き渡ってきた。声の発生源はある部屋の中からであり、おそらくその声の主は俺が探している人物だろう。



「【インビジブルカーテン】、【マナトランスペアレント】」



 俺は透明化の魔法【インビジブルカーテン】と、物理的な物体を通過できる透過状態になる魔法【マナトランスペアレント】を発動させ、堂々と扉を開けずに部屋の中に入り込んだ。



 中にいたのは、十代後半から二十代前半くらいの女性で、サーラたちと同じく豪奢なドレスを身に纏っている。かなり目つきが鋭いが顔立ちは整っており、美人であると言えるものの、その憤慨している姿はとても内面までもが美しいとは言い難い。



 他に部屋の中にいたのは、彼女の侍女らしき給仕服を着た女性と、真黒なフード付きの外套を身に纏った明らかに暗部と表現できる人物であった。その人物の顔も性別も窺い知れぬが、身のこなしが最初に出会ったときのモチャに似ていることから、暗殺術の使い手であることが見て取れる。



 おそらく、このフードの人物がサーラが帰ってきたことを察知し、サニヤに報告したことで彼女が声を上げたのだろう。しかも、自分の悪事を自供するような発言もしていることからサーラを陥れたのが彼女であることはほぼ確定だ。



「それが、どういうわけか無傷で帰還したようで、現在は目立った動きはありません」


「サーラを監視しなさい。今あの子に余計な真似をされては厄介よ」


「御意」



 サニヤの命令に従い、フードの人物が了承すると、まるでその場から溶けていなくなるように姿が消えていった。



 フードの人物がいなくなった後も彼女のサーラに対する悪態は続いており、これがあのサーラと同じ王族……ひいては姉妹なのかと疑ってしまうほどに気質が異なり過ぎている。そんな中、突如部屋のドアがノックされ、入ってきた人物がいた。



「随分と機嫌が悪いじゃないか姫さんよ。何か想定外の出来事でも起こったかい?」


「……辺境に飛ばしたはずのサーラが戻ってきているわ」


「そりゃあ、姫さんにとっては面白くない話だぁなぁ」



 部屋に入ってきたのは、軽装に身を包んだ若い男だった。だが、纏っている雰囲気が歴戦の戦士を思わせることから、見た目通りの歳ではないことがわかる。魔族は人間よりも長命でエルフほどではないが、ある程度若さを保つことができる種族なため、見た目に惑わされてはいけない。



 俺は男に気付かれないよう【超解析】を使って調べた。すると衝撃の事実が判明したのである。




【名前】:グリゴリ(ヤキモチのグリゴリ)


【年齢】:180歳


【性別】:男


【種族】:魔族


【職業】:上級魔族・七魔将



体力:460000


魔力:660000


筋力:SA+


耐久力:SA


素早さ:SA+


器用さ:SA


精神力:SA+


抵抗力:SS-


幸運:SA-



【スキル】: 身体強化・改Lv9、索敵Lv9、隠密Lv9、魔力制御Lv8、魔力操作Lv8、


 四元素魔法Lv7、上位属性魔法Lv6、漆黒魔法LvMAX、真・格闘術LvMAX、超集中Lv6、天翔Lv7、


 威圧LvMAX、物理耐性Lv9、魔法耐性Lv8、幻惑無効Lv6、パラメータ上限突破Lv1、魔人化Lv7


【状態】:なし




 ……おお、ここで魔族の中でも精鋭と言われている七魔将が出てくるとは。いよいよもって今回の一件がきな臭くなってきたな。まあ、元々がきな臭い感じだったが、話を聞くにただの姉妹喧嘩の延長線上のようなものだと思っていたから、ここで七魔将の登場は予想外だ。



 強さ的には、俺が以前戦ったあの女魔族よりも劣るが、人間の視点から見れば十分に化け物と言える。……え? 自称化け物が何を言っているのかだって。HAHAHAHA! それはそれ、これはこれなのだよ!!



 確か、女魔族の名前はラメだったか? いや、確か調理器具みたいな名前で……そうだ【へら】だ【へら】! そんな感じの名前だったはずだ。



 そんなことを考えていると、グリゴリが別の話題を振ってくる。てかこいつの二つ名【ヤキモチのグリゴリ】かよ……。あまりカッコいい感じはしないな。



「ところで、もう一人の姫さんはどうなってんだ? あれを使って呪いを掛けたんだろ?」


「ええ、この【呪印の首飾り】を使って、サーニャ姉さんには永遠の眠りをプレゼントしてあげたわよ」



 ここに来た目的であるサーニャに呪いを掛けた犯人の心当たりとして第二王女の元へやってきたが、まさかこんなにあっさりと犯人が確定してしまうとは……。不謹慎だが、面白くないな。もっと、実は他に黒幕的な奴がいて、第二王女の策略を利用してうんぬんかんぬんとかないのかな?



 目的を達成した俺の思考が脱線しかけたその時、彼女らの話に聞き捨てならない話が聞こえてくる。



「それで、人間への侵略の準備はどうなっているのかしら?」


「そっちは順調に進んでるぜ。あとは他の七魔将と魔王を無力化すれば、誰も俺たちを邪魔する者はいなくなるって寸法だ」



 ほう、また性懲りもなく人間の領域に足を踏み入れるか、これは少々お仕置きが必要と見えるな。……となってくればだ。少々嫌だが、あいつにも声を掛けといた方がいいな。



 俺はまだ話し込んでいる二人を置いてその場から離れた。もう十分情報を得たことだし、あまり長居をしてこちらに気付かれては面倒だからな。



 そのまま元来た道を歩いていると、俺が進んでいる方向から見知った顔が歩いてくるのが見えた。だが、それはサーラでもなくサーニャでもない。それが誰かといえばだ。



「あ」


「あ、お前はあの時の布面積の少ない服を着てておっぱいがこぼれ出ていた女魔族の“へら”だな」


「なにその覚え方!? しかもわたしの名前の言い方がなんかおかしいんだけど?」


「調理器具のへらで、確か二つ名は【おしぼりのへら】だろ?」


「オサボリよ! オ・サ・ボ・リ!! それに調理器具のへらじゃなくて、ただのヘラって名前よ!!」



 この短い間に鋭い突っ込みをしたのが効いたのか、肩で息をしている。別に俺が何かしたわけではないんだがな。……いや、したのか?



 というわけで、やってきたのはいつかの女魔族ことヘラだった。相変わらず布面積の少ない服を身に着け、大きな二つの双丘をばいんばいんと揺らしながら、場所が場所なら公然わいせつ罪で国家権力に与する組織のお世話になりかねない格好をしている。



 だが、ここでこのオシボリに出会えたのは僥倖だったかもしれん。ひとまずは、第二王女の目論見の一つである七魔将と魔王の無力化についての計画を潰しておくとしよう。



「ところでオシボリ」


「何度言えばわかるのよ! わたしは――」


「……いいから黙って聞け。いいか、第二王女が人間界に再び進攻しようとしているのは知ってるか?」


「はあ? 何よそれ。全然知らないわよ」



 俺の突拍子もない言葉に、素っ頓狂な声を上げ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするヘラに構うことなく、俺は続きを話し始める。



「でだ。その計画の一つとして七魔将と魔王を無力化してその隙に人間を攻めるつもりらしい」


「それが本当なら厄介なことになるわね。厄災の魔女の弟子。それは――いひゃいっ」


「癪だからその呼び方をするな。確かに、俺はあのロリババアに戦い方を教わったが、師匠として尊敬も崇めてもいないからな。だが、あれでも俺に戦い方を教えた存在だ。超えるべき壁としていつかあいつよりも強くなる」


「そんなことはどうでもいいのよ。今はサニヤ王女の動向が重要だわ」



 的確なヘラの突っ込みに、もう一発デコピンをかましてやろうかとも思ったが、存外に彼女の真剣な表情を見てその考えも霧散する。それから、彼女と第二王女の部屋で聞いた内容の共有を行い、事前に情報を与えておいた。



「ああ、言い忘れていたが、この件は七魔将のグリゴリという男も一枚噛んでいる」


「なんですってっ! グリゴリが!?」


「もしかしたら他の七魔将も関わっている可能性がある。まずは魔王に今回の一件を進言して、七魔将の方は信頼のおける者以外は慎重に情報の共有を行った方がいい」


「……そうするわ。情報ありがとう。ところで、なんでそんな恰好をしているのかしら?」



 ヘラは俺の魔族になった姿を見てそんな質問をしてきた。そういえば、魔族に変身している俺が、なぜあの時戦った人間だとわかったのだろうか? 気になったので、問い掛けてみると。



「そんな巨大な魔力を保持していて気付かない訳ないでしょ? 例えどんな見た目だったとしても、魔力の質が同じである以上あなただってすぐわかるわ。直接戦ったわたしなら尚更よ」


「その魔力は魔族なら誰でもわかるのか?」


「いいえ、魔力感知の能力が鋭い者しかわからないけど、魔王様や姫君たちならわかるかもしれないわね」


「なるほどな。じゃあ今度はそちらの質問に答えてやろう。実は、かくかくしかじかこれこれホニャララでな。そういうことだ」


「どういうことよ!? そんな説明でわかるわけないでしょ!!」



 俺の説明がちんぷんかんぷんらしく、ヘラが抗議の声を上げる中、俺はさらに彼女に言い募る。



「なにぃ!? わからんというのか? ハンニバルはこれで理解できたぞ?」


「ハンニバルって誰よ!? 仮にその人が理解できたからって、他の人が理解できるとは限らないじゃないの!」


「ちぃ、これだから魔族ってやつは……」


「それ魔族関係ない!!」



 などと漫才のような会話を繰り広げていたが、俺がここにいる理由などヘラからすればどうでもいいことだろうと話を切り上げようとしたが、どうやら彼女にとってはそうでもなかったらしく、結局経緯を説明することになった。



 もちろん、今俺が魔力固定の状態になっていることを隠して説明した。一応、念のためにな。



「話はこれで終わりだ。さっさと魔王に伝えてこい」


「言われなくても行くわよ。もうっ」



 最終的に不貞腐れながら踵を返そうとするヘラに、最後に質問を投げ掛ける。



「オシボリ」


「だからわたしはオサボリだって言ってるでしょ?」


「じゃあサボり魔」


「それは意味が違うからやめて頂戴」


「なんで、俺の言うことを信じたんだ? 俺は一応だが、お前らと敵対していた相手だぞ?」



 そう。これでも俺たちはオラルガンドの一件で敵対関係にあった。ヘラからすれば、そんな相手の言うことを素直に信じたことに疑問を感じたのである。だが、ヘラは「ああ、そんなこと」と言いながら、面倒臭そうに答えた。



「あなたがその気になれば、それこそ魔法一発でわたしを消し去ることもできるはず。なのに、わざわざそんな回りくどい嘘を吐く必要がどこにあるの?」


「なるほどな合点がいった」


「もういいかしら? わたしも忙しいのよ」


「最後に一ついいか?」



 俺は早くこの場を去りたいヘラに向かって、真顔になりながらためを作ってもったいぶるように言い放った。



「……またおっぱいがこぼれてるぞ?」


「え? ……きゃ、きゃあぁー!!」



 またしてもヘラの乳房がさらけ出していることを指摘すると、それにようやく気付いたヘラが悲鳴を上げる。俺も用事が済んだので、一言だけ「じゃあ俺も戻るわ」と言ってその場を後にする。



 俺の耳に微かに届いたヘラの言葉は「二度も見られた。父上にも見られたことないのにぃー!!」だった。



「それは、子供の時に絶対見られてるだろ。まあ、どうでもいいけどな」



 そんな俺の冷静な声が届くことはなく、打ちひしがれる様な姿を晒すヘラは、しばらくその場に両手両膝を地に付けORZ状態でいたのだった。

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