206話「解呪」



「【ハイディスペル】」



 俺は解呪魔法のさらに上位に位置する【ハイディスペル】を唱える。だが、これでもサーニャの呪いを解呪することはできなかった。一体どれだけの呪いが込められているのか、この呪いを込めた相手を問い詰めたくなるが、今はそんなことよりも彼女の解呪が優先だ。



「まさかこれを使わされることになろうとはな。……解呪せよ【エクスディスペル】!!」



 さらに上位の解呪魔法である【エクスディスペル】を唱えるも、サーニャが目を覚ますことはない。しかし、さすがの上位の魔法だけあって、呪いの完全発動までの時間が四十六時間から百七時間にまで延長させることに成功する。



「まさか、解呪魔法の中でも上位に位置する【エクスディスペル】を使えるなんて」


「さすがはローランドさんですね」



 などとテリアとサーラからお褒めの言葉をいただいたが、現状サーニャの呪いは解呪できていないのが現状だ。だが、まだ俺には切り札がある。



「三人とも少し離れていてくれ。ちょっと強力なやつを使う」


「え、大丈夫ですよね?」


「たぶんな」



 念のため、彼女たちを下がらせ、俺はさらに強力な解呪魔法を使うため魔力を集中させる。さすがの俺でも、この魔法だけは意識を集中しないと発動すらしない魔法であるため、全神経を魔法に注ぎ込む。



「すべてをあるべきものの形に、塵は塵に灰は灰に、かの者に憑りつきしものあらば、それをもって無に還せ! 霧散せよ【パーフェクトディスペル】!!」



 俺が魔法を発動させると、まばゆい光がベッドを包み込む。解呪系統の魔法の中でもかなりの上位に位置するのが【パーフェクトディスペル】であり、その効果は絶大だ。



 一応詠唱のようなものを唱えているが、俺はすべての魔法を無詠唱で使えることができるため、ただの雰囲気作りでしかないのだが、それでも何も言わない時よりも集中力が増すため、敢えて言葉にしてみたのだ。



「う、うーん」


「お姉様!」


「サーニャ様!」



 光がおさまると同時にサーニャの瞼が僅かに動き、目を覚ましそうな声を出す。それに反応したのはサーラと侍女の女性で、その声が届いたのか、動いていた瞼が開かれ、眠っていたサーニャが目を覚ました。



「なんですか、騒々しいですね」


「サーニャお姉様!!」


「サーニャ様!!」


「サーラもティリスも一体何事ですか?」



 いきなり抱き着いてきた二人に、サーニャは戸惑いの表情を浮かべる。どうやら、侍女の女性はティリスという名前らしい。



 その後サーラから自身が何者かによって呪いを掛けられていたこと、それを俺がどうにかしてくれたことを説明する。



「そうだったのですか、二人とも心配を掛けましたね」


「サーニャお姉様が無事なら問題ありません」


「私もです」


「時にローランド様でしたね? 助けていただき、ありがとうございます」



 そう言って、俺にぺこりとお辞儀をしながら助けてくれたことにお礼を言うサーニャ。それに続くように、サーラとティリスの二人も感謝の言葉を口にする。



「本当にありがとうございました! やっぱりローランドさんに頼んで正解でした」


「……ていない」


「え? なんですか?」


「だから、まだお前の姉の呪いは解けてはいない」


「うぇっ!? どどど、どいうことですかぁー!?」



 俺の言葉が予想外だったのか、素っ頓狂な声をサーラが上げる。だが、それも無理のない話だろう。呪いによって今ままで目が覚めなかった者が目を覚ませば、それは呪いが解けたからという答えに辿り着くのは想像に難くない。では、今回は違うのかといえば、その通りと俺は答える。



 確かに、サーニャには解呪系でも屈指の魔法【パーフェクトディスペル】を使ったことにより、ここ二、三日でどうにかなるという危機は脱したと言える。だが、それは一時的に呪いの効果を完全に発動させるのを延長させた程度でしかなかったのだ。



「お前の姉にどれだけ恨みがあるのか知らないが、俺の【パーフェクトディスペル】を使っても呪いの効果を二十日に延長させるだけで精一杯だった。このままだと二週間ほどで再び昏睡状態に戻り、二十日経てば完全に寝たきりとなって、二度と目を覚ますことはないだろう」


「そ、そんな」


「だが、悪い話ばかりでもない。これだけ強力な呪いを掛けるためには、何千人単位という贄を捧げるか、特殊な呪いのアイテム、それも神話級のものでなければ【パーフェクトディスペル】に耐えるなど不可能だ。つまり……」


「お姉様に呪いを掛けた者が所持しているその呪いのアイテムを壊すことができれば……」


「ご名答。呪い自体を維持できなくなり、自然と元の状態に戻るはずだ」



 そんな強力な呪いのアイテムが、ごろごろとそこらに転がっているのかという疑問もあるが、俺の【超解析】を弾いてしまう神話級の魔道具が存在しているのだから、それと同等の呪いアイテムがあっても何ら不思議ではない。



 そうなってくると、問題は誰が所持しているのかということになってくるのだが、これは大体の見当がついているため、その答えに行きつくのは難しくない。



「おそらく呪いのアイテムの所持者は……」


「サニヤお姉様、ですね……」


「それが一番可能性が高いからな。そこでだ。それが正しいのかどうか確かめるため、俺一人で第二王女の元を訪ねてくる」


「き、危険です! それに、サニヤお姉様がローランドさんに会うとは限らないのでは?」


「問題ない。誰にも見つからないよう勝手に訪問するからな」



 それを聞いたサーラが「それはもう訪問ではなく、潜入なのではないですか?」という追及を黙殺すると、今度はサーニャが俺に尋ねてくる。



「ローランド様、どうしてそこまでして私たちを助けてくれるのですか? こう言っては何ですが、あなたにそこまでさせる利があるとは思えません」



 サーニャの指摘している内容は的確だ。今回の一件に関して、俺にプラスになる要素は解除石の結界を解除するという条件のみで、それ以外の報酬は約束されてはいない。さらに加えて、魔族である彼女らは元々人間からすれば敵対する相手なのだ。もし俺が人間であると知ったら、ますますサーニャは俺が手を貸すことを疑問に思うことだろう。しかし、一つだけ言うのなら、そうだな……。



「気に入らないからだ」


「気に入らない?」


「ああ。はっきり言って、俺はお前らがどうなろうが、知ったとことではないと思っている」


「ローランドさん!?」


「だってそうだろ? お前らは俺の家族か? 違う。命よりも大事な存在か? 違う。利用できる便利な道具か? 違う。ならば、俺が今お前らに手を貸すのは、お前らだからという理由ではないということだ。じゃあ、その理由はと聞かれれば、俺が気に入らないからだ。それ以外の理由はない」



 そう、気に入らない。この俺が進もうとしている先に割って入る愚か者ほど鬱陶しいものはない。だから、俺はそんなやつらをなぎ倒していくのだ。己が信念を貫くために……。



 そして、これからも俺は自分のやりたいようにやるのである。だた、できれば面倒な事には首を突っ込みたくはないが、今回のように何事にも例外というものがあるので、そこはTPOを踏まえて行動していきたいと考えている。



「とにかくだ。俺が今回動いているのは、自分のためであってお前たちのためではない。自分のために動いているのだから、俺からしたら十分に利があることだ」


「ふふふ、サーラがあなたに頼りたくなる気持ちが何となくわかりました」


「お、お姉様!」



 俺の返答に満足したのか、口元に笑みを浮かべながらそんなことを口にする。それに対し、サーラが抗議の声を上げているが、そんな彼女の抗議もなんのそのといった感じだ。



 そんな二人のやり取りを微笑ましそうに使用人二人も傍観しており、部屋全体がほんわかとした雰囲気に包まれていた。



「とりあえず、サーニャの病気に関しては二週間は大丈夫だ。その間に、問題となっている第二王女をなんとかすれば、万事解決だな」


「ローランドさん、また非道なことを言わないでくださいよ?」


「ダメなのか? それが一番手っ取り早いんだぞ? 死人に口なしだ」


「何の話ですか?」



 俺とサーラの話の内容がわからないといった感じでサーニャが問い掛けてきたが、サーラの「なんでもないですよ?」と言いながら、必死に俺との会話の内容を悟られまいとする彼女の言葉に、サーニャは怪訝な表情を浮かべる。



「まあ、サーラの姉の件はこれくらいにして、ちょっと第二王女の様子を見てくる」


「お待ちくださいローランド様」


「なんだ、サーラの姉よ」


「それです。先ほどからサーラの姉、サーラの姉と言っておりますが、私にはサーニャというれっきとした名前があるのです」


「だからなんだ?」



 本当はサーニャの言わんとしていることは理解していたが、敢えて理解していない振りをした。だって、彼女のことを名前で呼びたくないんだもん。



 だが、そんな俺の本音を知ってか知らずか、珍しく有無を言わせない雰囲気で、彼女が俺に名前を呼ばせようとする。



「ですから、サーラと同じように私のこともサーニャとお呼びください」


「さて、これから俺は第二王女の元へ行ってくる。後のことは任せたぞ」


「あっ、お待ちください! ……逃げられてしまいました」



 サーニャの呼び止める声に気付かないよう、俺は素早くその場を後にした。後に残されたのは、可愛く頬を膨らませたサーニャと、そんな彼女を見て苦笑いを浮かべる面々であったことは言うまでもない。

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