196話「急展開」



「という訳なの」


「おーうおうおうおう、そうかそうか。そりゃあ、大変じゃったのぅ」


(チョロ過ぎんだろ爺さん。あんたさっきまでの威勢はどうしたんだ? 俺たち余所者だったんだろうが)



 役立たずのサーラを放っておいて、俺は打ち合わせ通りに村長に事情を説明する。最初はサーラの時と同じように敵愾心を剥き出しにしていた村長だったが、俺が説明していくうちに、徐々に態度が軟化していき、最終的には目に涙を浮かべながら嗚咽を漏らしていた。



 そして、これは謎なのだが、事情を知っているサーラまでもが泣いていたのはさすがに呆れを通り越して引いてしまった。……お前、事前に俺と打ち合わせしたよな?



「あいわかった! そういうことなら、この村の滞在を許可しよう。なんなら、うちの村の一員になったらええ」


「ううん、お父さんもお母さんもきっと僕たちのことを心配してると思うんだ。だから、僕たちは魔王都に帰るよ」


「そうか。うん、そうか。辛いと思うが頑張るんじゃぞ」


「ありがとうお爺ちゃん」


「おっふ。……なんという幼気な笑顔じゃ。年寄りにはちと眩しすぎるわい」



 村長の言葉ににっこりと笑いかける。その瞬間、村長は妙な声を上げて何かを呟いていたが、声が小さかったため、俺の耳には届かなかった。



 なんとか村長との会談も終わり、俺たちは最初に通された家に戻ってきた。村長の話では、そこにはもともと若い夫婦が住んでいたらしいのだが、十日ほど前に都会に越していったらしい。どうりで家具が少ないわけだ。



「おい、何か俺に言うことがあるんじゃないのか?」


「そうですね。ここはやはり言わなければならないと思います」


「わかってるじゃないか? で?」



 家に戻りサーラと二人きりになった瞬間、俺はサーラ詰め寄った。あれほど具体的な打ち合わせをしたにも関わらず、肝心なところで何の役にも立たなかったのだから、謝罪の言葉の一つもあって然るべきだ。



 彼女もそれを理解しているのか、真剣な面持ちでこちらの視線を受け止めている。そして、意を決したように俺に言い放ったのである。



「村長に説明しているローランドたんとっても可愛かったで――ほげっ」


「だと思ったよ! そういうコントのノリはもういいんだよ!」


「こ、こんとってなんですか?」



 何を真剣に考えているのかと思えば、俺が村長に必死こいて説明している間のことを宣ってきやがった。誰のせいでそういう状況になったと思っているんだ。こいつはそれを理解しているのか?



 ふざけたことを言うサーラの頭にチョップを落とし、制裁を加える。俺のコントという言葉の意味がわからなかったらしく、コントについての質問があったが、面倒なので答えることはしない。



 そんなやり取りを行っていると、村人の一人が家に入ってきた。先ほど門番をしていた男の一人で、今は槍を持っていない。どうやら、他の者と交代してきたようだ。



「どうやら、村長の許可が貰えたようだな。村長から気にかけてやれというお達しがあった」


「ありがとうございます。短い間ですが、お世話になります」


「お世話になります」


「おう。自己紹介が遅れたが、俺はライドっていうんだ。よろしくな」



 それから、お互いに自己紹介をしてライドとはそれで別れることになった。客人扱いの俺たちとは違い、村人たちには畑仕事などの日課をこなす作業がある。



 ライドの訪問をきっかけに暇を見つけては村人たちが挨拶に来てくれた。ちょっと困ったのは、若い村人の女性が俺を見るや否やぬいぐるみのように抱き着いてきたのには若干戸惑った。



 未だそういった恋愛感情は湧かないといっても、さすがに柔らかい感触と女性特有のいい匂いのダブルパンチは何も思うところがないわけではなく、サーラが割って入ってくれなければ危なかったかもしれない。



 その時、俺に抱き着いた女性には「あなたのお姉さんは、弟大好きなブラコンさんなんですね」というあらぬ誤解を生んでしまう結果となってしまったが、実際俺が弟モードを演じている時の彼女の反応を思い出し、俺は女性の言葉を否定することができなかった。



 そんな一幕がありつつ、その日は村で過ごし村長の家で夕食をごちそうになった後、特にやることもないため、そのまま就寝する流れとなったのだが……。



「……」


「さあ、ローランドたんはお姉ちゃんの隣で寝ましょうねー」


「おい、ベッドは二つあるから一人一つでいいだろ?」


「それじゃあ、私がローランドたんの寝顔を見れない――うおっ」



 サーラが良からぬことを企んでいたため、そのままベッドのシーツで簀巻きにしてベッドに放り込んだ。簀巻きにされた物体から「んー、んー」という呻き声が聞こえていたが、俺の知ったことではない。



 しばらくするとサーラが寝たのか呻き声も聞こえなくなったので、俺はそのまま意識を手放した。



 翌日、朝起きると簀巻きになったサーラを解放し、昨日と同じく村長の家で朝食をいただいていると、血相を変えた村人がやってきた。



「何事じゃ」


「大変だ村長! 村の外にオーガの群れが!!」


「な、なんじゃと!?」


(オーガの群れ……。まさか、あの時倒したオーガの)



 そのオーガの群れに心当たりのあった俺は、魔物図鑑に載っていたオーガの習性についての記述を記憶の中から引っ張ってくる。



 確か、オーガはゴブリンやオークと同じく群れを成すモンスターに分類され、その中でもオーガはBランクに位置付けられている。だが、それはオーガ一匹当たりのランクであり、これが群れともなるとその脅威度はAランクにまで跳ね上がる。



 モンスターを研究している学者の話によると、こういった群れを形成するモンスターたちはお互いを魔力で認識しており、その魔力の供給が無くなると仲間がやられたことを察知する習性があるらしい。



 そして、やられたモンスターの仇を取るため、どこまでも追い掛けてくるらしい。これを【リンク】といい、群れを形成するモンスターに備わっている能力だと一説では言われている。



 つまり、俺が倒したオーガキングがやられたことを知った群れのオーガたちが、俺に報復しようと追い掛けてきたことになる。直接的でないにしろ、間接的にこの状況を生み出した可能性があるということだ。



「村の男どもを集めるのじゃ! 戦えない者は中央の広場に避難するように伝えろ!!」


「わ、わかった!」



 村長の的確な指示を受け、村人が走り去っていく。当然こんな状況で朝食を食べている場合ではなく、俺たちは村の広場に避難することとなった。



 広場には、戦う力のない女子供や置いてまともに動けない老人などが集まっていた。皆一様にいきなりやってきたオーガの群れに恐怖しており、誰もが不安げな表情を浮かべている。



「サーラ。ちょっといいか」


「どうしたんです?」


「もしかしたら、この状況になったのは俺たちがここに来たからかもしれん」


「どういうことですか!?」



 周囲の人間に聞こえないようひそひそ声で、オーガの持つ習性と俺がそう結論付けた理由を説明してやると、難しい表情を浮かべたまま「確かに、それが本当なら可能性はありますね」と俺の意見に賛同してくれる。



「じゃあ、どうするんですか!? このままだと村の人たちに被害が出ますよ?」


「だから、打って出ようと思う。だが、今回は俺じゃなくサーラに戦ってもらうとしよう」


「な、ななななんで私が!? 私なんて戦えませんよ? サーラですよ? あのサーラですよ!?」


「あのサーラだか、どのサーラだかは知らんが、これは決定事項だ。お前に拒否権はない!」


「そ、そんなぁ」



 とにかく、この状況を作った原因は俺なのだから、どうにかするのが筋だ。だが、俺が戦うと猫かぶりがバレてしまう。そこで、サーラの出番である。



 事情説明の際、鳥型のモンスターに攫われたと言っていたが、その鳥を戦って倒したということにして、サーラに戦闘能力があるという設定を新たに設ける。



 もちろん、実際に戦うのは俺で他の連中に気付かれずサーラをラジコンのように遠隔操作して戦えば、第三者の目から見れば彼女が戦っているように見えるという寸法だ。



「ホントにそんなことできるんですか?」


「初めてやるが、おそらくは大丈夫だろう」


「凄く不安なんですけどぉー?」



 もうこれしか選択肢は残されていない。いや、もっと思考を巡らせば別の選択肢が存在するのかもしれないが、その思考に労力を割くことを俺自身が拒絶している。端的に言えば、面倒臭いのだ。



 とにかく、オーガの群れが迫っている以上あまり悠長には言ってられない。すぐにでも戦闘が始まるかもしれない状況の中、俺はサーラに魔法を使う。



「【スリードマリオネット】」


「あっ? えっ? ちょっ?」



 俺は混沌魔法の中で相手を人形のように操る魔法【スリードマリオネット】を使って、サーラを操り人形に仕立て上げる。原理としては、魔力で作った糸を相手に張り付かせることで、まるで傀儡人形のように操作が可能となる。



 ただし、魔法に対する抵抗力の高い者や魔法を使う対象との距離が開いてしまうと、途端に成功率や意志の伝達率が悪くなるという欠点を持っているため、あまり使いどころのない魔法だ。



 初めて使ったこともあって、操作感に少し違和感があるが、そのうち慣れるだろう。それまでサーラには迷惑を掛けるかもしれんが、そこは我慢してほしい。



「どうだ。操り人形になった気分は?」


「その言い方は嫌ですけど、不思議な感じがします。歩いているのに自分の意志に反しているというか、よくわからない感覚です」


「そうか」



 それから、少しだけサーラに付き合ってもらい、操作の感触を掴む練習をした後、そのまま村の男たちが集まっている場所へと向かうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る