195話「魔界の村と、初めての弟モード」



「ぎょえぇぇぇぇええええ」


「え? なんだって?」



 マンティコアの背に乗り走り始めてすぐのこと、サーラが謎の絶叫をし始めたのだ。すぐにその理由に思い至り、指をパチンと鳴らして彼女にも風の結界を張る。



 そりゃあ、時速百キロは下らないマンティコアの背の上で野ざらし状態で乗っていれば、その風圧と空気抵抗はかなりのものだろう。そのせいでちょっと顔が不細工になってたしな。



「はあ、はあ、はあ」


「大丈夫か?」


「と、止めてって言ったじゃないですか! 死ぬかと思いましたよ!!」


「何を今更。お前、オーガキングに殺されそうになってただろ」


「そうですけど……そうですけど! そうじゃないんです!!」



 こいつは一体何を言っているのだろうか? 意図がよくわからない。オーガキングに殺される状況と今の状況、命が脅かされることに変わりはなというのに、なぜ彼女はこうも怒っているのだろうか?



 その後も、可愛く頬を膨らませながらぷんすか文句を言うサーラの声をBGMに高速で移動する。そのまましばらく走り続け、三十分もしないうちに目的の村近くまでやってきた。



 騒ぎになるといけないので、マンティコアを元に戻し歩き出そうとしたところ、サーラに服の裾を引っ張られる。



「なんだ?」


「その、ローランドさんって人間じゃないですか」


「何を今更言ってるんだ?」


「でもここって魔界ですよ? 魔界に人間がいるのって不自然だと思うんですけど」


「なるほど、確かに一理あるか。【サブスティチュートミラージュ】」



 サーラの指摘を受け、俺は幻術の魔法を自身に付与する。するとみるみるうちに俺の姿形が変化していき、見た目が完全に魔族になった。



 頭に生えた二本の角に黄色い瞳、そして魔族特有の褐色の肌。まるでそれは、サーラと同じような雰囲気を持っている。



「これでいいか?」


「ぽー」


「おい、これでいいかと聞いている」


「え、あ、は、はい! 問題ないと思いますですますです」


「なんでそんな噛み噛みなんだよ。まあ、問題ないならこれでいこう。それと、今から俺とお前は姉弟という設定にしよう。見た目も似ているし、問題ないだろう?」


「そそ、そうですね。それで問題ないかと思います。……姉弟、私がローランドさんのお姉ちゃん。へへ……」



 他の連中に俺が人間だと悟られないようにするため、サーラと姉弟という設定を用いることにした。彼女もそれを了承してくれたのだが、最後になぜかにやけた表情で何かを呟いていた。よく聞こえなかったが、まあいいだろう。



 そのまましばらく歩いていると、簡単な木製の柵に囲われた集落が見えてくる。入り口には門番が二人見張りとして立っており、俺たちの姿を見るや否や持っていた槍を構える。



「おい、お前たち何者だ! どこから来た!?」


「ローランドさん」


「お姉ちゃん、怖いよ……」


「はぅ……」



 俺に助けを求めようとしたが、俺は今絶賛サーラの弟ムーブを取っているため、気弱な少年のイメージで怖がってみた。だが、どうしたことか、それを聞いたサーラが素っ頓狂な声を上げ、その場にへたり込んでしまったのである。



 見張りをしていた男たちも何事かと警戒心を強めるが、とりあえずサーラの状態を確認するのが先決だ。俺は男たちに聞こえないようサーラの耳元で囁いた。



「おい、何やってるんだよ? ちゃんと姉弟の演技をしてもらわないと事前に決めた意味がないだろ」


「す、すみません。あまりの破壊力に、精神と膝が持ちこたえられませんでした」


「何わけわからんことを言ってるんだ? もういい、お前は空腹で動けなくなったことにするから、このままじっとしていろ」


「はい……」



 そんなやり取りをしていると、動かない俺たちを不審に思った男たちが槍を片手に近づいてくる。俺はサーラを心配する振りをして事情を説明した。



「ここ何日も食べてなくて、お姉ちゃんが動けなくなっちゃたんだ。お願いだよ。助けて」


「そうだったのか。待っていろ。すぐに食べ物を持ってきてやる」


(よし、上手くいきそうだぞ)



 俺の言葉を信じた二人が、急いで村から食べ物を取ってきてくれた。食べ物を受け取った俺は、未だうずくまっているサーラに食べ物を差し出した。



「お姉ちゃん、食べ物だよ。これを食べて」


「あのー、お腹空いてないんですけど」


「いいから黙って口に突っ込め(ボソッ)」


「んぐっ!?」



 俺は食べ物を無理矢理サーラの口に突っ込む、お腹が空いていないといっていた割にはしっかりと味わって食べるサーラに呆れながらも、俺も怪しまれない程度に食べ物を口にする。しばらくしてお腹も満たされた頃合いで、男たちが声を掛けてきた。



「腹は膨れたか?」


「ありがとうございます。なんとお礼を申してよいやら」


「気にするな、困った時はお互い様だ」



 腹も膨れて動けるようになった(という演技)サーラが、食べ物を持ってきてくれた男たちにお礼の言葉を述べる。ここは彼女の弟ムーブとしては、同じように礼を言うべきだろう。よし、そうと決まれば行動あるのみ!



「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう!」


「おぉ……なんという」


「これが尊いということなのか? 守りたいその笑顔」


「?」



 なんだろう。期待していたリアクションとは明らかに異なるものが返ってきたことに困惑する俺だったが、再びサーラが「はぅあ!」という訳のわからない声と共に地に伏してしまったため、急遽村の寝床を借りるということになった。



 運ばれていくサーラを傍らで心配する弟の演技をやっていた時、うわごとのように「ローランドたんかわゆす……ローランドたんかわゆす」という呪詛のような声が聞こえてきたが、俺がサーラの頭を撫でる振りをして、周りに気付かれないよう軽くデコピンをお見舞いすると静かになった。



 案内された家でサーラが目覚めるまで待たせてもらうことになったのだが、やはりというべきか、村の様相は人族のものとは異なっていた。



 通常一般的な村の家に使われているのは、周辺の木材を使った木造建築が主なのだが、魔族の場合これが特殊な建材を用いている。前世で言うところのコンクリートに近い建材を使っているらしく、内装は現代風ではないが、外装に関しては高層マンションの外壁のような見た目をしていた。



 おそらくは、周囲に自生する建築に使えそうな木がないため、土と何かを混合した建材を用いているのではないかと考えられる。僅かながらに魔力が感じられるため、推測ではあるが、土と魔力を混合したそれこそ魔力コンクリートのようなものではないだろうか。



 そんなどうでもいいことを考察しながらサーラが目覚めるまでに待つこと二十分、ようやく彼女が目を覚ました。



「んぅ……」


「起きたか」


「あぁ、ローランドたんだぁ~。お姉ちゃんです――いだっ」


「誰も見てないのに、姉弟の演技しても意味ないだろうがっ! いい加減目を覚ませ」


「ご、ごめんなさい」



 まだ寝ぼけているサーラの頭にチョップを落としてやると、ようやく目が覚めたようで、正気を取り戻す。とりあえず、村には入れたので結果オーライな状況だが、次に問題なのは村長との会談だ。



 いくら見た目が子供とはいえ、現在俺たちは村人以外の部外者として認識されている。なんとか自分たちは怪しい者ではないということをわかってもらうために、村長にそのことを証明する必要がある。



 しかし、見た目が子供の俺が説明しても実際の事実を信じてもらうには難しいため、村長との直接対決は年長者のサーラがすることになるのだが……。



「いいか、このあと俺たちは村長に会って事情を聞かれるから、こう答えるんだ。“旅の途中で道に迷ってしまい、右も左もわからないところで村を見つけた”とな。二人とも魔王都の出身にして、ここまでの道のりはサーラの鳥のモンスターに誘拐された話をアレンジして、俺が誘拐されたことにしよう。サーラはそれを助けようとして鳥にしがみついたことにすれば辻褄は合うはずだ」


「さすがローランドたん……いえ、ローランドさんですね。それでいきましょう!」


「……」



 俺の言ったことを本当に理解できたのか一抹の不安が残るが、これはサーラにやってもらわなければならないことなので、ここは彼女を信じることにする。



 仮に村長の信頼を得られなかったとしても、ここからすぐに出ていけばいいだけの話であるため、それほど気に病むこともないだろうしな。



 そんな気楽なことを考えつつ、俺たちは村長の家に向かったのだが……。



「この余所者めが! 何しにここへやってきた!? 村を荒そうというのなら、ただでは済まんぞ!!」



 村長の家に入って早々、出迎えられた人物にそう捲し立てられてしまう。どうやらこの村の村長はかなり気難しい性格のようだ。



 だが、“話せばわかる”という言葉もある通り、ちゃんと理由を言えばわかってもらえるはずだ。さあ、サーラよ。この気難しい村長に事前に打ち合わせした話を……。



「あわあわあわあわ」


「ええい、答えんか! 貴様らは何しにここへ参ったのだ!?」


「……」



 村長の剣幕に、ただただあわあわとするサーラ。そんな彼女を見て、俺の信頼は脆くも崩れ去った。仕方がないので、彼女に成り代わって弟モードを維持したまま、俺は村長に事情を説明することにした。

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