191話「新作料理」


 セコンド王国との戦争も集結し、理想的な緩い生活を送っていたある日のこと。屋敷で朝食を取っていた俺は、出された食事の味に違和感を覚える。



「いつもと違うな」


「そうでしょうか? 私にはいつも通りに思えるのですが」



 俺の呟きに一緒に食事をしていたソバスがそう答える。他の者も違和感なく食事をしているが、前世の食文化に浸りきった俺の肥えた舌が、この食事には違和感があると伝えてきている。



 ひとまず、食事を済ませ厨房へと足を運ぶ。中に入ると、そこには当然だが料理人のルッツォが昼食の仕込みをしている姿があった。



「ルッツォ、少しいいか?」


「は、はい……なん、で、しょうか……」


「お前、体調が良くないんだろ?」



 そこにいたのは、額に汗をかきながら息を切らして働いているルッツォだった。その様子は明らかに衰弱している様子で、体調が悪いということが一目見てはっきりとわかる。



 とりあえず、今のルッツォの状態を調べるため、贅沢ではあるが【超解析】を使い、今の彼の状態を確認する。





【名前】:ルッツォ


【年齢】:三十八歳


【性別】:男


【種族】:人間


【職業】:料理人(冒険者ローランドの屋敷勤務)



体力:500(900)


魔力:100(160)


筋力:E-


耐久力:F


素早さ:F-


器用さ:B-


精神力:D-


抵抗力:C-


幸運:F



【スキル】


 掃除Lv2、料理Lv6、身体強化LV0、集中Lv0、水魔法Lv0



【状態】


 忠誠(大)、疲労(大)、衰弱(大)、病気(疲労による体調不良)





 ステータスに関してはこの際置いておくとして、ルッツォの体調は疲労からくるものであり、命に関わるような重大なものではなかった。



 そのことについてはよかったと思うのだが、状態の中に忠誠があるということは、その対象は……言うまでもないよな。



 まあ、とにかく彼の雇い主である俺としては、福利厚生はしっかりとしていきたいと考えているため、今の状態を放っておくわけにはいかない。



「どうやら、疲労からくるただの風邪のようだな。今日はもういいから、自分の部屋でゆっくりと休め」


「い、いえ。そういうわけには、いきません」


「いいか、別に体を壊すことを責めるつもりも、それで仕事ができなくなることについても咎めることはしないぞ俺は。寧ろ、そんな劣悪な環境で働かせていた状態を放っておいた俺に責任がある」


「……」



 俺の言葉に、反論するつもりもなくただルッツォが項垂れている。ひとまずは、彼の病気を何とかするため、病気を治療することにする。



「【キュアメディスン】」


「こ、これは……」



 すぐにルッツォの顔色は良くなり、超解析で再び彼を見てみると、疲労や衰弱などの悪くなっていた状態が改善されていた。



 だが、ただ病気を治療して「治したからすぐに働け」などという鬼畜発言をするつもりはない。寧ろ、このような状態になったということは休息が足りていないために起こったことなので、今日はこのまま大事を取って休ませることにする。



「魔法でお前の病気を治した。だが、病み上がりであることに変わりはないから、今日は自分の部屋で休め」


「ローランド様、ありがとうございます。もう大丈夫ですので、このまま働かせていただけないでしょうか?」



 俺も前世はバリバリの仕事人間だったため、働いている時は体調が悪い時でも何もしないより返って調子が良くなったりすることがあった。ルッツォもバリバリの仕事人間のタイプであるらしく、何もしていないと落ち着かないのだろう。



「ダメだ。今日は自分の部屋で大人しく休んでいろ」


「ですが、それでは今日の料理は誰が作るのですか?」


「仕方がない。今日の料理は俺が作ることにする。丁度、新しく作りたい料理があったからな」


「ローランド様の新作料理! ローランド様、お願いします。是非とも私にお手伝いをさせてください!!」


「ダメだ。今日は部屋で休んでいろ」


「そ、そんな……」



 ルッツォには、ある程度前世の料理を一通りできるようにレシピを教えている。実質的に、俺の弟子のような存在となってしまっているのだが、最近俺が料理を作ることに過剰なまでの興味を示すようになっていた。



 料理人として、見たことも聞いたこともない料理に興味津々なのはわからなくもないが、少しは自分の体も大切にしてほしいものだ。



「後でレシピを書いておいてやるから、今日は休むように。わかったな?」


「は、はい……」



 レシピを書いてもらえるならということで、不承不承ながらも納得していたが、俺が昼食の仕込みをするために準備をしている最中も厨房を出ていこうとしなかった。



 仕方なくソバスを呼んで事情を説明し、強制的に厨房を追い出す形でルッツォを連れ出してもらった。彼が厨房を出る際も最後まで抵抗していたが、俺の指示を受けたソバスが迅速に彼を部屋まで連れて行った。



 ソバスに説明している際、俺が使用人の料理を作ることに抵抗があるのか「ローランド様に我々の料理を作っていただくわけには……」ということを言っていたが、新作料理の試食も兼ねていることを伝えると、渋々ながらも俺が料理をすることに納得してくれた。



「さて、邪魔者も消えたことだし、久々にローランドのイケイケクッキングのお時間ですっと」



 一人になったところで、誰もいない厨房に久々のイケイケクッキングを宣言する俺の声が響き渡る。今回作るのは、前世では家庭でよく食べられていたありふれたものを作るつもりだ。



 まず、ジャガイモの皮を剥き芽を処理しておく。熱したフライパンに、オラルガンドのダンジョンで手に入れたビッグホーンバッファローの肉をひき肉にしたものを入れ炒めていく。



 肉の色が変わってきたタイミングで、みじん切りにした玉ねぎを入れ、玉ねぎがしんなりするまで炒めていき、肉に火が通ったら粗熱を取るためフライパンを火から下ろす。



 それと同時並行で、沸騰した鍋にジャガイモを入れ、茹で上がったらそれをボウルに移し木のヘラで潰しておく。



 粗熱を取った肉と潰したジャガイモを混ぜ合わせ、それを楕円の形に整える。パンで作ったパン粉をまぶし、イエロープラントから抽出した油を使ってきつね色になるまで揚げれば完成である。



「というわけで、コロッケの完成だ」



 もうお分かりだろうが、俺が作っていたのはコロッケである。最近まで植物性食物油がなかったため、揚げ物系の食べ物を作ることができなかったが、孤児院や屋敷にある畑でもイエロープラントを栽培し始めたため、ある程度の量を確保できるようになったのだ。



 そんなこんなで、前世ではどこにでもあるありふれた食べ物であるコロッケが、この世界に誕生した瞬間であった。



「さっそく一つ味見してみよう。……いただきます。はむっ」



 味見がてらできあがったコロッケを一口齧り付く。コロッケの理想的な外はサクッと中はホクホクという状態にできあがっており、文句ない出来だった。



「うん、美味い!」



 思わず口に出してしまうほどに懐かしい味に、すぐに一個を食べてしまい、二個目に手が出そうになるのをなんとか自制する。



 これでも十分に美味いのだが、もう一手間としてマヨネーズと卵と玉ねぎを使い、みんな大好きタルタルソースを作ってみた。



 コロッケといえば、ほとんどの人がソースをかけて食べるだろうが、俺としてはタルタルソースが一番美味いと思っている。



 人の味覚は千差万別であり、それに絶対的な正解はない。もし一つの答えを出そうとすれば、それこそ戦争になりかねないだろう。その手の話で特に有名だったのが、キノコとタケノコを模したお菓子のどちらが美味いのかというキノコタケノコ問題だ。



 だからこそ、今回のコロッケにタルタルソースという一見異色な組み合わせも、一つの食の答えとしてアリなのではと俺はそう思っている。



 コロッケの他にも、野菜サラダと柔らかい自家製パンにデザートとして果物のゼリーを出すことにする。普通の料理人であれば、昼食の直前に作らなければならないが、時間経過のないストレージを持っている俺はそんな心配はない。



 使用人全員の分の昼食を作り終えた後、生産のことについていろいろと構想を考え、昼食の時間になったので、食堂に向かう。



 食堂には使用人たちが集まっており、そこには安静にしているルッツォの姿もあった。ソバスから話が伝わっているのか、俺の料理の味を知っている全員が期待に胸を膨らませているようだ。



 ストレージに収納した料理を使用人たちに配ると、俺の「では、いただこう」という声と共に昼食が始まった。使用人の反応は概ね良好で、一人二個のコロッケを用意したのだが、中には足りなかった使用人もいたため、追加で出してやる。



 出された食事をぺろりと平らげた使用人たちに、デザートのゼリーを出してやると、嬉々として食べ始めた。特に女性陣には好評で「ここで働けて幸せ」という言葉が漏れ出るほどだった。



 昼食後、ルッツォがコロッケのレシピについて問い掛けてきたが、それは夕食後に渡すということで話をつけた。



 それから、昼食後は米を使ったご飯に味噌と醤油、それに酢の作製にチャレンジし、それが上手くいったので、さらに美味くなった煮物を出すことにし、久しぶりの和食に舌鼓を打った。



 夕食ももちろん大好評で、ルッツォは未知の料理に歓喜し、他の使用人たちは黙々と料理を堪能していた。



「たまには、こういうのも悪くないな」



 その言葉を耳聡く聞いた使用人一同は、気が向いたらまた料理を作ってほしいとせがんできたが、今回のように新しい料理の開発のついでならばを彼らの願いを叶えてやることにした。

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