190話「国王の呼び出しと、少女の決意」



 さらに数日の時間が経過した。その間に王都の人々にも戦争が終結した情報が広まっており、連日お祭り騒ぎのような状態が続いていた。



 表面上の理由としては、バイレウス辺境伯が孤軍奮闘しセコンド王国の兵を引かせたという情報が飛び交っている。もちろんこれは事情を知っている国王たちが流したデマである。



 本当は俺一人ですべて片付けてしまったのだが、こういったことは国単位での解決方法が望ましいと考えている。それ故に、国に属する辺境伯が手柄を立てた方向で話を進めた方が何かと問題ないのだ。



 仮に俺個人のみの力で戦争を終結させてしまったことが広まれば、その力を利用しようと画策する者の相手をしなければならないし、逆にその力がこちらに向けられないよう暗殺者を送り込んでくる者もいるかもしれない。



 そういった連中を相手にするのはさすがに面倒だし、そんなことをしている暇があれば、生産などの未だに滞っている案件を進めた方がいくらか建設的なのである。



 そんな思いを国王に伝えると、二つ返事で「なんとかする」と約束してくれ、その結果がバイレウス辺境伯の活躍という噂を流すというものだった。



 元々バイレウス辺境伯は、セコンド王国と隣接する領地を治める領主であり、シェルズ王国内でも武勇に優れた武人であるという話が広まっていた。そのため、セコンド王国の兵を引かせたという話の信憑性は高く、彼を知る人間であればそういったことをしても不思議ではないというのがバイレウス辺境伯に対する周囲の評価であった。



 そこに目を付けたわけではないが、こちらの思惑とは別の意味でバイレウス辺境伯の武人としての評価が高かったが故に、妙な小細工をせずともバイレウス辺境伯が戦争を終結させたという突拍子もない話は、すんなりと受け入れられたのである。



 当の本人であるバイレウス辺境伯は、何の武功も立てていないのに人々が称賛することを複雑な心境で受け止めていたが、俺に恩を返したいという思いから、自分が称賛されることで俺のためになるという結論に至り、俺の隠れ蓑として頑張ってくれている。



「今日はどうするかな」



 この数日の間に、俺は手付かずだった生産に関する案件をいくつか進めている。手付かずの案件といっても、精々が孤児院や商会の連中にアドバイスをして個人の生産技術を高めたり、新たな作物を育てるよう指示を出したりといった程度だ。



 それでも停滞していた状況が変化することに変わりはなく、俺のアドバイスを聞いて助かっている人間も少なからずいた。



「失礼いたします。ローランド様、国王陛下による呼び出しがあったようですが、いかがいたしましょうか?」


「国王が?」



 そんな日々を過ごしていたある日のこと、珍しく屋敷の自室で寛いでいた俺の元にソバスがやってきた。詳しいことはわからないが、どうやら国王が俺を呼んでいるらしく、何か重大な問題でも発生したのかと考えた。それこそ、俺が出向かなければならない事態になっているほどに。



「わかった。じゃあ、ちょっと行ってくる」


「行ってらっしゃいませ。留守はお任せください」


「ああ」



 それだけ伝えると、俺は国王の執務室に瞬間移動する。国王も手慣れたもので、いきなり俺が現れても最早驚くこともなくなった。



「来たぞ」


「来たか。まず初めに言っておくが、緊急事態ではない。お前に話があるという者がおるから俺が呼び出したのだ」


「誰だそれは?」


「私です」



 声のした方に顔を向けると、そこにいたのはティアラだった。彼女を見た瞬間、俺は国王に顔を向ける。国王としても、こんな形で俺を呼び出したくはなかったのだろう、申し訳なさそうな顔をしている。おそらく娘の頼みということで、俺との関係が悪くなる可能性を差し引いても、彼女の願いを叶えたといったところか。



 そんなことを頭の中で考えていると、突然ティアラが床に平伏し頭を下げた。突然の出来事に俺も、そして父親である国王も驚いてしまう。



 いくら俺が国にとって重要な人物であろうとも、一国の姫である彼女が一介の冒険者相手の俺にそのような行動を取るということが常軌を逸しており、彼女自身がそのような行動に出るという予想だにしないかったため、意表を突かれる形となあってしまったのだ。



「なんのつもりだ?」


「ご覧の通りです。今回の私の先走りが原因で、ローランド様に迷惑を掛けてしまったことを謝罪いたします」


「……」



 どうやら、自分の独断で勝手に婚約の話を俺に押し付けてしまったことを謝りたかったようだが、それならば何故直接呼び出さずに国王の手を借りたりしたのだろう。



 特に謝りたいというのならば、自分で出向くのが筋だと思う。しかし、蝶よ花よと育てられたお姫様に、そこまでの道理を求めるのは酷というものなのかもしれない。



「ティアラ姫。まずは顔を上げてくれ。そして、俺の質問に答えろ」


「はい」


「お前が俺に謝罪したいということはわかった。ならば、なぜ国王の手を借りた? なぜ自分で俺のところに出向かなかった?」


「仮に出向いたとしても、あなたがまともに私と会ってくれないと考えたからです。ローランド様だって私が“会いたい”と言ってきたら、素直に会ってくれましたか?」


「……」



 沈黙は是であるという言葉があるが、まさにこの時の俺はそうだった。ティアラとの婚約騒ぎがあってからというもの、俺は意識的に彼女を避けていた節がある。だが、それも仕方がないことだとも思っている。



 いくら美人で性格のいい女の子だったとしても、婚約するとなるとまたいろいろと責任や義務のようなものが発生する。ましてや、それが結婚に直結する案件ともなれば、男はより慎重にならばければならない。



 特に俺の場合は、前世で生涯独身だった身であるため、結婚生活がどういったものであるかという具体的なイメージがない。精々が、家に帰ってきたら奥さんが迎えてくれて「お風呂にする? ご飯にする? それとも……わ・た・し?」というトレンディードラマに出てきそうな一幕が思い浮かぶだけだ。



 とにかく、自分が結婚した時の明確なイメージがなく、かつその相手が権力者の娘ともなれば、将来その権力者の後継者にさせられる可能性も決してゼロとは言えない。せっかく貴族の後継者の座から逃げられたのに、権力者……それも一国の王の娘との婚約など、さらに自分の首を絞める結果となることは想像に難くなかった。



「だが、それでもお前は一人で出向かなければならなかった。父親である国王や、ローレンとファーレンも巻き込んだことはお前の過失だ」


「はい……」



 俺の言葉を聞いたティアラがシュンとなって俯く。どちらにせよ、今回の婚約騒動は、彼女が少し暴走してしまったことがその原因の一端に変わりなく、それを謝罪するというのならば、やはりティアラは今回の一件において誰の手も借りずに俺に接触する必要があったと俺自身思っている。



 しかし、それでも一国の姫が現在絶賛平民生活を送っている俺にそこまでのことをするのは、やはり酷なことなのかもしれない。



「とりあえず、お前の謝罪は受け取った。俺との婚約は諦めて、他の相手と婚約の話をすすめ――」


「それとこれとは、話は別です。今はまだお互いに自分を見つめなおす時。それにこういったことは二人の気持ちも大事でしょうから、ローランド様がその気になってくれるまで待つことにします」


(ち、騙されなかったか。この世界の女性もなかなか聡い部分があるようだ。でも、待つといっても限度があると思うんだが?)



 このまま口八丁で婚約の話を諦めさせようとしたのだが、なかなかどうして騙されてくれなかったようだ。ティアラの決意は固いようで、可愛らしく胸の前で両手の握り拳を作りながら宣言する彼女に向かって俺は少々意地悪な質問をする。



「一生その気にならずに、おばあちゃんになるかもしれないぞ?」


「その時はその時です。私はもうあなた以外にこの身を捧げることは致しません」


「国王よ、それでいいのか?」



 ティアラの意志は固いようで、その決意を曲げさせることは難しい。なんとか助け船を出してくれないかと、国王に話を振ってみたが、親バカなのか返ってきた答えは国王にあるまじきものだった。



「国王としては許可はできないが、親としては応援してやりたいと思っている。それにあれは王妃に似て頑固だからな。言い出したら聞かないのだ」


「そういえば、俺この国の王妃に会ったことないんだが」



 そんな返答に呆れつつも、国王の口から王妃について言及があったため、ふと思いついたことを言ってみた。するとこんな答えが返ってくる。



「ああ、あれは出不精だからな。滅多なことでは人前に出てきやせん――」


「誰がおデブですって?」


「うん?」



 国王の言葉を遮るように執務室の前に立っている女性が口を開いた。いつの間に部屋に入ってきたのか、俺ですら気付かなかったが、国王との会話に気を取られていたということもあったのだろう。



 その顔は、どことなくティアラにそっくりであり、一目で彼女の母親だということがよくわかる。その顔立ちはもちろん整っており、絶世といっても過言ではない美女であるが、今の雰囲気は怒気を孕んだ感情が渦巻いており、明らかに怒っているのが見て取れる。



「ち、ちがうのだサリヤ。デブではなく出不精と言ったのだ」


「つまりデブの症状が出ているという意味でのデブ症ということですか?」


「なんでそうなる!?」



 いつも落ち着いた態度を取っている国王がここまで取り乱す姿は珍しく、俺が物珍しそうに彼を観察していると、突如彼女がこちらに向き直り挨拶をしてくる。



「お初にお目りかかります。私はこの国の王妃サリヤと申します。あなた様がローランド様ですね。主人から話は伺っております」


「左様でしたか。申し遅れました。私は一介の冒険者を生業としているローランドと申します。以後お見知りおきくださいませ」



 一応王族であるため、かなり堅苦しい挨拶を使ったのだが、それを不満に思ったのか頬を膨らませながら彼女が懇願してきた。



「嫌ですわ。主人やティアラと同じ口調で構いませんのよ。国王に畏まった態度を取っていないのに、その妻にそんな態度を取っていては、それこそ不自然ではないかしら?」


「確かにな。では、こんな感じでいいか?」


「はいっ! ……ところで、あなた。先ほどのデブ症についての件なのですけれど……」


「だから違うというに! お前の勘違いなのだ!!」


「では、何が違うのか今から私の部屋でたっぷりと説明してくださいまし。ローランド様、名残惜しいですが私少々用事ができてしまいましたので、今日はこれにて失礼いたします。また後日改めてご挨拶に伺いますので、いずれまた」


「ああ、わかった」



 俺との簡単な挨拶を済ませたサリヤは、国王の耳が引きちぎれるのではないかと思うくらいに引っ張り上げ、そのまま国王と共に執務室を後にした。



 一方の国王は「違うのだ! サリヤ、違うのだ!!」と断末魔の声のような叫びを上げていたが、彼女がそれを聞き入れることはなかたのであった。



「行ってしまったな」


「お母様はいつもああなんです」


「そうか、まあ夫婦の関係性っていうのは、例え実の子供でもわからないということなのだろうな」


「そんなもんですかね」



 夫婦としての在り方など人それぞれであり、どんな形であれ当人同士が納得していれば、例え他人がどう思おうとも成立してしまうものなのだ。



 俺としては、ああはなりたくはないが、あれで国王が幸せなら赤の他人の俺がとやかく言うことではない。そう、幸せならばの話だがな……。



「まあ、ともかくだ。これでお前の用は済んだのだろう? なら帰らせてもらうぞ」


「はい。ローランド様、いつまでもお待ち申し上げております」


「……。それよりも、今回の件で迷惑を掛けた国王やローレンとファーレンにもちゃんと謝っておくんだぞ?」


「はい、もちろんです!」



 ティアラの元気な返事を確認した俺は、そのまま瞬間移動で屋敷へと帰って行った。



「本当に……いつまでもお待ちしております。例え、年老いた老婆になったとしても……」



 だからこそ、誰もいなくなった執務室に響いたティアラの確固たる決意の呟きは、俺の耳に届くことはなかったのであった。

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