184話「辺境伯に事情説明」



 マルベルト領を西方方面に進んでいくと、セコンド王国と国境を構えるバイレウス領が見えてくる。通常馬車で三日ほどの距離にあるバイレウス領だが、軍隊の行軍速度であれば二日とかからない。増してや、飛行魔法を使用できる俺に掛かれば、ものの一時間程度で到着してしまう距離だ。



 驚異的なスピードでバイレウス領とたどり着いた俺は、セコンド王国軍と対峙しているバイレウス辺境伯の元へと向かっていた。



 今回の戦争で侵攻してきた軍隊の総数は三万。それに対し、迎え撃つバイレウスの兵の総数は、七千と少々心許ない。



 しかしながら、幾多の戦争でセコンド王国の侵攻を度々退けてきたシェルズ王国の兵士の練度は高く、これだけの兵力差でも押し負けることはないほどにシェルズ王国の兵達は屈強なのである。



 それでも四倍以上の兵力差があることは事実であり、だからこそ俺の父であるマルベルト男爵は自ら陣頭指揮を執るため、約千の兵士と共にバイレウス領へと援軍を送ったのだ。



 飛行魔法で飛んでいる最中に、バイレウス領へと向かっているマルベルトの援軍の上空を通過したので、このことは間違いない。通過する際、父であるマルベルト男爵にも一言声を掛けるべきかと思ったが、どうせバイレウス領で顔を合わせることになるだろうから二度手間になると判断し、そのままスルーした。



 そして、マルベルトの屋敷から飛行魔法で飛翔すること約一時間後、先に出陣したはずのマルベルトの軍よりも早くバイレウス領へと到着してしまった。



「とりあえず、辺境伯には一言言っておくべきだろうな」



 このままセコンド王国の軍隊に俺一人で突撃をしてもなんら問題はないのだが、一応シェルズ王国の国境の防衛を任されているであろうバイレウス辺境伯には断りを入れておかなければならないだろう。



 大人の面倒臭いしがらみに嫌気が差しながらも、俺はセコンド王国軍と対峙しているであろうバイレウス辺境伯の元へと向かった。






     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~






「も、申し上げます!」



 セコンド王国が差し向けてきた軍勢と対峙している最中、バイレウス辺境伯の元に兵士が駆け寄ってくる。少し困惑気味の兵士の口から告げられた言葉は、辺境伯にとって意外なものだったらしく、目を見開き驚いた様子だった。



「ローランドと名乗る少年が、辺境伯様にお目通りしたいと申しておりますが、いかがなさいますか?」


「なにっ、ローランドだと!? ……会おう、通せ」


「はっ」



 辺境伯の言葉にすぐさま兵士が動きだし、一人の少年を連れて戻って来た。言うまでもないが、その少年とは俺のことである。



 相も変わらず、筋骨隆々な体つきと少し厳つめの精悍な顔立ちをしているバイレウス辺境伯は、まごうことなき武人の佇まいをしている。



「久しぶり、と言うべきなのかわからんが。王都以来だな。辺境伯」


「ふっ、確かに久しぶりにしては間が空いておらんし、かといって再会にしては些か期間が短いな。それで、一体何しにここへ来た?」


「あんたなら、なんとなく察しはつくんじゃないか?」


「まさか、小僧もこの戦争に参加するなどという冗談を言うんじゃあるまいな?」


「わかっているじゃないか」



 やはりというべきか、俺がここへやってきた目的を察していたのだろう、やはりかという言葉を零しながら辺境伯が顔を歪ませる。



「帰れ。ここは我々だけで十分だ」


「三万の兵に対し、たかだが七千の兵力でか?」


「……」



 俺が相手との兵力差を指摘すると、一瞬押し黙ってしまうが、それでも領主としての矜持なのかすぐに俺の言葉に反論する。



「弱々しいセコンド王国の兵士と、うちの兵士を同じにしてもらっては困る。その程度の兵力差など、ものともせんわ!」


「確かに、兵士の質に圧倒的な差があるのは認めよう。だが、一人たりとも犠牲者を出さずにこの事態を収拾できるのか?」


「それは……」


「俺ならできる。伊達にミスリル一等勲章をもらってはいないからな」



 俺の言葉に、周囲にいた兵士が色めき立つ。どうやら、俺が先の魔族との一件でミスリル一等勲章を授与された冒険者であると気付いたようだ。



 いくら武勇に秀でている辺境伯と言えど、自分一人だけでなく部下である兵士すべてに被害を出さずに戦争を終わらせることは難しい。それができれば苦労はない。



 しかしながら、それができてしまうからこそミスリル一等勲章という栄誉ある称号をもらえているのだ。それに、国に対して恩を売っておくことは、決して悪いことではない。あとで何倍にもして返してもらえばいいのだ。



「それから、今回の俺の戦争参加の許可は、既に国王からもらっている。これはあんたに拒否権はない決定事項だ。文句があるなら国王に言ってくれ」


「はぁ……」



 自身が仕える国のトップの許可があると言われてしまえば、辺境伯としてはもはや何も反論できなくなってしまう。それほどに国王の言葉は重いのだ。



 それがわかっているからこそ、辺境伯からは反論の言葉ではなく、諦めのため息が出てしまったのだろう。



 こちらとしても、辺境伯の許可などは一切必要ないのだが、自分が治める領地で起きた戦争の顛末くらいは知る権利があるだろうという、俺の優しさからくるものだというのを理解していただきたい。



「とりあえず、俺がこの戦争を終わらせることについてはそちらに伝えたが、サービスにどんな終わらせ方がいいかあんたに選ばせてやろう」


「選ぶとは、どういう意味だ?」



 俺の問い掛けに訝し気な表情を浮かべながらも、その意味を辺境伯が問い質してくる。特に難しいものではなく、言葉の意味そのままなんだがな。



「そのままの意味だ。言っただろう。一人の犠牲者を出すことなく、この戦争を終わらせることができると。それは、何もこちら側だけじゃない」


「まさか、敵方の兵士にも犠牲者を出さないようにすることができるとでも言うのか?」


「その通りだ。逆に皆殺しもできるがな。で、どうする?」



 そう問い掛けると、途端に辺境伯が押し黙る。おそらく、この戦争の終着点をどのような形にすればいいのか考えているのだろう。尤も、俺が動いた以上、金輪際セコンド王国の好きにさせる気はない。当然、今までの分も含めた制裁を加えるのは俺の中で決定事項だ。



「まあ、この戦争が終わればしばらくセコンド王国はこちらに戦争を吹っ掛けられないように罰を与えるつもりだけどな」


「何をするつもりだ?」


「それは後のお楽しみというやつだ」



 俺がにやりと笑みを浮かべてやると、辺境伯が顔を引き攣らせる。一体何を想像しているのか知らないが、別段酷いことをするつもりはない。ちょっとした嫌がらせの部類で済ませるつもりだ。



「あ、あのっ」



 そんなことを考えていると、俺と辺境伯の会話に割って入る人物が現れた。

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