183話「状況説明と説得と教育」
「というわけなんです」
「なるほどな」
マークから戦争の詳細について聞いてみたところ、事前に得ていた情報とそれほどの差異はなかった。
突然バイレウス領の国境にセコンド王国の軍隊が陣取り、こちらに侵攻の構えを見せてきた。その総数は三万にもおよび、今にもシェルズ王国の国境を侵そうと虎視眈々と狙っているとのことだ。
それを受けて、バイレウス領と領地を接する隣領のマルベルト家が何もしないわけにはいかず、すぐさま援軍の準備を整え、領主であるランドール自ら軍を率いて昨日出立したとのことであった。
マルベルト家の次期当主であるマークだが、若干十歳でありながら我が弟は同年代の男子と比べてもかなり優秀であり、ランドールも自分に何かあった時マークがいれば問題ないと判断しての出陣だったのだろう、侵攻の情報を得てから出陣するまでの判断が恐ろしく早かった。
そして、セコンド王国が攻めてきたことで気が動転したマークは、思わず俺に戦争の旨が書かれた手紙を送ってきたらしい。今回に至っては、ファインプレーではあったが。
「ふんっ」
「いたいっ! に、兄さま…一体何を」
それを聞いた俺は、徐にマークのおでこにデコピンをくれてやる。まったく、次期当主としての自覚がまだまだ足りんな。まあ、十歳であることを鑑みれば、仕方のないことであるとは思うが……。かくいう俺も、まだ十二歳だしな。
「やれやれ、たかだか隣国が攻めてきたくらいで俺に手紙を寄こすとは。この程度の問題など、卒なくこなせるくらいには教えたつもりだぞ」
「ご、ごめんなさい兄さま。戦争になると思ったら怖くなっちゃって」
「……」
俺の叱責に顔を俯かせるマークを視界に捉えながら、俺は今後についての考えを巡らせる。どのみちマークの手紙がなかったとしても、国王経由で戦争については俺の耳に入っていただろう。そして、今回と同じように出張ってきたことは目に見えている。
俺もこの数年で様々な人間を出会い関係を築いてきた。その関係は、ちょっとやそっとのことでは断ち切れないほどにまで浸透してしまっている。
マークやグレッグやマチャドに関しては、俺が背負い込むはずの責任を押し付けてしまっている手前、今更それを見捨てるなどというような薄情な真似などできるはずもない。
孤児院の子どもたちや、王都の屋敷の使用人たちも然りであり、気付けば俺には多くの守らなければならない人間ができてしまっている。
そのほとんどが俺の我が儘や成り行きで知り合った人間ばかりだが、それも今となっては必然だったのではという錯覚に陥るほどに馴染んでいた。
そんな人間に危害が及ぶかもしれない今回の一件を俺が見過ごすはずもなく、あれほど出たがっていたマルベルト家の屋敷に再び戻って来たのであった。
「とにかくだ。今回は俺がなんとかするから、次からは俺抜きでどうにかする方法を考えておけ」
「え? 兄さま、まさか戦争に参加するの?」
「当たり前だろ。そのために戻って来たんだから」
俺が戦争への参加表明をすると、驚愕の表情をマークが浮かべる。その顔から、まさか俺が戦うとは思っていなかったようで、途端に焦燥しながら俺を引き止め始めた。
「ダメだよ兄さま。兄さまは、まだ十二歳の子供じゃないか!」
「たかが人が起こした戦争如きで、俺がどうこうなると思っているのか?」
「それは、思わないけど」
俺の傲慢とも取れる問いに、迷いなくマークは答える。そう、実際どうにもならないのだ。寧ろ、SSランクのモンスターですら相手にならないほどの実力を持っている俺を敵にしなければならない相手の方を心配するべきであって、俺が心配される道理はないのだ。
もちろんいくら相手が普通の人間であっても舐めてかかるような真似をするつもりはなく、いつどんな状況になっても対処できる心づもりで参加するつもりだ。
それにしても、俺のことをどれだけ信頼しているのかは知らないが、三万の軍隊を相手にしても言外に勝てると宣ううちの弟は、俺をなんだと思っているのだろうか。一度聞いてみてみたい気もするが、返ってくる答えによってはいろいろと今後の付き合い方を考えねばならなくなりそうなので、聞かない方が無難だろう。触らぬ神に祟りなしである。
「そういうことだ。寧ろ、こちら側の被害を最小限に抑えるには、俺が動いた方が早い」
「……」
反論できない正論をぶつけられて、マークが顔を俯かせ押し黙ってしまう。その時、今まで俺にくっついていたローラが真剣な声色で俺の名前を呼んだ。
「ロランお兄さま」
「なんだ」
「戦争を終わらせるためにお兄さまが戦う方が早いとか、被害を最小限に抑えられるとか、そんなことは関係ありません。マークお兄さまもわたくしも、一人の愛する家族としてロランお兄さまを心配しているのです」
そう言いながら訴えかけてくる視線は真剣そのもので、まさに家族の身を案じる良き妹だと断言できる。ただ、いつもの俺に対する彼女の態度からは明らかにかけ離れており、一瞬何を言われたのか理解するのに間が開いてしまった。
それほどまでにローラの言葉は意外性があり、俺としても予測の範疇外の物言いだったのだ。普段の彼女の言動になぞらえるのであれば「お兄さまなら、戦争の一つや二つくらい軽く解決してしまいますわ」と謎の自信と共に宣うはずなのだが……。
「どうですか? 健気に心配する美少女な妹。……惚れましたか?」
「……」
どうやら俺の勘違いだったようだ。ローラはどこまでいってもローラだったらしい。
それから、戦争への参加を反対するマークの説得と奇妙な言動をするローラを教育するのに時間を取られてしまい、気付けば昼になっていた。
ひとまず話を一旦中断して昼食を取り、きっちりとマークを説得しそのまま戦場の舞台となっているバイレウス領へと向けて出発した。
余談だが、ローラの再教育を試みたものの、時すでに遅しといった具合に俺に対する執着心が強すぎたため、どうにもならなかった。そんな残念な妹の将来が心配だが、今は緊急時であるため、彼女のことは一旦見なかったことにしたのであった。
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