182話「出立と故郷再び」



 屋敷へと戻ってきた俺は、使用人全員を集めてこれから話すことは外部に漏らしてはならないことを言及した上で説明をした。



「シェルズ王国の国境で、隣国セコンド王国が侵攻しているという話が入ってきた」


「そ、そんな」


「それは本当ですか!?」



 俺の言葉に信じられないと言った様子の使用人たちだったが、残念ながら事実であるため、難しい顔をしながら重々しく頷く。俺が肯定したことで、全員が押し黙ってしまう。この場にいる人間のほとんどが、直接戦争に関わっていない世代の者達なのだ。戦争と聞いて顔を青ざめさせるのは、至極当然の反応だ。



「それで、ローランド様はどうされるので?」


「もちろん参加するつもりだ。そのためにさきほど国王に参加を表明してきたところだ」


「そうですか」



 ソバスの問いに、俺は正直に答える。ソバスも俺がどう答えるのかあらかじめわかっていたのだろう、まるで念のため確認しましたというような素気のない返事をする。



 ひとまずはセコンド王国が戦争を仕掛けてきたということと、俺が戦争に参加するということを使用人たちに伝達し、ソバス、ミーア、ステラ、マーニャ、そしてモチャを除いた他の使用人たちには仕事に戻ってもらうことにした。



「さて、ここからは詳しい話をしていこう。まず、ソバスにはこれを渡しておこう」



 そう言って、俺は大金貨がぎっしり詰まった袋を取り出し、それをソバスの目の前に置いた。袋の中には大金貨がざっと二百枚ほど入っており、それだけあれば平民が一生遊んでもお釣りがくるほどの金額である。それほどまでの大金だ。



 当然だが、一財産といっても過言でない金額を渡したのには理由がある。それは、万が一にも俺が今回の戦争で死んでしまった場合の彼らの処遇だ。



 仮の話だが、もしも俺が今回の戦争で帰らぬ人になってしまった場合、当然この屋敷の使用人たちは路頭に迷うことになる。そうならないように、俺が死してのちもこの屋敷の管理を仕事としてやってもらうため、彼らの給金を数十年単位という金額で前払いすることにしたのだ。所謂一つの保証金である。



 尤も、この俺に致命傷を与えることができる人間など、あのロリなババア以外ではいないだろうし、仮に戦うことになったとしても、今の俺であれば逃げることくらいはできると踏んでいる。



 だが、俺の心情としてこの世の中に絶対というものはないし、何か特別な力が働いて俺が死んでしまうという未来も超超超超超低確率ながら存在している可能性を考慮し、それに備えることは決して悪いことではない。



「ろ、ローランド様。こ、この大金貨は一体……!?」


「俺が死んだ後も、お前たちにはこの屋敷の管理をしてもらいたい。そのための給金だ」


「そ、そんな縁起でもないことを言わないでください!」


「落ち着け、これはあくまでも万が一に備えてのことだ。俺とて、まだ成人してないのに死にたくはないからな」



 そうだ。これはあくまでも万が一そうなった時の対応策として準備するだけであって、絶対にそうなることを見越してのものではないのだ。寧ろそうならない可能性の方が高く、準備するのもアホらしいというのが本音だ。



 それでも俺を心配して声を荒げてくれたことに感謝の言葉を言いつつ、マルベルトに向けて転移しようとしたところで、誰かに裾を引っ張られた。振り返ってみると、そこには強いまなざしを向けているモチャの姿があった。



「……」


「モチャか。今から出掛けるんだ。手を離してくれ」


「モチャも行くですのん」



 俺の言葉に反論するかのように、自分もついていくという意思をモチャが見せる。おそらくは俺にもしものことがあったらと考えた上での行動なのだが、そんな心配は杞憂に終わるだろう。



 しかしながら、それでも世の中に絶対というものはないとするのであれば、俺が今回の戦争で死ぬ可能性もある。ただ、それが限りなくゼロパーセントに近いというだけなのだ。



「今回はただ相手を倒すだけだからお前の出番はないぞ?」


「それでも行くですのん」


「そうか。ならついてこい」



 特に断る理由もないので、一応同行する許可を出す。ある特定の人物をどうこうするわけではなく、その他大勢を倒す今回の戦争ではモチャの出番はおそらくないだろう。それでもついて行きたいという彼女の意志を尊重すると同時に、国境周辺の地理や軍事的な偵察任務の経験を覚え込ませる実益も兼ねていることは俺の胸の内に仕舞っておく。



 ソバスたちに屋敷のことは任せることにして、俺はモチャと共に一度マルベルトの屋敷へと瞬間移動することにした。





     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「兄さま! 来てくれたんですね!!」



 そう言いながら、きらきらとした顔を張り付けている我が弟マーク向かって苦笑いを返す。マークがもし犬であったならば、尻尾が千切れるくらいに左右に揺れていたことだろう。



 いつものように懐いてくる弟の相手をしながら、現在進行形で俺の体に抱き着くもう一人の兄妹をどうしたものかと見下ろす。



 その人物とは無論マークの双子の妹であり、俺にとっても妹であるローラだ。未だ十歳ながら、その体つきは確実に女性へと成長しつつあるローラに兄として喜びを感じながらも、そろそろ離れて欲しいという意思を伝えるべく彼女に話し掛ける。



「ローラ。そろそろ離れてくれないか?」


「嫌です! 離しませんっ!!」


「……」



 これである。どうやら本当に離れる気はないらしく、非力ながらもがっしりと俺の腰に両手を回して逃がさないとばかりに俺に抱き着いている。これが巨乳魔法使いのメイリーンやロリババアのナガルティーニャであったなら、アイアンクローを見舞ってやるところだが、血を分けた肉親のローラであればこそ、そんな暴挙に出るわけにもいかない。



 何よりも、妹である彼女に抱き着かれても他の女性以上に何も思うことはなく、ただの兄妹のスキンシップ程度の感情しか浮かんでこないのだ。ただ惜しむらくは、俺に抱き着いたまま俺の匂いをクンカクンカと犬のように嗅いでいる残念な妹の姿を現在進行形で見せつけられていることだろう。



 ……妹よ、いつからお前はそんな変態さんに成り下がってしまったのか、兄としてはお前の将来が心配だ。いや、もう手遅れかもしれない。



 ちなみに、一緒に連れてきていたモチャはどうしていたのかというと、転換魔法を使って人が入れる亜空間を作り出し、その空間で待機してもらっている。その空間は、時間経過はなく通常の時間の流れになっており、外の様子もある程度わかるように設計されている。



 その時、亜空間からローラとのやり取りを見ていたモチャが、二人っきりになった頃合いを見計らい彼女と同じように俺に抱き着こうとしてきたため、軽く頭にチョップを落とすという一幕があったことを付け加えておく。



 かつての実家であるマルベルトの屋敷へとやってきた俺は、父親であるランドールに戦争への参加を言っておこうと思ったのだが、その思惑は外れてしまった。



「父上は、すでに国境のバイレウス領へと軍を率いて出立しました。僕も出陣したいと志願したのですが、却下されちゃいました」



 そりゃ、次期当主のマークを命の危険がある場所へ連れて行くわけにもいかないだろう。もしもマークに何かあれば、再び俺がマルベルト家を継ぐという話になってしまう。それは是が非でも避けたい。



「あ、ロラン様!」


「ターニャか」



 ひとまず、マークたちの案内で応接室へと向かっていると、見知った人間に声を掛けられた。俺の世話係をしていたターニャだ。俺がネガティブキャンペーンを行っている間、表面上の冷めた関係だったが、それが俺の策略であったことを知ってからは以前のような態度で接してくれている。



 それどころか「ロラン様の真意に気付けなかったこのターニャ、一生の不覚です!!」などと宣い、俺が父の病気を治してからなんとか俺をマルベルト家に連れ戻そうと躍起になり始めてしまっていた。



 当然そんなことをされたら堪ったものではないため、それとなしに止めてはいるが、俺の計画を最初の頃から知っていたマークもローラもターニャの意見には賛同しているらしく、あわよくば本当に俺が戻ってこないかと考えているようで、密かにターニャの活動を後押ししているようだ。



「今日はどうされたのですか? はっ、もしかしてとうとうマルベルト家にお戻りになる決心が――」


「マークから戦争の知らせを聞いてこっちに来ただけだ。俺はマルベルト家に戻る気はさらさらない」


「そうですか……」



 俺が帰ってきた理由を邪推するターニャに、切り捨てるように返答すると、輝いていた顔を俯かせながら残念そうに呟く。許せターニャ。こればっかりは、譲れないのだ。



 そんなターニャの姿に苦笑いを浮かべながら応接室へとやってきた俺は、マークから戦争についての詳細を聞くことにした。

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