161話「第一公女VS英雄」



「泣いて謝るっていうのなら、今なら許してあげるけどどうする?」


「お前のことか?」


「あんたよあんた!」


「?」



 訳が分からないよ……。アレスタの言動に思わず小首を傾げてしまう。



 あれから、模擬戦を行うための場所として近くにある訓練場にやってきたのだが、俺と対峙するなり先の言葉を口にしたのである。



 おそらくは若気の至りだとか、そういった類のものだとは思うのだが、若い頃というのはなまじ体力ややる気があることで何でもできてしまうと錯覚する年頃がある。そういうものがあると理解はしているが、客観的にそれを目の当たりにするとなんだかちょっぴり滑稽に思えてしまう。これ若さか……。



「私の強さを知って、精々怯えるといいわ」


(うわー、完全にフラグを踏み抜いてやがる。たぶんだが、模擬戦が始まったら“まだよ、まだ慌てる時間じゃないわ”とか言うんだろうな)



 もはや誰が見ても敗北色が濃厚な彼女の言動に、アレスタ以外の他の面子が憐みのような視線を向ける。やめて差し上げろ、そんな目で彼女を見るんじゃない。



 一応だが、念のためにアレスタを解析してみたが、マンティコアに挑むとあってその能力は決して低くはなかった。否、人間の部類にしてはかなりの高ステータスを持っていたのである。



 だがしかし、それはあくまでも人間レベルでの話である。最低のパラメータが、SBやSA判定もあるSSクラスのモンスターの前では、一瞬にして勝負が決まってしまうだろう。



 そうこうしているうちに、いつの間にやら訓練場にいた兵士や騎士たちが集まってきてちょっとした御前試合の雰囲気になり始めていた。



 こちらとしては、いつもどおりにやればいいので気にしないが、アレスタはさぞや緊張……はしてないね。うん、自信満々のドヤ顔を顔に張り付けて、まあ楽しそうなことだな。



「それでは、これよりセイバーダレス公国第一公女アレスタと、ミスリル一等勲章所持者ローランドの模擬試合を開始します」



 審判を務めてくれるのは、第二公女のアナスターシャだ。さすがに大公本人や宰相が審判をするという訳にもいかず、消去法でアナスターシャが審判になったようだ。



「いくわよ。手加減しなくていいから、本気で掛かってきなさい」


「それだと、一瞬で跡形もなく消えることになるんだが……」


「何か言ったかしら?」


「……」



 アレスタの挑発にボソッと呟いたが、本人にはよく聞こえなかったようで、聞き返してきた。本当のことを言うわけにもいかず、俺は黙って首を左右に振った。



「双方準備はよろしいですか。それでは、試合……開始!!」



 アナスターシャの試合開始の合図と共に、戦いの火蓋が切って落とされる。しかし、それとは打って変わって、意外にも静かな立ち上がりだ。



 ちなみに、俺とアレスタが使っているのは模擬戦専用の木剣で、怪我をしないように考慮されているものだ。といっても、俺が使えば木剣でも人の首くらいは刎ねることはできるがな……。



「どうしたのかしら? 先手は譲ってあげるわよ?」


「それはこちらのセリフだ。先に仕掛けさせてやる」



 相手の出方を窺うというよりも、こちらから仕掛けるのを嫌ってアレスタが仕掛けてくるのを待っていたのだが、どうやらあちら側も俺が攻撃してくるのを待っていたらしい。



 ああいうタイプは、先手必勝や猪突猛進といった感じで短期決戦で攻めてくると思ったのだが、生き物としての本能なのかはたまた強者の余裕を見せたいだけなのか、あるいはその両方なのかは定かではないが、図らずも俺の嫌った戦法を取ってきていることは確かであった。



「私へ攻め込むのが、そんなに怖いのかしら?」


「ああ、怖いね(主に間違って殺してしまうという意味でだがな)」


「ふふふ、ミスリル一等勲章を持つ英雄も、実のところ大したことないのね」



 お互いに見当違いの方向で会話が進んでいる中、模擬戦の様子を見ていた周囲の人間の声が聞こえてくる。



「おい、あの子供がミスリル一等勲章の持ち主って本当か?」


「でも、アレスタ様に怖気づいてるみたいだぞ」


「本当にあれが英雄なのか?」



 俺がアレスタに攻め込まないのを不審に思ったギャラリーたちが騒ぎ始める。拙いな、このままではニセ英雄のレッテルを張られてしまう。かといって、攻め込んだら九割九分の確率で首をちょんぱしてしまう自信がある。仕方ない、あの手で行くか……。



「……(ごにょごにょ)」


「何をぶつぶつと呟いているのかしら? 敵わないと知って負けの言い訳を言う練習でもしているの?」


「【……ジュ】。うん、これでよし。待たせたな、ではお望み通り俺から行くぞ」



 そう言うが早いか、俺はアレスタに向かって剣を正眼に構えつつ、身体強化を使って彼女の懐に飛び込み逆袈裟斬りに剣を振った。一瞬にして懐に入り込まれたことに驚きつつも、俺の剣筋を受け流し辛うじて受け流すことに成功する。



「どうした、何を驚いている」


「驚いてなんていないわ。意外とすばしっこいと思っただけよ」



 それが強がりであることはわかっていたが、ただ一言「そうかい」と言いながら、もう一度懐に入ろうと地面を蹴る。



 しかしながら、一度見た動きであるため先ほどよりも容易く対処されてしまい、逆に一撃を加えようと反撃してきた。だが、それを軽く受け流すと一度距離を取りお互いに対峙する。そして、次の瞬間周囲のざわめきが大きくなるのを感じた。



「おい、あの子供の動きを見たか?」


「俺は見えなかったぞ」


「なんであの歳であんな動きができるんだ? 一体どんな訓練をしたらあそこまでになるんだ!?」


「やっぱり本物だったんじゃないか!」



 俺の動きを見たギャラリーたちが、口々にそんな感想を言い合う。よしよし、これで俺が本物か偽物かどうかは別として、只者ではないということは伝わったはずだ。周囲の様子に気を配っていると、不意にアレスタが声を掛けてくる。



「なによ、全然戦えるじゃない」


「戦えないとは言っていない。それよりも、今度はそっちから攻めてきたらどうだ」


「そうね、あなただったらそう簡単に潰れなさそうだし、少しだけ本気で戦ってあげるわ」



 その言葉を皮切りに、今度はアレスタの攻撃が始まった。彼女は先ほどの言葉の通り、常人では到底対応できないような素早い動きと力強い攻撃を繰り出してくる。



 袈裟斬り、逆袈裟斬り、左右の薙ぎ払い、突きなどを織り交ぜながら果敢に繰り出される攻撃を時には受け、時には流し、時には躱す。そんな攻防がしばらく続いていたが、やはりと言うべきかある結論が見えてきた。



 なにかといえば、彼女ではマンティコアを倒すことはできないということである。確かに、動きも早く攻撃も力強い。だが、それはあくまでも人間レベルから見た話なのだ。



 圧倒的に何もかも規格が違い過ぎるモンスターを相手に戦うためには、こちらも規格外にならなければならない。新幹線の速度に追いつくためには、高性能のエンジンを搭載したF1で使用される様なレーシングカーでなければならないのと同じで、ある特定の規格に対抗できうる能力を持って初めてその規格と勝負できる資格を得るのである。



 今の彼女は、言わば新幹線に対して普通乗用車で新幹線の速度に対抗しようとしているようなものなのだ。



「すごい、すごいわ! まさか、アレスタがここまで戦えるなんて!!」


「すごいですお姉様」


「……いや、二人共違うよ。あれはアレスタが凄いんじゃなくて、ローランド様がすごいんだ」


「どういうことなのビスタ?」



 俺とアレスタとの戦いが続いている最中、アリーシアたちの会話が聞こえてくる。話の内容が少し気になったので、意識をそちらに向けてみることにした。



「二人とも知ってると思うけど、アレスタに剣を教えたのは他でもない僕だ。だからこそ、あの子が本気で戦っているかどうかがわかる。おそらく今のアレスタは、ローランド様を殺すつもりで戦っている。本気も本気さ」


「そ、そんな。いくら本気で戦っているからって、殺すなんて」


「それくらいじゃないと、勝てない相手だと判断したんだろうね。でも……それでもローランド様の受けを崩すことができていない。それに二人の様子を見てごらんよ。アレスタは肩で息をしているけど、ローランド様は息一つ乱れていない。それだけ実力に差があり過ぎるんだ」



 ビスタの指摘を受け、アリーシアとアナスターシャがアレスタの様子をじっくりと観察している。そして、確かに俺とアレスタの余裕の差を感じた二人が目を見開き驚愕するのを見て、ビスタがさらに言葉を続けた。



「おそらく、この戦い長くは続かない。アレスタがローランド様と戦うのは十年早い。いや、例え二十年の歳月を修行に費やしたとしても、その差が縮まることはないだろう」


「それだけ、実力に差があるということですか?」


「ああ、僕がやっても今のアレスタと同じく簡単にあしらわれるだろうね。いや、これが命のやり取りをする本物の殺し合いなら、僕の攻撃が届く前に首と胴体が切り離されているだろうね」


「「……」」



 ビスタの推測に、二人とも顔を青くする。さすが一国の主を守る近衛騎士団の団長を務めるだけあって、その推察は的を射ている。



「ご名答。ビスタの言う通り、今の俺は本気で戦ってはいない」


「「「えぇぇぇえええええ!!」」」



 ビスタ達が声のした方を向くと、そこにいたのはモダンな木製のテーブルと椅子に腰掛け、優雅に紅茶を啜りながらティータイムを楽しんでいる俺の姿であった。

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