160話「報酬の交渉をしていたら、いつの間にか公女と模擬戦することになっていた」



 気付いた時には、口にしてしまっていた。だが、それも仕方のないことである。日本人の根幹ともいうべきソウルフードである米を蔑ろにする輩がいる。……うん、どう考えても万死に値する。



 ということで、俺の中ではすでに大公の依頼じゃなくてもマンティコアを討伐することが決定事項となったわけだが、国が抱える問題を勝手に片付けてしまうのは、それこそ身勝手にもほどがある。



 よく異世界物の小説では、こういった類の問題が起きた時に主人公は何でもないことのように片付けてしまうのが定石なのだが、ここはちゃんと許可を取って動くべきだろう。



「ロ、ローランド様。い、今なんと言いましたか?」


「そのマンティコアを倒せばいいのだろう? それが依頼ではないのか?」



 まるでなんでもないことのように言っているが、実のところは本当になんでもないことなのだ。俺からすればSSランクのモンスターとあのロリババアを比べた場合、圧倒的にあのロリババアの方が恐ろしい。



 SSランクのモンスターなんて、あのロリババアに比べれば小動物か何かと勘違いしてしまうほどである。今の俺の実力では傷一つ付けることもできないだろう。



 実質的には俺の師匠とはいえ、あれを超えなければならないという弟子の辛さをこの瞬間感じてしまい、少しやるせなくなってしまった。



「それで間違いないのですが、本当にマンティコアを倒すことができるのですか? マンティコアはSSランクのモンスターで、国の全戦力を向けても勝てない相手なのですよ?」


「あんなもの、俺の師匠のロリババアに比べればただの猫だ猫。遊んでいる猫を倒すのにそんな労力は掛からないと思うが?」


「……」



 国の一大事となっている件のモンスターを猫呼ばわりされていることに、何とも言えない表情をアリーシアが浮かべる。おそらく夜も眠れないほどに心配していたのだろうが、俺の何でもないことのような言動に、自分の杞憂は一体何だったのだろうかと思っているのだと当たりを付ける。



「とにかくだ。大公陛下直々の依頼【マンティコアを討伐せよ】という依頼は確かに承った。だが、その前に報酬についての取り決めをやっておこう」



 これでマンティコアをぶち殺……もとい、討伐する大義名分がえられたため、討伐に出掛ける前に報酬について話し合っておこうと思う。あとで、どうのこうの言われるよりかは今のうちに決めておいた方が無難だと考えたからだ。



 尤も、それは依頼達成という前提条件があっての報酬なので、あらかじめ万が一にも失敗した時は報酬は必要ないと前置きした状態で話を進めていく。



「まず一つ目は、爵位と領地の授与の禁止だ。俺は貴族のしがらみに縛られるのは御免だからな」



 とりあえず、この国でも貴族になるのはNGなので、爵位と領地という面倒臭い荷物を背負わされないよう先んじてこの二つはいらないことを強調しておく。



「それは問題ありませんが、そんなことでよろしいのですか?」


「俺にとってはこれ以上ない報酬だ。では、二つ目だが目に見える報酬として大金貨千枚をいただきたい」



 実質的にグレッグ商会で得られる売り上げで食うには困らないので、これはあくまでもマンティコアを倒した際に得た報酬を周囲の人間に知らしめるための要は囮のような意味合いの報酬だ。



「それだけでよろしいのですか? 本来であればそれの三倍以上でも安いくらいですが……」


「なら、そのあたりはそちらに任せよう。とにかく、報酬として大金貨を何枚か支払ってくれ」


「了解しました。他にありますか?」



 アリーシアの問いに、頭の中で他の報酬を考えてみる。今後マンティコアを倒したことによって、良からぬ考えを持った輩が近づいて来るやもしれん。そいつの相手をするのは面倒だな……。よし、それも報酬として言っておこう。



「今後マンティコアを倒したことによって起こりうる面倒事の後処理を任せたい。例えば、俺を取り込もうとする貴族やら貴族やら貴族やらだ」


「わ、わかりました」


「あとは、その襲われた村の特産品の粒麦だったか、それを少し分けてもらいたいのと、栽培用の苗を持っていっても構わないか?」



 ぶっちゃけたところ、国境の街で手に入れた粒麦……米があればあとは錬金術を使って魔力がある限り無限に増やし続けられるので問題はないが、日本人としてできればこの世界にも米を普及させておきたい。いつかやってくるかもしれない、次の日本人のために……。



「村人の生活に支障の出ない程度であれば問題ありませんが、粒麦はその村でしか栽培できないと聞き及んでおりますが」


「似た穀物を見たことがあるから、もしかしたらその栽培法でなんとか増やせるかもしれない。もしできなかったとしても、追加で報酬を要求することはないからその点については安心してくれ」


「はあ」



 こちらの世界で田んぼが見られる日が来ようとは思っていなかったが、前世の子供の頃に田舎の祖父母の家に遊びに行った時に田植えは経験済みなのだ。成人してからも、たまに何度か田植えを手伝っており、その時に興味を持っていろいろと調べていたので、その知識を活用すればなんとかできるのではと考えている。



「俺から提示する報酬は以上だ。これでいいなら、すぐにでも出発――」


「母上!」



 話がまとまりかけたその時、勢いよく扉が開かれ何者かが現れる。そこにいたのは、二人の若い女性で一人は俺の見知った顔である第二公女のアナスターシャだった。しかしながら、もう一人の女性は初めてみる顔であり、誰なのかは見当がついているが初対面だ。



 いきなりの出来事に少し驚いたが、今は冷静に状況を見定めようと傍観している。……ちょっとドアの“ばたん”という音でビクッとなったのはここだけの話だ。



「アレスタ、いつも言っているでしょう。女性はもっとおしとやかにしなさいと――」


「そのようなことは今はどうでもよいのです! それよりも、どうしてマンティコアの討伐に私が行ってはならぬのですか!!」



 突然やって来たかと思えば、ものすごく見当違いなことを女性は言い出す。年の頃は二十前後の少女から女性へと変わる年代で、雰囲気は言動からして少し強気だ。



 父親譲りの青色の髪に、母親譲りの人を屈服させるために生まれてきたのではないかというほどに鋭い目つきは、彼女がアリーシアの娘であることを如実に物語っている。



 ただ、解せない点が一つある。それは彼女の胸部装甲が、アリーシアともアナスターシャとも違い突出していることだ。どう頑張ってもCに届いていない二人の慎ましやかな装甲に対し、今も着ている服を押し上げんと奮闘している二つの山は、彼女の母親とも妹とも違うものだ。ちなみに、大きさはFとGの間くらいだろうか。



「そのことについては、何度も話し合ったはずですよ? あなたではマンティコアを倒すことはできないと」


「そのようなこと、やってみなければわからないではないですか!」


「やってからでは遅いのです。もし勝てなければ、ただ悪戯に殺されるだけ。そんな危険なことを大事な娘にやらせる親がどこにいますか!」



 見た目上はいい感じの親子愛が描かれているが、アリーシアは気づいているのだろうか? 大事な娘にもさせられない危険なことを、俺にやらせようとしていることを……。



「それに、マンティコアの討伐はここにいるローランド様がやってくださいます。あなたの出番などはありません」


「ローランド? それってどこのどいつよ?」



 おや? この感じはどうやら気付いていらっしゃらないご様子ですね。……そうですか、そうですか。ならば、気付かせてあげましょうかねぇ……。



 そう考えていると、俺の雰囲気を察知したビスタが何やら申し訳なさそうな顔を浮かべているのが目に入った。なるほど、どうやら彼はアリーシアが俺に対し失礼なことを言っているというのに気付いたようだ。伊達に宰相やってないな。



 彼の目からは「あとでアリーシアに言っておくから」という感情が読み取れたが、忘れてはならない。先ほどのピンク色の雰囲気を察するに、ビスタがアリーシアに俺に対しての無礼を指摘する可能性はほぼ百パーセントに近い数字でないだろう。恋は盲目とはよく言ったものである。



「このお方こそ、この国を救ってくださる英雄。ローランド様で――はぬんっ」


「「「ええぇー!?」」」



 今起こったことをありのまま話してやろう。俺に対して失礼を働いた罰として、俺はアリーシアの脳天にチョップを落としたのである。



 頭を押さえたまま驚愕の表情を浮かべながら「何故殴るのですか!?」と叫ぶアリーシアに向かって笑顔で威圧しながらできるだけ優しく問い掛けてやった。



「質問その一、マンティコアはどれくらいの強さだ?」


「とてつもなく強いです」


「質問その二、そんな強さのモンスターを討伐すると言って聞かないそこの娘を大事な存在だということで止めているのは誰だ?」


「母親である私です」


「最後の質問、大事な娘に行かせられないような場所だと認識があるにも関わらず、そんな場所に俺を行かせようとしているのはどこのどいつだ?」


「はっ……も、申し訳ございません!!」



 どうやらようやく自分が失礼なことをしているということに気付いたようで、勢いよくアリーシアが頭を下げる。



 俺としても、マンティコアはすでに討伐が決定しているので、アリーシアの依頼がなくても討伐に行ってはいたが、それとこれとは話が別である。



 自分の大切な人間を危険な目に遭わせたくないという感情は、家族を持つ者としては当然の話だ。だからといって、他の人間であればどうなろうと知ったことではないというのもまた何か違うとは思わないだろうか?



 結果的にそうなってしまうことになったとしても、それを本人の前で言うというのは失礼を通り越して事実上の死刑宣告を与えているようなものである。



「母上、どうしてそのような子供に謝っているのですか?」


「そういえば、自己紹介がまだしたね。ローランド様、こちらは私の娘にしてセイバーダレス公国第一公女のアレスタです。アレスタ、この方がミスリル一等勲章の持ち主であるローランド様です。ご挨拶なさい」



 アリーシアがそう言うと、本当にこいつがといった具合の怪訝な表情を浮かべてくる。確かに見た目子供にしか見えない俺だが、本当のことだからな? それに一応王族的立場の人間がそんな顔をしちゃいけませんっ。



「ローランドだ。冒険者をやっている」


「アレスタよ。本当にあなたが、ミスリル一等勲章の持ち主だっていうの?」


「見るか? ほれ」



 未だに疑っているアレスタに、ストレージから取り出したミスリル一等勲章を見せてやる。それを受け取ったアレスタがミスリル一等勲章を確認すると、目を見開き驚いた後すぐに勲章を返してきた。



「確かに、勲章は本物のようね」


「まるで、俺は偽物みたいな言い方だな」


「そう聞こえたのなら、そうなのかもね」


「じゃあ試すか? 温室育ちの公女様に教えてやるよ。本物の冒険者の実力が、どれほど凄いってことをな」


「なんですって?」



 俺の言葉に険悪な態度を向けてくるアレスタだったが、こちらとしてもいつまでも疑われていたのでは気分が悪い。ならば、実際に戦ってみるかその実力を示してやればいいのだ。



「アリーシア大公。この近くで模擬戦ができる場所を借りたい」


「それなら近くに訓練場がありますが……まさか、うちのアレスタと戦う気では?」


「そのまさかだ。ついてこい小娘。本物を教えてやる」


「上等じゃない。どこへでもついていってやるわよ!」



 こうして、俺の実力を示すため、アレスタと俺が模擬戦をすることになったのであった。

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