133話「実家からのSOS」



「うん? これは……」



 井戸やお風呂の設置からさらに数日後、トラブルは突然やってきた。俺の元に見覚えのある水色の紙がどこからともなく飛んできたのだ。それは、俺がこの世界における実家のマルベルト家を追い出される際に、置き手紙として弟のマークに託していたものだ。



 その水色の紙には俺の魔力が仕込んであり、どこにいようと必ず俺のもとへと飛んでいく仕込みをしていた前世で言う電報のような機能を付けていた。つまりはあれだ。“ハハキトク、スグカエレ”的なやつである。



 何か自分の力ではどうしようもなくなった時に連絡をしてこいと手紙に書いたのが、今から大体三ヶ月ほど前……だったか? というか、まだ俺が実家を追い出されて半年も経っていないことに自分自身でも驚きを隠せない。



「なになに……“兄さま助けて、マルベルト領で流行り病が蔓延して、父さまが危篤状態になってしまったんだ。方々手を尽くして薬を探したけど、日に日に父さまの顔が青くなっていちゃって……。このままじゃ領地がとんでもないことになってしまうんだ。お願い兄さま助けて!!”か……」



 手紙書かれていた内容を頭の中で噛み砕いて精査し、それが終了すると同時に、俺は誰もいない部屋で一人叫び声を上げた。



「ダニィ!? 父上が死ぬというのか! 早い、早すぎる。このままでは俺がマークに授けた計画を十年ほど前倒しにしなければならないではないか!! ……仕方ない、かなり早いが一旦マルベルト領に戻るしかないな」



 マークのSOSを受け、俺は仕方なく実家に帰省することにした。このまま現当主である父ランドールが死んでしまえば、父に代って弟マークが当主の座を継ぐことになるのだが、未だ成人していないということで後見人が付く可能性が高い。その人物は、おそらく父が懇意にしている隣領のバイレウス辺境伯になるだろうが、それでも他家の貴族に家の内情を知られるのは、いくら仲のいい人物といえども憚られるのである。



 その内情を利用して甘い汁を吸おうとする輩もいれば、それをネタにして多少の無理難題を吹っ掛けてくることだってあるのだ。懇意にしていようと、そういった家の大事な情報というのは表に出さないのがセオリーであり、一貴族家の当主としての義務でもある。



 それ故に、今父上に死なれてはいろいろと面倒な案件がいくつも浮上してくるのは火を見るよりも明らかであるため、俺は貴族当主の役目を押し付けたマークの未来を明るいものにするという形のない義務感に従って、今回の帰省を決断するに至ったのだ。



「よし、そのためにはいろいろと根回しが必要だな」



 俺はそう呟くと、屋敷の責任者であるメイド長のミーアと執事のソバスを呼び出した。いきなりの招集にも関わらず、何事かと戸惑う様子を一切見せない二人にさすがはプロだなと内心で感心しつつ、俺は体のいい事情を話して、しばらく屋敷を離れることを告げた。



「かしこまりました。ローランド様のいない間、この屋敷は私たちにお任せください」


「任せたぞ。そうだ、一応念のためにこれを渡しておく」



 俺はこの屋敷に帰ってくる時期がわからないことを見越して、ソバスに大金貨十枚の入った皮袋を渡しておく。これだけあれば、贅沢な暮らしをしなければ五年くらいはなに不自由なく生活していけるはずだ。……まあ、そんなに屋敷を空けることはないと思うがな。



「じゃあ行ってくる」


「いってらっしゃいませ」


「お気をつけて」



 ミーアとソバスの二人に見送られ、いつものように屋敷から出てすぐのところで瞬間移動を使ってすぐさまマルベルト領へと飛んだ。屋敷の人間には俺の能力のことは秘密にしているが、そろそろ隠すのが馬鹿らしく……もとい、面倒になってきたので、この一件が終わったら俺の力のことを話してもいいかもしれない。



 王都から懐かしきマルベルト領のローグ村へと一瞬にして戻ってきた俺は、感慨に浸る間もなく周囲の様子を探っていく。すると、流行り病が流行しているというのは本当のようで、昼間だというのに人通りがなく、全員必要最低限の人との接触を避けているようだ。



「お父さん、苦しいよ……」


「チャイ! しっかりするんだ? チャイ!!」



 そこにいたのは、今にも命の灯が消えそうになっている娘を抱き抱える父親の姿であった。気になって解析してみたところ、やはり流行り病に侵されており、かなり衰弱している様子であった。



「おい、ちょっといいか?」


「だ、誰だおめぇは!? どっから現れた」


「そんなことはどうでもいいことだ。それより話を聞かせろ」


「あ、怪しい坊主め一体どっから来たのか知らんが、余所者に話すことはなんもねぇよ!!」


「何を騒いでおるのじゃ」



 いきなり現れた俺に警戒している村人にどう話を聞こうか悩んでいると、見覚えのある人物が声を掛けてきた。ローグ村の村長である。



「そ、村長! それがいきなりこの子供がやって来たかと思ったら、話を聞かせろとか言ってきたんだ!!」


「子供じゃと? ……っ!? 事情はわかった。お前は、チャイを安静にさせてくるのじゃ。この子供の相手はわしがやる」


「わかった」



 村人にそう指示を出した村長が、村人がいなくなったのを見計らって膝を折り平伏する。



「ロラン様ですな。お久しゅうございます」


「そんなことをする必要はない。俺の行く末は知っているだろう?」


「マルベルト家を追放されたことですな」


「そうだ」



 このローグ村は、俺がドラ息子であるというネガティブキャンペーンを行った時に最も被害にあった村でもある。あの時は素行の悪い長男としてのイメージを付けさせるため、人の道に反しない程度の悪質な悪戯を仕掛けまくっていた。



 だからこそ、この村の連中にとって俺は会いたくない人間のはずだ。実際に俺がいなくなり俺の嫌がらせを受けなくなった人間も一定数存在しているのだから。



「確かにロラン様はわしらに対し、いろんなことをやってきたかもしれないですじゃ。ですが、わしにとっては大恩あるランドール様のご子息に変わりないのです」


「ふ、そうか。であれば、いろいろと話を聞かせてくれ」



 こうして、かつて迷惑を掛けた村の村長から話を聞くことにした。

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