4話「最初に教えること」



 マークの部屋から戻った俺は、勉強を教えるための準備をする。……といっても、別段準備するものは特になく精々がマークに教える内容を精査するくらいだ。



 だが、ここで本当にそれでいいのかという考えが脳裏に浮かぶ。人にものを教えるというのは、一種の才能のようなものが必要だ。だからこそ、地球でも教師になるためには大学に通い教員免許を取得しなければならない。



 前世ではよく人に教えていたとはいえ、この数か月間で得た知識を人に伝えるということは難易度としては高い部類に入るのではないだろうか。



「うーん、教材でも作るか?」



 わずか六歳という子供が考えもつかないようなことを思い描いていることに内心で苦笑しながらも、俺は弟マークのためにさっそく教材作りをする。



 教材作りと言っても難しいことをするわけではなく、精々が文字を書くための小さな黒板と文字が書かれた木板を用意することくらいだ。



 両方とも、俺が修得した基本となる風魔法と土魔法を使えば難しいことはないだろう。実際に作ってみたが、意外と簡単に作ることができて自分でも驚いてしまった。



 これでマークに勉強を教える準備が整ったので、あとは時間が来るのを待つのみだ。






 

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 翌日、朝食を終えた俺は約束した通り書斎でマークを待っていた。俺の言いつけ通りマークは一人でやってきた。



「にいさま!」



 太陽のような人懐っこい笑顔を向けながら、とてとてとこちらに駆け寄ってくる。将来はきっととてつもないイケメンとなるだろう。……ちくせう。



 そんなとりとめのない考えを頭を振って吹き飛ばし、さっそく授業を開始する。四歳の弟に教えられることは少なく、まずはこの世界の文字を覚えさせるところから始める。



「にいさま、これはなに?」


「これはこの国で一般的に扱われている文字だ。全部で46文字ある。まずはこれを覚えるところから始めよう」



 そう弟に説明しながら、前日に用意した木板を取り出す。この世界の文字は、元の世界の平仮名が基本ベースとなっており、場合によってはカタカナと漢字が入り混じった形式もあるが、平仮名さえ覚えてしまえばなんとかなる。



 俺はマークに木板を見せながら黒板を使って実際に文字を書かせることにした。勉強というのは、知識を教えるほかにも反復して勉強させることも大切であり、平たく言えば平仮名の書き取り練習だ。



 新しいことを学ぶのが楽しいのか、いくつかの文字をマークはひたすら黒板に書き続ける。ある程度書かせたところで、読みと書きのテストをしてみることにした。



「これはなんて読むんだ?」


「うーんとね【む】だよ」


「じゃあこれは?」


「【や】だよ」


「よし、じゃあ次は書き取りだな」



 読み取りと同じ様にマークに指定した文字を書かせてみたが、十問中十問とも正解しやがった。……これが、天才か?



 とまあ、兄としての色眼鏡があることは否めないが、初めて触れた文字を数時間も掛からないうちに読み取りと書き取り全てをマスターしてしまうのは、贔屓を差し引いても物凄いことではないだろうか。



 そのあまりの優秀さに思わず俺はマークの頭に手をやり撫でていた。マークも目を細めて嬉しそうな顔をしている。



「よくやったなマーク。これからも俺が教えていくから頑張って覚えるんだぞ」


「わかりましたにいさま。必ずにいさまのお役に立ってみせます」



 兄である俺の役に立てることが嬉しいのか、目を輝かせながらマークは返答する。



 これはうかうかしていると、すぐに追いつかれそうだという多少の不安があるが、もともと俺よりもマークの方が優秀だということを周囲に知らしめるためのものであるため、まあ問題はないだろう。



 こうして、優秀な生徒を受け持ちながら自身も知識を深めていく日々が続いた。






     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~






 マークに初めて勉強を教えてから一年が経過したある日のこと、突然父ランドールに俺は呼び出された。



 父がいつも使っている書斎に足を踏み入れると、こちらに目線は向けずひたすら執務に没頭している父の姿があった。



 俺が来たことに気付いた父が顔を上げ、険しい顔を綻ばせる。



「来たかロラン。今日はお前に話があって呼んだのだ」


(ま、まさかマークに勉強を教えているのがバレたのか?)



 この一年の間に誰にもバレずにマークに自分が得た知識を叩き込むことに成功し、今では俺とほとんど変わらない教養を身に着けていた。そこでもうそろそろマークの優秀さを家族に公表しようとするタイミングで、こうして父に呼び出しをくらったのだが、一体なんの用があるのだろうか。



「今日はお前を連れて、ローグ村の視察に行く。次の領主として領民たちの生活に触れることもいい勉強となるだろう」



 そう言いながらいい妙案だとばかりに頷く父を見て、俺は内心で苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべる。



(冗談じゃない、俺はこのビンボー領地の領主になんかならない。いや、なってたまるか!)



 そんな父と子の思いがすれ違う中、俺は父と共にローグ村へと向かうことになってしまった。

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