3話「弟教育、指導開始!」



 あれから三ヶ月が経過した。少し端折り過ぎな気もするが、簡単にこの三ヶ月で行ったことを説明していこう。



 まずは、サリエールが教えてくれた勉強の内容だが、絵本などに描かれている御伽噺を聞かせたり、この世界の文字の勉強であった。何をするにもまず基本となる文字の読み書きと簡単な物語を聞かせることで、この世界の常識を覚えさせる狙いがあるようだ。



 当然ながら、真面目に勉強するわけではなく聞いている振りをしながら他のことに頭を使っているのだが、この家庭教師であるサリエールの教え方は理に適っていてとてもわかりやすい。



 おそらくマルベルト家現当主である父ランドールが、長男である俺を立派な当主として育てるために雇った家庭教師であるからして、優秀な人材なのだろうが今の俺にとっては迷惑この上ない状況だった。



 何せわかりやすいということは“馬鹿でもわかる”ということであり、わざとわからない振りをすれば最悪病気か何かを疑われるレベルなほどサリエールは効率的な指導を行っていた。



 そのため、ある程度は理解できる頭を持ちつつも、覚えるのに時間が掛かるタイプの生徒を演じる方向にシフトチェンジせざるを得なかったが、何とか出来は悪くはないが平凡程度の能力しか持っていない長男というイメージを植え付けることに成功した。



 サリエールから勉強を教わる傍らで、家族の目を盗んで俺は書斎に足しげく通い詰め、何とか一般的な常識と貴族としての必要最低限の知識は得られた。



 そんな中、この三ヶ月で俺が最も心血を注いだといってもいいもの……それは【魔法】である。



 本で得た知識の中に、この世界には魔法と呼ばれるファンタジー特有といっても過言ではないものが存在しており、地球でいう所の科学の代わりのような技術がある。



 体内にある魔力を使用し、火や水などといった自然現象を引き起こすもので、様々な属性が存在している。



 基本的な属性は火・水・風・土の四元素から形成され、さらに上位の属性として炎・氷・雷・大地・光・闇が存在する。この属性以外にも他の属性を複合することで使用できる属性も存在が確認されているが、実際に使用できる人物の記述は書斎にある本の中にはなかった。



 さらに、誰にでも使用できる属性として無属性魔法というものも存在し、基本的には自身を強化する身体強化の魔法のことを指すが、クリーニングやトーチなどといった覚えていれば便利になる生活魔法もこの無属性に含まれている。



 最後に特殊なものとして回復魔法なるものもあるが、これは神殿に所属している神官が使える神聖魔法を覚えなければならず、いくら貴族の嫡男といえどもそう易々と手を出せる代物ではないということで現状は棚上げするしかなかった。



 それ以外にも、伝説的なそれこそ御伽噺に出てくるような存在すらも疑わしい魔法もいくつかあるが、詳細はどれも不明なためここでは言及しないでおく。



 さて、魔法についての情報はこれくらいにして、具体的に何をしたかを説明していこう。



 まず、魔法を扱う上で重要なことと言えば、魔力を操作することと制御することにある。書斎にあった初心者用の魔法の手引き書の中に記述されていた方法を参考にすると、ヘソの下辺りにある俗に言う丹田という場所に魔力があるらしく、最初はその魔力の存在を感じ取るところから始めていく。



 最初は感じることができなかったが、諦めずに毎日訓練することで今ではその存在を感じることができるようになった。



 それに伴って、まず初めに覚えた魔法は己自身の肉体を強化する無属性魔法に分類される身体強化であった。そこから基本的な属性魔法の火・水・風・土の初歩的な魔法を覚え、今はその練度を上げるため日々鍛錬を行っている。



 次にサリエールが家庭教師になってから一か月が経過した頃に始まったのが、父であるランドール直々による剣術の訓練だ。



 元々我が父であるランドールは、先にあった戦争で武功を立てたことで爵位と領地を賜ったほどの武芸者だ。当然その血を引いている俺は父親譲りの武の才能が期待されており、その才能を伸ばすべく父自らが剣術の指南を買って出てくれたのだが……。



「踏み込みが甘い! もっと懐に潜り込め!!」


「頭の中で考えようとするな! 相手の動きを目で見て感じるのだ!!」


「そんなことでは、いつまで経ってもこの俺を超える事などできぬぞ!!」



 というような激を飛ばされ、その後はボロボロになるまでしごかれるというスポ根丸出しな結果が待ち受けていた。どうやら我が父は、武勇には長けているが人にものを教える才能は壊滅的で、理論的な指導ではなく感覚的なもので教えてくるため理解できない部分がかなりあった。……これが天才肌という奴なのだろうか?



 そんなこんなでこの三ヶ月、サリエールの知識、ランドールの剣術指南、魔法の訓練と様々なことを勉強してきたことである程度人に教えられるレベルに達したのを確認できた俺は、弟マークにその知識を叩き込むべくさっそく行動に移した。



 とりあえず、マークの部屋に向かい弟に会いに行く。マークの部屋のドアをノックすると出てきたのは、マークの世話係をしているルルティーだった。



「これはロラン坊ちゃま、どうされたのですか?」


「マークはいるか?」


「はい、いらっしゃいます」



 弟が部屋にいることを確認した俺は、部屋に入れてもらう。部屋は俺の部屋とそれほど変わりなく、綺麗に整理が行き届いていた。



 部屋のソファーに座っていたマークを見つけると、すぐ傍まで歩み寄っていく。



「にいさま、どうしたの?」


「マーク、今日はお前に話がある」


「お話って?」



 そう問いかけてくるマークから視線を切り、その視線をルルティーに向ける。それだけで、俺が人払いをしたいことを察した彼女が一礼して部屋から退室していった。



 我が家の使用人の出来の良さに内心で感嘆しながらも、本来の目的を思い出した俺は、マークに話を切り出した。



「マーク、お前領主になる気はあるか?」


「りょうしゅ?」


「そうだ。このマルベルト家を継いで領主になってくれないか?」


「でも、りょうしゅになるのはにいさまじゃないの?」



 貴族の家督の継承権は、通常であれば最初に生まれた長男にある。これはこの世界の常識であるため、当然マークも知っている。いずれマルベルト家を継ぐのは、兄である俺ロランだと思っていたところにその本人から領主になってくれと頼まれたことで困惑しているのだろう。無理もないことだ。



 俺はマークに領主になりたくないこと、そのためには俺の代わりにマークが優秀な人間となり領主になればいいということをわかりやすく簡単に説明をした。



「にいさまは、どうしてりょうしゅになりたくないの?」


「俺はこの世界を旅してみたいんだ。領主になってしまったら旅なんてできないだろ」


「でも、おそとは魔物がいてあぶないよ?」


「そのために俺は特訓をしている。だから、俺の代わりに領主になってくれ」


「うーん……うん、よくわかんないけど、にいさまの役に立てるならぼく頑張る!」




 いきなりこんなことを言われて戸惑うマークだったが、兄の役に立ちたいというマークの温厚で素直な性格がいい方向に働き、なんとかマークは俺の頼みを了承してくれた。



 そうと決まれば、あとはマークに領主になるためのすべてを叩き込むだけだ。そのためにはある程度の準備が必要なので、今日の所はその準備のために一度自分の部屋に戻らねばならない。



 俺はマークに明日誰にも気付かれずに書斎に来てくれと伝え、そのまま部屋を後にした。ふっふっふっ……これから忙しくなるぜ。

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