第8話 烈士マッド・マニッシュ

 ドアが開き、ハーツ将軍が姿を現した。

 二人の側近を連れている。ドアの向こうは静かだ。

 護衛たちの姿が見えない。

 ドン・ハウルはちらりと従者ディグリーに視線を投げる――わかっているな? ここで奴を片付ける。しっかり援護しろ、いいな?



 ハーツが歩み寄る。

 天鵞絨ビロードのマントに赤い装甲服を着込んでいる。

 腰に剣を、豪気を漲らせて。

 目の前に立つハーツはかつての勇猛な闘将を思わせる。

 側近たちは仮面を被り、表情が窺えない。一人は何やら黒い皮袋を下げている。


 どれだけの兵を率いてきたのか、何故護衛たちは現れないのか。

 ハウルは両手を広げ、平静を装い歓迎した。


「やあ、兄さん。穏やかではないな、賊でも入り込んだのかい?」

「いや。ただお前に話があってな」

「それはそれは……俺の方も大事な話が。一先ずそいつらを外してもらえないかな?」と武装した側近たちを睨みつける。

「……よかろう」

 ハーツはそのように指示した。

 皮袋を置き、二人の側近は部屋を出て行った。



 ハーツはじろりとディグリーを見て、またハウルに顔を向けた。

 ハウルは訊く。

「先ずは兄さんの方から。どういったお話で?」

「〝NPC〟……リガル・ナピスと組んで何を企んでる?」

 動揺を隠すハウル。

「新兵器開発のためですよ。兄さんのお手伝いです」

「奴は敵だ。〝実体を見せない悪魔〟とも聞く。信用できない。クレイドルズから追い払う」

「それは残念だ。だが……俺も、あんたを信用できない」

「何?」ハーツは首を傾げる。


 ハウルは一体のアートを指差した。

 台座の上にのっているそれは――マッド・マニッシュの腕。

「奴はあんたのスパイだった。俺を監視し、密告し、失墜させようという魂胆だろう? わかっていたんだ」


 野望の炎が燃え盛る――今しかない!

 ハウルはハーツの胸元に詰め寄った。

「兄さん。〝ケイン〟がその後を創ったのさ」

 ついにハウルの手が背中に隠した拳銃に伸びる……しかし、背後に忍び寄っていたディグリーがそれを奪い取った!

「何をするディグリー!」


 ハーツはがしりとハウルの顎を掴み、強引に引き寄せた。

「……ほぉ、面白い事を言う。お前が〝ケイン〟そして俺を〝アダム〟に見立てたのか?」

「うぐ!」青ざめてゆくハウル。

「そう、俺もお前に見せたいものがあるんだ」


 硬直したハウルは突っ立ち、次にハーツは右手で自らの左腕を引きちぎってみせた。

 しかし武装された腕の中身は空洞――それをハウルに見せつけ、今度は腕の切り口からみるみると、まるでトカゲの尻尾のように新たに腕を再生させた。


 ハウルはまた口を塞がれ目を見開いた。

 ――こいつは……兄貴、ハーツじゃない!!


 ハーツ将軍の生えた左腕は床まで伸び、皮袋の中身を掴み引き上げた。

 その物体とは血塗れの〝ハーツの首〟。本物の将軍の生首だ。


 ハウルは恐怖に慄き、モゴモゴと絶叫し錯乱した。

 目の前に立つハーツの顔が変わってゆく。

 ざわざわと蠢き、やがてそれは……スプンフル・ファミリーの重鎮、マッド・マニッシュに!


 不気味に笑う。

 スキンヘッドに白い顎髭のマッド・マニッシュは顔を近づけ、舐めるように見回した。

「ハーツ将軍はとっくに殺したよ、ドン・ハウル・スプンフル。お前の手間が省けたではないか」

 そう言って右掌を膨らませ、ハウルの頭を握り潰した。



 マッド・マニッシュは立ち竦むディグリーに目をやった。

「姿を戻せライサン。わかっている」

 彼がしたのと同じようにディグリーから形を変え、ライサンは元の聡い青年の姿に戻した。

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