第7話 ライラのクリスタル像

 ドン・ハウル・スプンフルのもとに従者ディグリーが現れ、切り取ったマッド・マニッシュの腕を献上した。

 眺めるハウル。

 確かに見覚えのある、〝LOYALTY忠誠〟と刺青されたマニッシュの左腕。


「首はどうした?」

「申し訳ありません。爆殺で……粉微塵に」

「……そうか。わかった。しばらく休め。後で将軍様のところへ行く。同行しろ」

「……はい」



 ディグリーは地下の個室に戻る。

 室内の僅かな温度差に気づいた時は既に遅し、背後にライサンが立っていた。

 背を向けたまま、蛇のように狡猾な目でディグリーは言った。



「同じ臭いがする。ライサンお前も半分はレプタイルズ……俺と同類、仲間だ。稀少な生き残りの仲間を、お前は殺すのか?」


 ライサンの脳裏には――コリーナから吸い込んだ記憶……メリーゴーランドで遊んでいたコリーナはその男ディグリーがモルテッドに近づき、噛み殺したのを見ていた……そして父、シグニの死がよぎる――。


 ディグリーはライサンが放つ心の慟哭を邪気で撥ねのけた。

「レプタイルズが喋れんのは幼少の時だけ。ライサンよ、お前は大人だ。言いたい事があるなら声に出して言ってみ……」


 次の瞬間、ディグリーの胴体は横真っ二つに切断された。

 飛び散る忌まわしい血飛沫。

 ライサンは瞼や剣に付着した執念の血を払い落とし、もう一度構えた。


 ディグリーの心臓はまだ動いている。荒れ狂った鼓動。

 だがライサンは怖れない。身をよじり髪を振り乱し、顔を向けるディグリー。

「……いいかライサン、ライトニングに伝えておけ……この国はレプタイルズのものだ……この国を支配するのは、もうじきわかる……フフフ」


 胸をえぐる悍ましい声。

「お前の親父を殺したのは……そう、俺だ、ハウルに従ったまでだ……お前は腕の立ついい戦士だ……混血は想像以上の力を秘めている……だがボス、俺のボスは最強だ、俺の真のボスはハウル・スプンフルでもハーツでもない……その方の力は絶大だ! そう、お前を生かしておくかどうか」


 ディグリーは氷柱のような牙を剥き出しにした。

「ついでにもう一つ言っておく……お前の母親ライラも……俺が殺した」



 ライサンは瞬時に剣を振り下ろした。

 ディグリーの頭蓋から心臓まで、声を押し殺し、渾身の力を込めて叩き斬った……。


 ****


 ハウル・スプンフルの胸元で輝く鍵の石〝フリージン・ブルー〟。

 それと同じ輝きを持つ特製の弾丸〝R-FB弾〟が今、ハウルのもとに届けられた。


 それは武器商人リガル・ナピスからの試作品。

 ハウルはナピスと共謀し、ハーツを将軍の座から引きずり落としクレイドルズ国を手に入れようと、新時代を築く夢想を抱いている。



 護衛たちの間を抜け、立ち並ぶアートを眺めに行くハウル。

 広大なその部屋には誰も入れない。ディグリー以外は。

 ハウルは護衛二人を見張りに立たせると、用心深くドアを閉め、部屋に一人身を置いた。



 西洋諸国中世の甲冑、東洋の鎧兜、凝った装飾の刀剣、拳銃、ライフル……巨大な羆や虎の剥製、クレイドルズ武族の装甲服…そして一番奥に、一体のクリスタル像。


 それはまるで氷の彫刻。青みがかった透明の流線型。

 空を見上げ叫んでいる悲しい女性……ライラの像だ。

 R-FB弾を詰め込んだ拳銃の銃口をその像の胸元にあてがい、ハウルはほくそ笑む。


 ――ライラよ。ライサンがお前とシグニの息子だということはわかっている。ハーツやサンダース・ファミリーは恐るるに足りん。俺にとってはレプタイルズの存在こそ脅威なのだ。このフリージン・ブルーを持つのは俺だけ。これさえあれば……そう、いずれはディグリーも始末せねば。



 ふと気づくと、背後にディグリーの姿があった。

「何だ?  驚かせやがって! 呼んだ覚えはないぞ、勝手にここへ」

「すみません。緊急事態です。ハーツ将軍がこちらに」

「何?」

 ハウルは拳銃を背中に隠した。


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