第5話 爬虫人類レプタイルズとサンダース・ファミリー
ライトニングの回想――。
それは十年前のあの日のこと。
彼を助けた黒スーツの男シグニはその素性を語った。
「私は国王クロスロードに仕えていた。知っての通り、王は追放され病いに伏し、半年前息を引き取った。私がここへ来たのは貴方を守る為。それは王の遺言……」
「何故、チンピラみたいな俺なんかを?」
シグニは少し間をおいてから答えた。
「正確には貴方の婚約者、アルバータ様を守るようにと。彼女はクロスロード王の実の娘」
「えっ?」
「ある侍女との間に――そのことは無論隠されて。しかし王は密かに二人を見守っていた」
ライトニングは思い出す。
アルバータと出会ったのは古都イーグリンズ。
彼女は博物館の資料室でせっせと働いていた。
慎ましく、しかし気丈で、凛と輝く彼女の青い瞳。
彼はまるで稲妻に打たれた。鮮烈な出会いだった……。
広い車内、シグニの声が静かに響く。
「王子は戦死、王妃も正気を失った。親衛隊も力のある従者も全てスプンフルに根絶やしにされた」
「あんたらも……追われているのか?」
「そう……」
車窓の外、ライトニングは見張りで立っている少年ライサンに目をやる。
「あんたの息子、普通の子供……いや、並の人間とは思えない。銃は効かないとはどういうことだ?」
「それも話さなければ。私は普通の人間だが、妻は……あの子の母親は〝レプタイルズ〟」
「何?」
「聞いたことがあるだろう。クレイドルズ国の古代民族、伝説の戦闘種族」
「王族の隠密……〝影〟」
ライトニングは戦慄する。
たとえ武族の端くれとはいえ、戦いに生きる者にとってその存在は恐怖だった。
見た目は普通の人間でも〝恐竜の血〟を受け継ぐ爬虫人類といわれるレプタイルズ。
変幻自在の人智を超えた力を持つ種族……。
シグニはしばし言葉を詰まらせる。
「……だが、妻のライラも四年前、スプンフルに殺された」
その後レイヴォンズ港の貨物倉庫内で、シグニはエルドランド国の友人をライトニングに紹介した。
周旋屋・相談役・親友のビフ・キューズ。
そしてもう一人はストーン・サンダース。
ライトニングは身が竦んだ。
ストーン・サンダース……彼はエルドランド全土を牛耳る〝サンダース・ファミリー〟の首領、暗黒街の大ボスだ。
サンダースは帽子をとり、彫りの深い鋭い顔を露わにした。
じっと見据える目は威厳に満ちていた。
権力を手にしても未だその全てが研ぎ澄まされた感がある。
恐しく低く掠れた声で、彼は言った。
「スモウクスタック家はその昔、海賊だったそうな。うむ。確かに勇猛な顔つきをしておる。フフフ……」
ライトニングは震え上がっていた。
サンダースはシグニと固く手を結ぶ。
「クレイドルズをこのまま独裁国家にしてはならん。シグニ、君の頼みだ。喜んで力を貸そう」
はるか昔、若き日のストーン・サンダースは奴隷としてクレイドルズ国に売られた。
それをシグニが密かに助け、祖国エルドランドに送り返したのだ……。
ハーツ将軍が支えるスプンフルでは、流石のサンダース・ファミリーもまともに太刀打ちできない。
シグニの計画は敵を欺き油断させること――支持派として傘下に加わり近付き、その全貌を細部に渡り調べ上げること、だった。
先ず、ライトニングは彼らスプンフルに敵対する武族を倒し、その信用を勝ち取った。
次に国家の裏事業として製造される麻薬の買い手としてビフ・キューズを直接ハーツ将軍に紹介した。
「彼は我々の良き理解者、協力者です。万が一問題が起きた場合、全ての責任は私、このライトニングがとります」
キューズは麻薬密売組織の元締めを装い、巨額の前金(契約料)を払った。
ライトニングはスプンフル・ファミリーの新鋭として順調に事を進めた。
ニューウルヴズを拠点に幹部にまで昇り詰めた。
だが一つ、大きな事件が起きた。
シグニが命を落としたのだ。
ドン・ハウル・スプンフルの屋敷に潜入していたシグニは、瀕死の重傷でライトニングの元へ。
「しっかりしろっ、シグニ!」
「……ど、どうしても……ライラ、妻のことだけは知っておきたかった…」
「何かわかったのか?」
「確かに……死んでいた……ぐはっ!」
大量の血を吐き出すシグニ。みるみる顔が青ざめてゆく。
そこにライサンはいない。その時は学校から帰るコリーナの警護にあたっていた。
ライトニングはモルテッドたちに怒り散らした。
「ライサンはまだかぁーーっ!」
「待ってください、もうすぐ!」
シグニはライトニングの腕の中で最後の力を振り絞って、言った。
「……お嬢様を……守ってください」
「ああ、任せてくれ!」
「そして……ライサンに……母さんを守れなくて済まなかったと」
頬をつたう赤い涙。
手を合わせ、静かに祈るように、シグニは息を引き取った……。
****
ライトニングは時を待った。
まだ時期尚早、今の組織力では勝てない、感情で動いてはいけないと、沈着冷静にその機会を見定めていた。
シグニが死に、モルテッドも。
十年の歳月を経て、今ついにライトニングは決意し覚悟した。
――リトル・ラムやシナズ・プレアの勢力など問題ない。クライス・カイは分裂派の鎮圧に躍起になっている。マッド・マニッシュは手強いが互角、いや、サンダースの助勢で何とかなる。そしてハウル・スプンフル……奴はこの手で!
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