第4話 闇に咲く光

 イーグリンズは美しい古都だった。

 しかし現在では軍事施設が立ち並び、ハーツ将軍の住む宮殿が栄華を誇っている。


 その日、ハーツ将軍は弟であるドン・ハウル・スプンフルを宮殿に呼び寄せた。

 彼ら兄弟はここ十年来、距離を置いてきた。


「ハウル。警官を殺したのはお前だな? 目撃者が大勢いる」

 大理石の広間、ハウル・スプンフルは中央のソファにドカッと座り、葉巻を咥えながら無愛想に答えた。

「ああ、そうだ。俺が殺った。駐車違反でどうたらこうたら……ムカついたから撃ち殺してやった。この国で俺の顔を知らん警官なんざクソくらえだ」

「……全く」


 昔からそうだった。ハーツは弟ハウルの傍若無人振りに手を焼いていた。

 椅子から立ち、ハーツは歩み寄る。

「それを何故エルドランドマフィアのせいに?」

「気にくわんからさ。奴らはレイヴォンズの街に潜ってる。調べがついてんだ」


 ハウルは目を細める――兄貴も歳をとった……十数年の歳月でかつての威光はない。

 視線を鋭く投げるハウル。

「……連中は大事な顧客だ、そう言いたいんだろ? 知ってるのか兄さん。ヤクの買い手ビフ・キューズはサンダース・ファミリーの一派だ」

 薄ら笑いで言う弟にハーツ将軍は険しい表情で詰め寄った。

 ハウルは一瞬固まったが、負けじと返した。


「兄貴よ。奴らと組むつもりか?」

「サンダースを一掃しろと、スモウクスタックに指示したらしいな」

「え?」

「ハウルよく聞け。軽はずみな行動をとるな。無益無意味な争いを起こすな。お前にはセントウォータースを任したがそれ以上は私が決める。将軍の私が神としてこの国を治めている。血を流し、戦いに明け暮れる武族の時代は終わったのだ……」


 ハウルは黙って聞いていた。

 沸々と煮えたぎる血を感じながら……。


 ****


 遊園地での事件以来、コリーナの様子がおかしかった。

 笑顔が消え、悪夢にうなされた。

 医者は心の病だと言った。

 アルバータは片時も離れず、ただ優しく見守った。


 五日目の朝、ドアの向こうにライサンが立っていた。

 黙したまま、部屋のなかのコリーナを悲しい目で探している。

 アルバータはドアを開け、彼をコリーナの部屋へ案内した。


 手をかざすライサン。

 コリーナのおでこにライサンの温かい手が触れる。

 眩い光。一瞬、辺りの気が吸い込まれるように――。


 しばらくしてコリーナの笑顔が戻った。

 ライサンはじっと、また不器用に笑ってみせた。

 コリーナは彼の胸の中に飛び込んだ。

 まるで闇の峡谷に突然光が射し、花を咲かせたように。

 信じられない光景だった。

 ライサンの秘めた力を知らないアルバータは不思議でならなかったが、パジャマ姿ではしゃぐコリーナに素直に安堵した。



「ママ。ライサンのこと、好きなの?」

「え? どうして?」

「だって……メリーゴーランドの時、向かいあってたでしょ? 恋人どうしみたいに」

「え? あ、あれは違うわよ。〝笑顔〟っていうものを教えてたの。眉を引っ張ってね」

「……なぁーんだ」

 アルバータはピンときた――メリーゴーランドに乗ったあの時、元気がなかったのは……妬いてたのね? と。

「コリーナが、好きなんでしょ? ライサンのこと」

「うん! だって、ライサンてしゃべんないけどやさしいし、かっこいいもん!」

「フフッ。そうね」


 ****


 その夜、ライトニングの部屋に呼ばれるライサン。

 ショットグラスのウォッカを一服、ライトニングは手を伸ばし、固く手を握る。


「ライサン……。娘のことは、ありがとう」

 いいえと首を横に振るライサン。

 口を閉ざす彼だとしても、ライトニングは他の者と変わらず語りかける。

 以心伝心を肌で感じ、良き関係を築いてきた。

 こちらの言いたいことや考えを見透かすように動いてくれるライサンの、爬虫人類レプタイルズとしての脅威と神秘に畏敬を感じ、大切にしてきた。


「もしお前と酒を酌み交わし、語らうことができたら……」


 ライサンは健やかな笑顔でそれをグラスに注ぐ。

 自分は酒は飲めないと手で示し空のグラスを手に取る。そして顔を引き締め、コクリと頷いた。


 ライトニングは立ち、ライサンの肩を確と掴んだ。

「そうだ。いよいよこの国を変える。共に行こう」

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