第116話

 俺達は奏の家に戻る前に、合格報告も兼ねて一度俺の家に寄ることにした。

 久し振りの我が家。今までは素通りして、奏の家で一緒に過ごした時間の方が色濃く残っていて、自分の家なのにかなり緊張していた。


「た、ただいまー」


 扉を開けるも出迎える人は一人。


「あら?どうしたの二人とも?」


「ただいま、母さん」


「お邪魔します……」


 久し振りなのか奏も緊張しているようで、軽く会釈した後の奏は初めて家に招いた頃のままだった。

 それを見た母さんは何やら懐かしそうな、嬉しそうな声で出迎える。


「ふふっ、いらっしゃい。奏ちゃん」


「母さん、父さんは仕事だよな?」


「ええ……でもそれがどうしたの?」


 俺は頬を掻いて、小さく息を吐く。


「大学、合格したよ」


 自分の親なのに、何故か言うのが恥ずかしかった。でも母さんは違う。


「まあ!おめでとう!」


 いつも見ていた母の嬉しそうなこの笑顔を見て、そりゃあの父さんが惚れるわけだと。

 まだ子供ながらそう感じ取れるぐらい、母さんの笑顔は綺麗な笑顔だった。





 ☆






 家に上がって、かつての自分の部屋に二人で入る。

 何も変わってない事に安堵しつつ、部屋の中で立ち尽くす。


「うおっ……もう奏」


 奏は後ろから抱き着いて、丁度俺のお腹の辺りに奏の腕が回る。


「……自分の家なのに懐かしいって思っちゃったな」


「うん……」


 俺達のもうひとつの思い出の場所。そして俺の、俺にとっての思い出の場。

 満足したのか奏は俺から離れて、かつての俺のベッドに飛ぶ込む。


「……てるの匂い、しない」


「当たり前だろ……こっちで生活してないんだから」


「ん……?何これ……っ!?」


 奏が手に取ったのは、まさかのえっちい本。って


「ちょ……!なんでこれがこんなとこに?!」


 俺は奏から取り上げて、背を向ける。その背中から来る痛い視線を感じる。

 頬を赤く染め、じと目で睨み付けてるであろう奏に、なんて言い訳しようか必死に考えてる俺。


「……てるのえっち」


「バッ……!ていうかこれは俺のじゃねえからな?!」


「……へんたい」


「うっ……」


 何故か何も言い返せなかった。





 ☆






 お怒りな奏からつーんとした奏に変わり、何も話さないまま数十分。我が妹こと蒼衣が帰ってきた。


「……お帰りお兄ちゃん!かな姉も!」


 よっぽど逢いたかったのか、力一杯抱き締めてくる我が妹。

 つーんとした奏から白い目を向けられ、頭を掻く俺。


「……どしたの?二人とも」


 蒼衣は問いかけるも俺が声を上げようとする前に奏が声を上げる。


「蒼衣ちゃん、てると貴之君には気を付けてね」


 そう言って部屋を出る奏、去り際に俺に対して不機嫌にべーっと舌を出す。

 なんであの仲の良い二人がそうなってるのか、イマイチ理解出来てない蒼衣であった。

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