第115話
志望校として受験し、無事に二人とも合格した俺達二人。
報告するために学校に向かってたまたま居合わせた総司や他のクラスメイト、他の先生方に報告したら、まるで自分達のようにおめでとうと皆が祝福してくれた。
帰り道、奏と手を繋いで歩いている。今日は嬉しかったのかすごく上機嫌だ。
「後は卒業するだけかー……」
なんとなくその言葉を口にした俺は、色々と複雑な気持ちになってしまう。
「……寂しい?」
奏は俺に訊ねる。
「ちょっと、な……もうちょっと早く付き合ってたらどうなってたんだろうなって」
俺が奏を異性として意識するようになって二年近く経つ。好きだった野球をやめる決断をした原因でもある奏を意識したときの頃を思い出す。
☆
今から一年程前。俺は夏の大会に向けて必死になって練習していた。
その当時のクラスメイトとはかなり関係が良く、厳しい練習が終わった後も残って練習する程だった。
だけど、その夏は初戦敗退という無惨な結果だった。
「……くそっ!」
俺は二年生ながらスタメン入りしていたのに、脚を引っ張ってしまった。
だからか人一倍悔しさが強かった。
それもあって練習に身が入らなくなり、普段ならしないようなミスを連発でチームに迷惑をかける日々が続く。
そんな精神状態のせいか、部活を休むようになった。
「……はぁ」
部屋に引き込もって、膝を抱えて顔を埋める。
妹の蒼衣はこの頃はかなりの甘えん坊で、毎日部活が終われば毎日声をかけ続けてくれたらしい。
そんなことがあったのにも関わらず、俺は引きこもりから抜け出せずに居た。
そんなある日の事だ。突然奏がやってきた。
「……大丈夫?」
俺の事が心配で蒼衣が相談したのかと思っていたけど、実は総司の代わりだったらしい。
「入る、ね?」
扉が開く音が聞こえ、ゆっくりと近付いてくる。
「てる……お話、しよ?」
それから色々な話をしてくれた。
でも何故か、不思議と嫌な感じがしなかった。
「え、えと……っ……!」
突然奏は俺を抱き締めた。その小さな体で優しく。
心に大きな穴が開いた俺の隙間に奏がすっと入ってきたような、不思議な感覚を憶えた。
「かな、で……?」
「……てるが居てくれないと……寂しい」
「……っ」
今まで散々のように聞いてきたその台詞が、この時だけは全く別の言葉に聞こえた。
鼓動が早まり、顔が熱くなって、胸が苦しかった。
何か言わなきゃって思っても、上手く言葉が出なかった。
「傍に居て」
この言葉を聞いてからの俺は、奏の事を幼馴染じゃなく異性として意識するようになった。
☆
あれからもう二年、今はお互いそんな面影もない。
目を合わせば微笑み、そっと手を握れば握り返してくれる。
「奏あの時はありがとな、荒んでた俺を救ってくれて」
「……てる?」
今じゃもう奏なしでは生きていけない体になってしまったみたい。
「……なーんにも、あー腹減った!」
「その前に……おじさん達に」
「えー……後で良いじゃん」
「だーめ」
こんな些細な会話でも幸せだなと感じて、好きって気持ちが溢れ出る。
だから、なのかもしれない。
「……傍に居るよ」
奏に聞こえないような声で、過去に言われた気持ちに答えるように呟いた。
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