第110話 奏視点 バレンタインデー

 今日はバレンタインデー当日。

 久し振りに学校へ赴き、私のクラスメイトと再会した。


「久し振りー!元気だった?」


「そっちこそ最近彼とはどうなのよ?」


 あちらこちらから恋バナが聞こえてくる。

 それもそのはず、今日はバレンタインデーだから意中の相手に気持ちを伝える為に学校へ来てる。

 私は朝早く家を出て、友達やらに友チョコを既に渡し終えている。


「それがね――」


 ただ一人だけ贈っていない相手が居る。


「うーっす、久し振りだな輝」


「久し振りだな、総司」


 そう、幼馴染で彼氏のてるにまだ手作りのキャラメル味のカップケーキを渡せていない。

 というのも、私が居るのに平気で渡しに来る下級生達が皆可愛くて、一杯持ってくるから渡せずに居たのだ。

 鞄の中にあるキャラメル味のカップケーキを見て、小さく溜め息を吐く。


「どうした奏ー、らしくないぞ」


「……っ、もう千花」


「あれ?それってもしや……ふふん、私分かっちゃった」


 私は慌てて鞄を隠すが、時既に遅しで千花がにやにやして私の顔は真っ赤だろう。

 それに千花だって渡せてないと思われる紙袋があった。


「……千花も人の事言えない」


「うぐっ……し、しょうがないじゃんっ!こういうの初めてなんだから……」


 何度か照れたりする千花を見てきたけど、ここまで乙女心全開な千花は初めて。

 あの千花でも照れたり恥ずかしがったりするんだと。


「……いいですね。意中の想い人が居る人は」


「「!?」」


「お久し振り。あら?贈り物ですか?良いですね」


 笑顔になった一葉ちゃんがじわりじわりとこちらに近付いてくる。笑顔なのに目が笑ってない。

 それに凄いオーラが出てる。


「…………どうせ私なんて、輝彦君の事を想う未練がましい女ですよ」


 と思ったら今度は負の感情が漏れた。


「……私も彼氏欲しー!」


「あ、はは……」


 一葉ちゃんの悲痛な叫びは、誰かの元へ届いたのかはまた別のお話。





 ☆






 あの後一葉ちゃんは調子を取り戻して、卒業文集の為に書いてと文集用の用紙を渡され、そのまま解散。

 これは家に帰ってから書くとして、今はこのキャラメルカップケーキをどうやって渡そうか悩んでいた。

 む……また、誰かがてるに……。


「……っ」


 嫌でも目に入るのが辛くて、教室を飛び出す。

 鞄を置いたまま、無我夢中で走った。


「ぐす……っ」


 膝を抱え込んで、顔を埋める。

 やっぱり私達三年生ってのもあって、いつもよりも人が多かった。


「何泣いてんだよ、奏」


「え……っ」


 見上げるとそこには、大好きな彼が鞄を持って申し訳なさそうな表情を浮かべてた。


「まあ……分かってるとは思うけど、全部断ってる。なんならなんて一個も貰ってねえ」


「な、んで……」


「俺はに決まってんだろ」


 もう我慢なんて出来なかった。

 私はてるに飛び付き、力一杯抱き締めて涙を流した。


「よしよし、さっさと帰ろう。お腹空いちゃった」


「……鞄の、ぐすっ、中に……、がっ」


 思っていたのと違う渡し方になってしまったけど、ちゃんと渡せてよかった。


「……奏」


……味、だから……」


「……ありがと」


 意味は『』。

 この先何があっても私はてると一緒に居たいという、安直な気持ちを私なりに伝えた。

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