第109話

 そんなこんなで数日が過ぎ、世間はよりバレンタインムードを醸し出して、世の女性達はより気合いが入っているとか。

 それは家でも同じことで、珍しく蒼衣が料理に精を出してるとか。


「~~♪」


 ご機嫌で鼻歌交じりにキッチンに入り浸っては、チラチラと俺に目線を注ぐ奏の姿があった。

 チョコレート作りなのは見て分かるんだけど、なんでこっちを見るのかが気になって仕方ない。


「うん……っ、完璧」


 何が完璧なのか分からないけど、満足そうな表情を浮かべて奏が作ったであろうチョコレートを冷蔵庫に入れて冷やす工程に入った。

 身に付けてたエプロンを外し、チョコレートの甘く良い匂いがする奏は俺の元に駆け寄った。


「なに作ってたの?」


「……内緒、見たらダメ」


「はいはい、分かってる」


 にへらと可愛らしく微笑み、顔を埋めてくる。

 俺達は毎日これでも良いけど、流石にこの時期に出歩かないというのはちょっと味気ない。


「なぁ……俺らもさ、この辺散歩でもするか?」


「お散歩?」


「ああ、ずっと家に居るってのもなんかね」


 やっぱ折角こうして一緒に居られるんだから、多少は恋人っぽいことしても良いだろう。


「……行くっ」


 コートやマフラーといった防寒着や防寒具を身に纏って、俺は奏と手を繋いで、近場を練り歩く。

 所謂、お散歩デート。

 クリスマスの時とは違い、派手さはないがそれでもそれ相応の盛り上がりはあった。


「へえ、こんなの出来たんだ」


「……うん。いっぱいある」


 入院前にはなくて、退院後に出来た建物やお店、またはその逆等を見て回りながら辺りを散策する。

 新しく生まれ変わるこの街が、少し寂しくなってついつい手に力を込める。


「……寂しい?」


「うん……奏との思い出の場所がどんどん無くなっていくのが、辛い」


「てる……」


 それが嫌で野球以外なにもなかった俺にやりたいことが出来たんだっけな。

 奏はその事についてなんて思ってるんだろうか。


「思い出は消える訳じゃないのは分かってる。でもやっぱり場所がなくなるってのは辛いし、苦しい」


 奏も同じ気持ちなのか、聞きたいのに怖くて聞けない。


「……私も、寂しい」


「奏……?」


「そんなことまで気にしてる余裕無いぐらい、変わったから」


 それは今まで見たことも聞いたこともないぐらいはっきりとした奏の本心、本音心の声


「でもてるが変えてくれた……一緒に変えよ?」


「……すぐには変わんない、簡単に変わらない」


「大丈夫、てるなら出来る」


 奏は優しく笑った、皆からクーデレだと呼ばれるあの奏が心から笑った。

 その表情は子供のように純粋で綺麗で透き通るような可愛いさ。

 俺は暫くその笑顔に釘付けとなって、時間が止まったのかと思うぐらい頭の中が真っ白になった。


「……変わったな、奏」


「そう……?」


「小さい頃と大違い」


 俺はあの頃と全然変わらない、変わってないって思ってた。でも実際は変わってて、俺なんかよりずっと大人だった。


「奏、ずっと前から言いたいことがあるんだ」


 小さく頭を傾げ、見上げる。


「もう知ってると思うけど、改めて言わせて――好きだ。ずっと傍に居てくれ」


「うん……っ!」


 本当なら俺から言いたかったこの言葉。

 でも先に言われてしまった言葉、今日やっと言えた。

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