第108話
『待って……!置いていかないで……!』
『かなちゃん!早く早くっ!』
また夢だ。それも随分と懐かしい出来事。
『はぁ……っ、もう……っ』
まだ夢の中に居る幼い奏は、今と全く変わらない雰囲気で怒ってる。
でもこの当時は本気で怒ってるって思ってたんだっけな。
『ごめんね、かなちゃん……でもほら!』
夢はここで途切れて、一気に現実に引き戻された。
「んんっ……今何時だ?」
壁に掛けてある時計を見て、ゆっくりと起き上がる。
隣の温もりは既に消え、秒針の音だけが鳴り響いていた。
「さむ……っ、今日は奏居るかな」
俺は私服に着替えて、まだ居るであろうリビングに向かう。
「……おはよ、てる」
「お、おはよ……体大丈夫なのか?」
「だいじょぶ」
俺が贈ったぬいぐるみを力一杯抱き締めながら、幸せそうな表情を浮かべてボーッとしている。
そんな奏の隣に俺が座ると、その上に奏が乗ってくる。
「本当好きだよな、これ」
「嫌……?」
「嫌じゃないよ。子供みたいにすっげえ可愛い」
今度はむすーっと不機嫌に、気に障るようなこと言ったかもしれない。
「子供じゃないもん……っ」
「ははっ、そういうとこが子供っぽいんだけどな」
「むうーーっ」
必死に子供じゃないってアピールしてるけど、返ってそれが子供っぽく見えてなんだか微笑ましい。
ただ今は寝起きなのもあり、腹ぺこでイチャイチャしたいけどそうもいかなそうだ。
「朝御飯、食べたい」
俺が耳元で囁くと少しだけ頬を赤く染め上げて可愛らしく頷き、ぬいぐるみを俺の隣に置いて奏はキッチンに向かった。
慣れた手付きで準備をするその姿は、綺麗でついつい後ろ姿をじっとみつめてしまう。
視線に気付いたのか、奏は振り返る。
「……てる」
「なんだ?」
「……あんまり見ないで、恥ずかしい」
口ではそういうけれど顔は満更でもなさそう。
「普段は子供っぽいのに、こういう時だけ女の子っぽくなるのずるいよな」
「もう!てるっ」
奏は恥ずかしくなって真正面を向いてしまった。
☆
そんな後ろ姿をみつめること数分。朝食が出来上がった。
「戴きます」
うん、やっぱ奏が作るご飯は美味しい。
「いつもありがとね、美味しいよ」
「むふふっ」
じゃあご褒美に……この卵焼きをあげちゃおう。
「奏、あーん」
「あ、あーん……むぐっ」
顔は赤いけど、頬が緩んで笑みが溢れていた。
「大学、受かってると良いな」
「うんっ」
合格発表は来月、それまでは奏と久々にデートしても良さそうだな。
俺は朝御飯を平らげてた後、奏と代わって洗い物をして幼い頃の蒼衣のようにぬいぐるみで遊んでいた。
それが微笑ましくて、ついついにやけてしまう。
「……よしっ、終わったよ」
「てる、ここ」
奏に招かれて隣に座ると、今度は腕に抱き着いた。
豊満とまではいかないけれど、それでも柔らかい感触が腕に伝わってくる。
「また大きくなった?」
「……えっち」
奏は目一杯甘えて、俺はそれに応えるようにイチャイチャしたのだった。
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