第107話 奏視点 病院

 朝六時、最近は早く目が覚める。

 隣ではまだぐっすりと寝ているのは、私の幼馴染で大好きな彼氏のてる。

 普段は格好良いてるも、寝顔は子供っぽくて可愛いからつい頬が緩んでしまう。


「……バカ」


 受験当日、お昼ごはんを食べるつもりだったのに結局食べれず致して、私は相当怒った。

 ただそれが嫌じゃなかった自分が居る。


「……んっ」


 てるの頬に触れる程度のキスをして、布団から出る。


「……っ」


 パジャマから冬物の私服に着替えて朝食の準備をする為に、キッチンへ移動。

 まだお母さん達は寝てる。

 私は慣れた手付きでお湯を沸かしながら、朝食を作っていると誰かがリビングにやってきた。


「あら、いつもごめんね」


 やってきたのはお母さん、今日も朝早くから仕事に行くようだ。


「……慣れた、から」


「今度こそお母さんが早く起きて、驚かせてやろうかしら?なんて」


 もし起きてたら、その日ぐらいはお母さんに甘えてみたい。


「時間、大丈夫?」


「朝御飯ぐらい食べる時間はあるわ。それより奏、この間病院来てたでしょ?何しに来てたの?」


 やっぱりお母さんには気付かれた。


「どこか具合でも悪いの?輝彦君、心配してたわよ?」


「だいじょぶ、


 そう

 もしかして出来ちゃったのかな?なんて思ってたけど、そんなことはなくただの体調不良だった。


「そ、そう?じゃあ輝彦――」


「それはダメ……っ」


「奏?どうしちゃったのよ?あんなに好きなのに」


 自分でも分からない、どうしてダメって言っちゃったのか。


「自分で……言う、から」


「……分かった。でも、力になれることがあるなら言いなさい?貴女のお母さんでもあり、味方だから」


 私は小さく頷いて、止まっていた手を動かした。






 ☆







 お母さんが仕事に向かって数十分経った後に、お父さんも仕事に向かって私とてるの二人きりとなった。

 てるはまだ寝てるのか、一向に姿が見えない。


「……寂しい、な」


 独り一人はやっぱり寂しい。

 いつも手元にあるぬいぐるみも今は部屋の隅で、あの子も寂しそうにこちらを見てる。

 ソファーに横になって、テレビを点けて適当な番組を回すけど結局電源を消した。


「よし……っ」













 私は自分の部屋に居るてるの元へ。

 扉の前に立って、深呼吸をしてゆっくりと扉を開ける。


「……てる?」


 返事は返ってこない……まだ寝てるのかな?

 音を立てないようにゆっくりと近付き、部屋の隅に置いてあるぬいぐるみを持って再び戻ろうとした時だった。


「んんっ……」


 私はビックリして振り返ると、てるが寝返りを打っただけで少しホッとした。

 起こしちゃ不味いからそのまま部屋を出て、扉の前でしゃがみ込んだ。


「……ごめんね」


それはてるになのか、この熊のぬいぐるみになのかは分からない。

自然と口から出た言葉だった。

てるが起きたら一杯甘えるつもりで、それまでこの熊さんで寂しい気持ちを紛らす。


「……むふーっ」


良い歳してぬいぐるみに癒される私だった。

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