第97話

 奏は俺と目が合う度に幸せそうに微笑み、静かに勉強していて、俺はそのせいか分からないけど勉強が捗らなかった。

 顔が妙に熱くて、胸が苦しい。

 そんな時間が続き、俺は堪らず立ち上がる。


「……?」


「……ちょっとお手洗いに」


「ん」


 俺は逃げるようにこの場を離れて、心を一旦落ち着かせる。

 やっぱり二人きりっていうのが未だに慣れねえ……。


「……変に意識してるからかな」


 幸せなのは俺も同じなんだけど、それにしては正反対というかなんというか……。

 まさか奏の性格がこうも変わるとは……。


「このままって言うのも、なんか癪だし……少し仕返しでもするか」


 この時の俺は軽く思っていた。






 ☆







 用を済ませた後、部屋に戻ると真剣に勉強している奏の姿があり、俺が戻ってきたことに気付いてなかった。

 だから俺はそーっと奏の背後まで忍び寄り、触れるか触れないかぐらいのギリギリの距離まで近付く。

 だけど背後に居る気配を感じ取った奏はくるっとこちらを向く。


「……っ」


 俺は慌てて顔を逸らす。


「なんでここ……?」


「いや……それは……なんていうか」


 なんて言い訳しようか考えていて、今現在の奏との距離を忘れていた。

 奏は頭を傾げたまま、ジーッと俺を見つめる。


「……顔、近い」


「!あっ……」


「え?ちょ―――!」


 奏は俺を押し倒す形で倒れ込んだ。


「いててっ……」


「大丈夫……?」


「な、なんとか―――!」


 強く打ちすぎたのか、頭が痛む。

 か分からないけど、それに似た酷い痛みに襲われた。


「て、てる……!」


「だい、じょぶ……!少ししたらおさま――ッ!」


「ご、ごめんな……さっ」


 奏の目には涙が溢れていて、痛みに耐えながら優しく手で拭った。


「本当に……大丈夫だから」


 俺が呟くと共に痛みが徐々に引いて、大きく息を吐いた。


「……なんかごめん。心配なんかさせて」


「バカ……本当にバカ!」


 奏は結局涙を流し、何度もバカって言いながら俺の胸を激しく叩く。


「……悪かった」


「てる……!」


「もう泣くなって……」


 優しく声をかけるも、逆に不安にさせてしまったことを激しく後悔し、奏を泣かせたくなかったのに、結局泣かせてしまった事への罪悪感を抱き、奏に合わせる顔がなかった。


(変なこと、するんじゃなかった……)


 でも奏はそんな俺から離れようともしない。

 それどころか何か覚悟を決めたような表情をしていた。


「……病院行こ」


「……え?大丈夫だってば」


、お母さんなら分かるから」


 医者をしてるのは分かってるけど、だからと言って手を煩わせる訳には……!

 現にもうなんともないんだし……。


「……もしもし?今からそっち行く」


「え?え?」


「行こ」


 俺はそのまま奏に連れられ、おばさんが勤める病院に向かった。

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